1-2
食後。
まだ陽が上がり始めたばかりで人の姿もまばらな頃。連人と愛の二人は部屋を出てまだ暗い道を歩いていた。先程まで靴がなかった愛の足元には大きめのサンダルが履かれていた。
「サイズは・・・・・・どうしようもないとは思うがしばらくそれで我慢してくれ。」
「ja。御苦労をお掛けします。」
「いや。気にするな。別に気にすることでもないしな。」
「そうかもしれませんが・・・・・・・・・・。」
歩く速度を遅くする愛に気付いた様子もなく、連人は先に先に、と緩めることなく進んでいく。
「しっかし、制御用のユニットのことを考えずにってのは、ちょいと理解ができんな。いくら、AIと言っても限度はあるだろうに。・・・・・・・・なぁ、愛。お前もそう思わないか?」
と言いながら後ろを振り返ったその時に彼女の歩調が遅いことに彼は数メートル彼女の方に引き返すと彼女に訊ねてみた。
「・・・・・・・・・・・・どうした?」
「いえ・・・・・・。ただ、私のために貴重なお時間を割いていて頂けるのに、私は無力だな、と思いまして。」
「安心しろ。人間誰もが最初は無力だ。力を持って生まれてくるやつぁ、化け物くらいだ。」
「ですが。」
「それにな。」
いいか。
「さっきも言ったけど、午前中は暇なんだ。暇潰しに付き合って悪いと思うのは俺の方さ。」
ハハハ、と連人は軽く笑った。彼の笑顔に釣られる様な形で愛も優しげに表情を緩める。
彼女の笑顔を見て連人は人差し指を愛に向けて指した。
「そうそう。それだよ、それ。良い顔も出来るじゃねぇか。」
「それは・・・・・・・・だって、
「あー、聞こえなーい、聞こえなーい。」
彼は大きな声を出してわざとらしく聞こえないふりをする。・・・・・・・・実際には聞こえているだろうが。
愛はそんな彼の反応に、はぁ、と彼に聞こえるようにわざとため息を吐き、彼に今後の予定を訊いた。
「マスター。そんなことは兎も角としまして。今、何処を目指しているのか、お訊ねしても?」
「兎も角ってお前・・・・・・・・。」
彼女の反応に彼はどう返すかを一瞬悩んで、彼女の問いに答えることにした。
「リサイクルショップだ。」
「リサイクル・・・・・・・・・?あぁ、作り直すのですか?」
「作り直すって何処から引っ張って・・・・・・って、おい。まさか、ネットから引っ張ってきたのか!?」
「ja。あちらこちらに飛んでおりましたので。」
そう言った愛の蒼い瞳に普通の人間であれば、走ることがないはずの電気の線が走ったのが連人の目に写った。
「おい。まさかとは思うが、昨日、出会ったときにネット使って学習したよな?」
「さ、さぁ?何の事やら、私には分かりかねますねぇ。」
惚けるように彼女は理解が出来ないと言うが、連人には嘘だと分かりきっていた。
最初に言葉を交わそうとしたとき、彼女は日本語ではない言語で彼に訊いてきたのだ。今にしてみれば、英語ではなく日本語で訊いてよかったと思うが、もし、インターネットに接続していなくとも調べられるとすれば、インターネット社会にとって、彼女は脅威として彼女のことを認識するだろう。何処にでもいる少女としてではなく、大型侵略兵器、シュツルム・アイゼンの独立型制御ユニットとして。
それだけは、それだけは避けるべきだと思い、連人は無意識のままに彼女に言っていた。
「愛。知らない誰かに名前を訊かれた時には俺の名字を使って、手束愛だって言え。」
「えっ?ですが、それでは。」
「一人でいるよりかはマシ、ってな。それに。」
女の子一人っきりにさせたら、お前のマスター失格だろう?
声には出さずに心のうちで彼はそう言うと、彼女に笑みを向けた。
もし、自衛隊が、国が彼女を敵だと決めたときに、ただの愛では彼女は一人だけになってしまう。だが、連人の名字、手束の名を使えば敵にされた時に彼女一人だけではなく連人も敵とされる。彼女は一人っきりではないと連人は言葉にはせずに彼女に伝えた。
自分の名の由来として、人と連ねるという意味合いも兼ねて連人と名付けてくれた両親がどういった意味で名を付けたのか今の今まで納得もすることはなかったが、今初めて、連人は自分と向かい合っていた。
(いい名前だよ、ホントにさ。)
そう思いながら、クスリと笑う連人の様子を愛は変質者でも見るような目で身体を少し引くようにしてみていた。・・・・・・・離れることはなかったが。
そんな彼ら、彼女らは広大と思える貯水地の湖の足場が出来ている道端を歩いていた。横になって歩く分には少し狭いと思えるが、縦になって歩く分には十分であった。
「ま、ここでどんぱちする分には狭いけどな。」
「マスター?」
「いや、こっちの話だ。気にするな。」
そう言って片手を振り話を終わらせようとする彼に追求しようとして、愛はやめた。
「なぁ。『シュツルム・アイゼン』の方はいつでも呼べるのか?」
「ja。可能ですマスター。」
彼の質問に彼女は肯定するかの様にコクリと頷いた。
「何度も言っておりますが、『アイゼン』は私であり、私は『アイゼン』です。ですので、必要とあれば文字通りにすぐに来ますよ?」
「ああ、それは聞いた。聞いたんだけどな・・・・・・・・・・。すぐ忘れちまうみたいだ。悪いな。」
「nein。マスターが気になさることではありません。私がここに、マスターのお傍にいる限りは御心配には及びません。」
「・・・・・・・・・おいおい。それじゃ、いついなくなるのか分かりませんよ、って言ってるものじゃないか。」
彼がそう言うと、愛はハッと意識を戻す。
「そう、・・・・・・・ですね。そうなりますと、間違いですね。申し訳ありません、マスター。」
「いや、別に気にはせんが。」
蓮人はそう言う愛に少し不安を抱く。
おいおい、そういうことをすることはお前の仕事じゃないだろう。お前がするべき仕事じゃないから・・・・・・・そういうのは男の仕事だ。
蓮人は言葉には出さずに、自分が愛に対して感じた直感を蓮人は己の心に刻みつける。
無理も無茶もさせてはダメだ、と。
もし、そういった場面に今後出くわすようならこれ以上は踏み込まない方が良いだろうと。だが、そう思うのと同時に蓮人は感じてしまうことがあった。
たとえ、彼女を止めようとも彼女は止まることはないだろう、と。
彼女は止まるためにここにいるのではなく、止めるためにここにいるということを。ならば、自分に何が出来るだろうか。蓮人はそう考えながら彼女と共に歩いていた。
「ところで、マスター。お一つ、御聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん?どうした?」
「今、どこへ向かおうとしているのでしょうか?」
「古着屋。」
「古着・・・・・・・・ですか?」
「そ。金があれば、普通に新品でいいと思うんだけど、金がなくってな。・・・・・・・ま、働いてないから当たり前なんだけどさ。」
そう言う蓮人の言葉に愛は頭上に疑問符を浮かべる様に頭を傾げながら彼の顔を見た。
「マスターのではないのですか?」
「あのね。野郎の部屋に一人金も靴もない一文無しの女の子に何も出さないってのは、男として恥だと思うのよ。逆に新品買えないのが情けないけどな。」
すまないな、と蓮人は言うと再び前を向いて歩き出す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そんな蓮人に愛は何も言うことが出来なかった。
そう思い、買いに行こうとする気持ちだけで十分だと、太陽の光を受けて銀色に髪を光らせて風に髪を揺らせて歩いていく少女の口からその言葉が出ることはなかった。
そうして歩いていくと、横長の建物が見えてくる。
店の中から流れているのだろうか、大きな音量で曲が流れてくるのが外にいる二人の耳に聞こえてくる。店の入り口ではテントの様なモノが建てられており、何人かの人がそのテントで物品と金銭の取引をしているのが目に映って見えた。
「マスター。あれはなにをしているのか、御聞きしても?」
「ん?・・・・・・・・あ~、何も知らん人間から見たら普通分からんわな。あれはな、中古品の買い取りだ。」
「買い取り・・・・・・・ですか?」
「あぁ。店内でやればいいと思うだろうが、店内だとそれは難しいんだよ。」
言葉で教えるより、目で覚えろってな。
そう彼は言うと、二人は店内に入って、愛を店内へと案内する。
まず、愛の目の前に現れたのは何かのアニメのキャラクターなのか、名前の知らない少女のイラストが描かれているホルダーやら何に使うのか分からないアイテムが取り扱われているのが目に映り、右手側を見ると大きな本棚が何台も置かれ、何列かに分かれているのが目に映った。その本棚とは逆、左手側を見てみると衣服類がハンガーに掛けられているのが目に映るのと同時に蓮人の背が目に映り、愛は蓮人の背を追った。
「マスター。」
「分かったか?店内の狭さが。」
「ja。確かにこの狭さでは難しいかもしれませんね。」
「だろ?まぁ、店内で取り扱えるのを使ってるから仕方ないんだけどな。」
「そうなので?」
「そうなんだ、ってか、言わせないでくれ。恥ずかしいから。」
彼の言葉に愛は疑問符を浮かべ、奥の方に赤いバツ印と黒い色をした暖簾が目に映った。その暖簾には逆三角形の中心に『R18』と数字と文字が共に書かれているのも目に映り、それが何を意味するかを蓮人に訊ねようとして昨日もそうした様に目に見えたモノを無意識に検索をかけた。そして、彼女がそれが何であるのかを理解したと同時に頬が朱に染まった。
「あっ?どうした、愛?顔赤いぞ。」
「な、nein。なんでもありませんっ。」
「・・・・・・・・・?そうか?」
どうしたんだ、あいつ?と蓮人は愛の様子に疑問符を頭上に浮かべて、気にしない様にして先程見ていた方向に視線を彼は戻した。
「何か気になったのはあるか、愛?」
「nein、ありませんっ。」
「うん?何顔背けてるの、お前?」
「で、ですのでっ。」
「落ち着け、愛。ここには敵はいない。いいか?」
だから落ち着け、な?と愛を落ち着かせるように言う蓮人の言葉にハッとすると数回深呼吸を繰り返し、気を落ち着かせる。
「・・・・・・・落ち着いたか?」
「ja。失礼をしました、マスター。」
「いや、落ち着いたなら、それでいい。」
それで何か気に入ったのあるか?と気を取り直して蓮人は彼女に訊いた。
「そうですね・・・・・・・・・。マスターはなにかおススメが?」
「いや。悪いが、俺はファッションとか全然気にせんからこういうのは専門外でな。こういうのを着たらいいんじゃないか、とか言えないんだ。悪いな。」
「なるほど。・・・・・・・・・・ですが、マスター。それは私も同じです。」
「気にもならないか?」
「ja。すみませんが・・・・・・・・・。」
そうか、と蓮人はこれからをどうしようかと悩んだ時に彼女の目がとある一点から動かなくなったのを見ると、彼女が何を見ているのか気になってそちらに目を向けてみる。
すると、そこには一足のスニーカーがあった。デザインは女性向というよりかは男性が履きそうな頑丈そうで分厚いようなそんなデザインをしていた。
「・・・・・・・・・あれが気になるのか?」
「nein。気には・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・履いてみるか?」
「えっ。」
彼女が彼の言葉を否定するよりも早くに彼はその靴をひょいと摘み上げると、彼女のところまで戻ってきて身を屈めた。
愛は突然身を屈めた彼の行動が理解できずに、すぐに立つ様に言った。
「立ってください、マスターっ。」
「おいおい、立ったら履かせられないだろうが。じっと立っててくれよ、お姫様。」
「お姫様だなんて。」
「可愛い女の子に靴を履かせられるなんて男として感謝の極みこの上ないね。」
だから、動くなよ?と彼は彼女にそう言うと、彼女の足から外出用に履いていた自分の靴を脱がせ、そのスニーカーを履かせた。サイズ的に彼女の足には少し大きいように感じたが、何も履いていない足で履けばそりゃ大きいよな、と考えることにした。値札を見てみれば想像していたものよりかは値段が張るが、自分の命である足がなくなるよりかは安いか、と考えることにした。
「丁度いいか?」
「ja。そうですね。自分でも不思議ですがこの靴は合っているように思います。」
「んじゃ、これにするか?」
「よろしいので、マスター?」
「あぁ。」
それじゃ買うとするかね、と蓮人は腰を上げた。
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