3-3
「それでは、兄さん。私はここでお待ちになっていますね?」
「あ~・・・・・・・・、それだったらどっかの喫茶店でのんびりやってるか?一応、金はあるんだし。」
「nein。そのお金は貴方の、兄さんのお金です。」
秋津原、電気街通り。
秋津原に到着した連人と愛の二人は駅から降りるなり、今後の予定を話していた。今後と言っても連人は連人で単なる買い物が終われば用事などないのだが。であれば、愛の観光するがてらにぶらりとその辺を歩いてしまっても問題はないはずだ。幸いにも、今日は大学の方は休みで、帰ったところで買い物があるかどうかの確認をする位で、それ以外には特にはないのだから。
「そうは言うがな・・・・・・・・・。」
「それに、兄さん。」
そう言うと、愛は一旦言葉を切る様に息を吸って言った。
「そのお金は兄さんのためにあるんですよ?私のために、ではありません。それはお分かりですか?」
「そう言われるとな・・・・・・・・・。」
そのお金を自分の娯楽の為に使おうとする俺はどうなるんだよ・・・・・・・。
愛の言葉に連人の心がほぼ折られてしまい、そう言うんだったら、どうすればいいんだよ、と連人が思い始めたときに、そう言葉を言った当の本人の愛はクスっと微笑むように笑った。
「冗談ですよ、兄さん。」
「へっ?冗談?」
「ja。冗談です。」
「冗談には聞こえなかったんだが・・・・・・・・・。」
ま、冗談なら気にしなくてもいいか、と連人は気をとりなして財布からゼロが四つ付いた一万円札を渡した。
「そう言うなら、そこらで一杯飲んでくるといい。俺の金なんだろう?なら、俺がどう使おうと問題はあるまい?」
「・・・・・・・そう言いますか、兄さん。」
「おいおい、先制に一発くれたのは愛、そっちだぜ?」
「兄さんのそういうところ、嫌いです。」
「ハハハ、笑えるな。ま、こっちを出来るだけ早く済ませる様には頑張るさ。」
そう言って、歩き出そうとして何かを思い出したように連人は振り返ると言った。
「そう言えば、愛。俺の
「いえ。・・・・・・・それが?」
何だと言うのですか?と分からない様子で愛は連人に訊いてくる。
「あぁ。お互い離れて動く際に知ってた方が良いかなって思ってさ。すぐに連絡とか取れればお互いに困らないだろう?」
「ja。・・・・・・ですが、お互いに連絡を取れるかは・・・・・・。」
「分からない・・・・・・・ってか。」
「ja。その通りです。」
「でも、取れないよりかはマシだと思うけどな。」
ほいよ、と彼は彼女に自分の少し大きめな携帯電話を渡した。渡された彼女は何も言い返すことが出来ずに彼の携帯電話をただ手に持って眺めていた。
何か問題でもあるのかな?
そう連人が彼女に訊こうとした時に、彼女はどこからかタブレット端末を取り出してみせると、おもむろに操作を始める。
「おい、愛。お前、それ・・・・・・・。」
「ja。と言いましても外見がそれっぽく見える紛い物ですよ、兄さん。」
「紛い物?」
「ja。紛い物です。」
この様な感じですけどね、と言いながら彼女は彼にタブレット端末を彼に渡した。連人は渡された端末の表示画面を見た。だが、どこが彼女の言う紛い物であるのか、彼には分からなかった。
なので、彼は彼女に訊いた。
「どこが、そうなんだ?」
「ja。まず、これには送受信する機能は付いていません。」
いいですか?
「入力は出来ませんが、出力することはできます。」
「入力は出来ない・・・・・・って使えねぇじゃんか。」
「ja。ですから、外部入力するなにかに繋ぐ必要があります。」
「なにかって・・・・・・・、まさか、お前。」
「ja。幸いにも私は外部でも行動が出来る『アイゼン』の制御ユニットですので。」
「おいおい。」
彼は彼女の言葉を聞くと、彼女の言った言葉を脳内で分解して、理解に努める。
手束愛という『シュツルム・アイゼン』の制御ユニットは自身で送受信が出来る様に外部端末を作ったと言っている。連人との連絡をやりやすくする為に。
その様に彼女は彼に言ったが、連人には少し分かりにくい説明であった。
「・・・・・・・・それじゃ、空のメールだけ、送ってくれ。俺からも送るから。」
「ja。・・・・・・・時に兄さん。お訊ねしますが。」
「どうした?」
「空メールとはなんでしょう・・・・・・・?」
「そこからか。」
「ja。」
仕方ないな、と思いながらも空メールがどの様なモノなのかを簡単に彼女に説明する連人なのであった。
「さて、と。」
どっから探すかねぇ、と分かりやすく説明をした彼女と別れた連人は、駅からほど近い『テレビジョン会館』、略称『テレ館』の二階エリアに来ていた。
入り口には多くの描かれた少女たちのイラストがポスターとなって貼られており、オタクではない一般人がそう易々と二の足を踏み出せないような一種の障壁、一般人とオタクを分かつ様にされているデザインになっている。外にいるのが一般人で、中にいるのがオタクといった具合だ。
連人は懐に入れてある財布にある予約票を取り出す様に懐をがさごそと漁る。
だが。
「ありゃ。」
入れたはずの財布の気配は懐を探っても出てこないことに連人は焦り出す。
電車に乗った時には懐に財布はあったはずだ。そうでなければ、愛と連人の二人は電車に乗るための切符を買うことは出来なかったはずだ。
それは連人自身が覚えていることのはずだ。
そのため、財布がなくなっているという事態は起こるはずがない。
そう、起こるはずなどないのだ。
であれば、どこにいったのか。
と真剣に悩み始めた連人に背後から声が掛かった。
「探し物ですか?」
「あぁ。懐に入れてた財布が見つからなくてな。」
「お財布というのはこちらで合っていますか?」
ポン、と背を叩かれるようにそれを背後から誰かが押して来る。背に当てられたそれを確認するために彼は背後を振り返った。
「・・・・・・・っ!そうそう、これこれ!」
「そうですか。良かったです。では、どうぞ。」
「おぉ、ありがとう。・・・・・・・・・・って、おま!!何してるの!?」
「ja。失礼なことだとは思いますが、少し後を付けさせていただきました。」
財布を握っていたのは、別れたはずの少女、愛であった。
「後を・・・・・・・・って、お前な。」
「ja。ですが、勝手が分からなかったもので。」
「勝手・・・・・ってな。ちょいと店に入って注文すりゃいいだけの・・・・って今はいいか。」
少し待ってろ、と彼女から渡された財布を受け取ると、連人は予約してい代物を受け取りにレジへと歩いて行った。
置いて行かれた彼女は、彼の背に手を伸ばしかけて、・・・・・やめた。彼に伸ばしかけた手を大事なモノを抱かかえる様に片手で胸元に抱えると、頭を下に向けてしまった。
それがいけなかった。
数歩先で誰かの靴が目に映る。愛はレジに商品を受け取りに行った彼が戻って来たと思って顔を上げて前を見た。
だが、そこにいたのは彼ではなく、名前など全く知らない赤の他人だった。
「可愛いね、お嬢ちゃん。今一人?」
「そうですが、なにか?」
「実はさ。俺たち、ちょうど暇だったんだよね。」
「そうそう。ここじゃないどこかで一緒に楽しいことしない?」
そう言いながら、二、三人がどこからか出てきて、彼女を取り囲むようにしてくる。
「ですが、人を待っているんですよ。」
「え~?こんなところに連れと一緒できたの~?」
「でもさ、君。こんなところに連れと一緒に来るってことはその子も、ってことだよね?」
「そうそう。だけどま、こんなところに女の子連れ込むって子も気になるところだけどさ。」
彼女の言葉を聞くとハハハ、と三人組は彼女の言葉を笑った。
「君、こういうことに興味があるの?」
そう言いながら、三人組の一人は棚に置いてあった箱を取り出して彼女に見せた。そこには白くべたつく様に描かれたなにかの液体を全身に掛けられた女性の絵が描かれていた。
「・・・・・・・・・・・っ!?」
突然見せられたその箱のパッケージに愛は言葉を失ってしまった。
それがここにあるということは、そういったものをここでは取り扱っているということになる。であれば、連人が買おうとしていたモノはこういったモノである可能性が高いということになる。
「ここがどういったところか、分かったかな?」
「だったら、外に出ていい空気を吸わないとな。」
「ついでに楽しいこともしないと。」
「賛成~。」
「そうと決まったら、一緒に外に出ようか。」
ね?と言いながら三人組は愛に手を伸ばして彼女の手を掴もうとする。
愛は伸ばされた手から逃れようと二、三歩後ろに下がろうとして・・・・・ドスンと誰かに当たった。
愛は当たった誰かを確認するために後ろを振り返った。
そこには。
「マスターっ。」
「待たせたな。」
連人は何も持っていない右手で愛の青白く銀色に光りに照らされる髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でると、彼女を自身の後ろ、背に回して三人組の前に立った。
「俺の連れにいたずらしてくれたみたいだな。・・・・・・・・・・覚悟は出来てるか?」
「いやいやいや!俺たち何もしてませんよ!」
「そうですよ!何もしてないですよ!」
「人違いですよ、人違い!」
連人が静かにそう言うと、三人組は慌てた様子で否定の言葉を上げていた。
ちなみにだが。
三人組の体つきはそこらにいる一般人と変わらずにひょろい印象が強い体つきをしているが、彼らと対峙している連人の体つきは彼らよりもがっしりとしており、何かのスポーツ選手の様な外見をしている。何も事情を知らない誰かが見れば、スポーツ選手の女に手を出したもやしと目に映ることだろう。だが、連人はそう言ったスポーツなどには全くと言っていいほど取り組んではいないし、なにかのスポーツ選手でもない。
「たしか、楽しいことでもしない?とか訊いてたよな。だったら、俺と楽しいことしないか?あぁ~、大丈夫大丈夫。ちょいとばかし、痛いだけだから。ほんのちょっと痛いだけだから。」
「その痛いことの具体的な説明を・・・・・・・。」
「いや、なに。ほんの少し痛いだけだから。それにそんなに痛くないかもしれないし。」
「痛くされることには興味が・・・・・・・・。」
「大丈夫大丈夫。ちょっとだけ。ほんの先ちょだけだから。」
「そういうのには俺たち、興味ないんで!」
そう言いながら、連人は三人組の一人に手を伸ばし掴みかけると、彼の手から逃れる様に掴まれる前に身体を反転させて走るように逃げ去って行った。
「なんだよ・・・・・・・。楽しいこと、しようってのに。」
「マスター。」
「あん?どうした、愛?」
「助かりました。」
「なぁに。困った時はお互い様だ。それにお前を一人したのは俺だ。お前のせいじゃない。」
「ですが・・・・・・・・・・・・・っ。」
「んま、ちょいと騒がしくしちまったからな。」
そう言うと、彼はぐるりと店内を見渡す様に店内に視線を回した。
愛は彼の動作に合わせる様に彼と同じように店内を見渡した。
すると、二人に対して早く外に出ていってくれというかのように冷たい視線が向けられていたことに気が付いた。
そう。
店側に対して。
静かにしている他の客は。
連人や愛がどうなろうと知ったことではなく、単なる迷惑な客であった。
そのことを連人は把握すると、静かにため息を吐いて、愛の顔を見た。
「店に迷惑を掛けたら、あれだから、帰るか。」
「えっ?ですが・・・・・・・・・マスターはよろしいので?」
「あぁ。買うモノは買ったしな。」
二カッと笑いながら彼は愛の頭を乱暴に撫でると外に出ようと振り返って店を後にしようとする。そうした彼の動きに愛は合わせる様にして振り返って店を後にしようとして、歩き出そうと・・・・・・・・一歩踏み出して二の足を踏み止まった。
連人と愛の二人は加害者ではなく、被害者である。
こうして騒動を起こした三人組と連人たちは全く面識はない。
だが。
何も事情を知らない店内の彼らはそんなことは知らない。
知らないのだ。
その為に、彼らがどう思うが、連人には全く関係はない。関わることなどないのだから。
だが。
だがしかし、である。
ここで店を後にすれば、連人は・・・・・・・・・・。
彼は店に損害を与えた加害者となってしまう。そうしないためには被害者である愛が彼らに対して彼は違うと弁明しなくてはいけない。被害を受けたのは愛なのだから。
そう責任を感じて店内に身体を向ける様に振り返ろうとした瞬間。
パチ・・・・・・・・パチ・・・・・・。
パチパチ・・・・・・・パチパチ・・・・・。
疎らに聞こえてきた拍手が次第に大きくなって聞こえてくる音が二人の耳に届く。
「カッコよかったぞ、兄ちゃん!」
「ああ!彼女を大事にしろよ!」
「幸せにな!」
「またのご来店、お待ちしております!」
連人の背に向けて彼に聞こえる様に人々は声を浴びせた。その言葉は決して彼を貶めるようなものではないと愛は感じた。どちらかと言えば、賞賛に近いモノだと愛は判断した。
彼女の前を歩く彼は片腕を強く握りしめて上に上げると、そのまま店を後にしていった。
愛はそんな彼の様子をクスっと微笑むように笑うと、彼と同じく店を後にしようと入り口に足をかけて、頭を下げて一礼をすると、彼の後を追う様に店を後にした。
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