第一章 こうして青年は決意する
第一話 こうして青年は決意する 1-1
朝。
一人部屋の狭い室内、その空間に置かれた比較的小さめの炬燵に足を入れて、連人は寝ていた。だが、その日はいつもと違った。その事を目が覚めると同時に思い出してベッドに横たわる朝日を浴びて銀色の髪を光に煌めかせる少女の頭の横に置いてある日本特有の携帯電話、俗に言われるガラパゴス携帯、略してガラ携に手を触れ、目覚まし代わりにセットしているアラームを時間と共になる寸前、アラーム停止ボタンを鳴る前に押した。
押すと同時に、連人ははぁ、と軽くため息気味に息を吐く。どうしてこうなったのか、連人には不可解であった。
ふと、自分の顔下、ベッドで眠っている銀色の髪をしている少女、愛との出会いを思い出してみる。
思い出してみたところで分かることと言えば、彼女は『シュツルム・アイゼン』の制御ユニットであること、彼女はあの機体であり、あの機体は彼女だと下で眠っている少女に言われたということ、昨日戦った機体の他に何機か『巨人』と言われた機体が人類にとって、彼女にとって、敵だということ、ただそれだけだ。
どうしたものか、と連人はふと思い、下を見た。それがいけなかった。眠っている愛の口元は綺麗で可憐でどの様な感触がするのだろうとふと思ってしまったのだった。
(いかん、いかん。)
ふと、頭の中で流れた考えを振り払う様に頭を振るいそそくさと先程と同じように小さめの炬燵に足を入れて、炬燵の横に置いておいた型が若干古めのノートパソコンの電源をつけ、パソコンを立ち上げる。少し型が古いせいか起動まで少しの暇な時間が生まれる。その僅かな時間で連人は先程自分が行おうとした行為を反省する。
狭い個室で男と女の二人っきり。
そこそこそういったものに手を出してきた連人にとってみれば、今のこの状況はそういった状況である。だが、と彼は頭を切り替える。いくら彼女が連人のことをマスターと呼んでくれていようともまだ一日も経過せずに手を出すのはいかんだろう、と。今もぐっすりと眠っているのはただ、連人のことを信用しようとしているからであって、信頼しきっているわけではない。そこを履き違えてはいけない、と連人が自身に強く言い聞かせているとパソコンのディスプレイが点灯して、連人のお気に入りのデスクトップ画面が表示される。
彼は好きと言えば好きではあるが、愛しているとまではいかない画面に写し出されている少女達の画像をいつもそうしているかの如く流して、インターネットと書かれているアイコンを二回クリックする。
そして、ホームページが表示されると、ニュースの項目を確認する。
昨日の戦闘の際、連人や愛(『シュツルム・アイゼン』の中にいたので数えるかは分からない)以外、人の姿を確認することはできなかった。だがそれは、ただ単に気が付かなかっただけで遠くから撮影されているかもしれない可能性は否定できなかった。であれば、ニュースとして騷がられている可能性もなくない。そう考え、確認をしてみたのだが、そんな記事はどこにもなかった。
だとすれば、電子掲示板に載っているかもしれない、そう考え、「機動兵器 戦闘」の二文字を入力し検索をかける。だが、掲示板にあるのは『米軍再び!?武装集団を「パワード」兵器で蹂躙する!!※グロ注意』、『ついにここまで来たか!?日本製「パワード・アーマー」、50メートルを三秒で完走!!※今回は無傷だったよ』等という記事のみで昨日起きたことは誰も触れていなかった。
(心配、しすぎか・・・・・・?)
連人は気を緩めて、グロ注意と書かれている記事は普通に流して『ついにここまで来たか!?日本製「パワード・アーマー」、50メートルを三秒で完走!!※今回は無傷だったよ』とタイトルに打たれている記事をクリックして、記事を流し読む。
そうして下に流しながら読んでいると、ベッドから身動ぎするように布が擦れる音が耳に聞こえる。
(起きたかな?)
愛には声をあえて掛けずにベッドに視線を向けると目を擦りながら上体を起こす彼女の様子が目に写った。
「おはよう、愛。・・・・・・・・・眠れたか?」
「ふぁ~あ。・・・・・・・えっ、あっはい。おはようございます、マスター。」
「なら、良かった。丁度いい。飯にしよう。」
彼女の返事を聞いて彼はキレが良かったこともあり炬燵から足を抜いて立ち上がり、台所の方へと歩いていく。そんな彼の動作に何かを悟ったのか、愛は彼に聞こえるように彼の背に大きな声で伝えた。
「あっ、マスター!朝食でしたら私の分はお構い無く!!」
だが、彼はその言葉に答えることなく、片手を上げて後ろにいる彼女に見えるようにヒラヒラと振ることで応えた。
そんな彼を見送って愛は先程まで自分が眠っていたベッドに視線を落としながら昨日の夜の出来事を思い出していた。
「それで、なんだが。コイツは良いのか?」
戦闘が終わり、何分か経った後。
彼の『帰るか。』と帰宅を示唆する言葉を汲み取り彼が寝泊まりしているアパートまで彼を送ったとき、連人は背後に立つ『シュツルム・アイゼン』を後ろ指で指すように愛に訊いてきた。訊かれた言葉に彼女はコクりと頷いた。
「『アイゼン』のことでしたら、心配要りませんよ、マスター?」
そう言った彼女の言葉がどういったものか理解が出来ていない様子で連人は眉間に皺を寄せる。彼の反応を見て、愛は彼を手で制した。
「先程も言いましたが、私は『アイゼン』であり、『アイゼン』は私です。よろしいでしょうか、マスター?」
「・・・・・・・・・・・・・いや。なんとなくは分かった。けどな・・・・・・・。こんな大きな機体を隠す場所なんざぁ・・・・・・。」
続けて言う彼に愛は片目を閉じて、彼の口元に当てるように人差し指を軽めに当てる。
「であれば、無くせばいいんですよ。」
「・・・・・・・・・・・・は?」
彼女がそう言ったのに合わせるように愛の背後に立っていた『シュツルム・アイゼン』の姿が突然消えた。
連人は背後で起きたことに何も言えなかった。いや、ただポカンと呆然にしていたか。
そんな彼を置いていく様子で彼の部屋がどこにあるのか分からないのにも関わらず、愛はスタスタと歩き出し、連人は彼女を止めるかのように意識を戻すと彼女のあとを追うようにして走り出した。
「おい、愛。さっきのどうやったんだ?」
「どう・・・・・・・・とは?」
「だってよ、十メートルはあったんだぜ?それを消したら、誰だって訊きたくなるだろ?」
「成る程。でしたら、マスター。お一つだけ訂正よろしいでしょうか?」
「何を。」
彼女が説明するように思えたので連人も彼女の歩調に合わせように歩く速度を落とす。
「先程私は消せばいいと言いましたが、厳密には見えなくして触れなくしただけです。」
「おいおい、それって・・・・・・・。」
「ja。ステルス迷彩機能を使いました。」
「ステルス・・・・・・迷彩・・・・・・・だと・・・・・・?」
「ja。」
今の現代技術ではほぼ不可能と言われる光学迷彩を使ったと言う愛の言葉に連人はどう答えた方がいいのか分からずに絶句してしまう。いや、光学迷彩ではない。姿を消して触れなくしただけという彼女の言葉を信じるのであれば、完全な迷彩であると言えるのではないだろうか。そうすると、戦闘後、『巨人』の残骸が消えていたことにも頷けるし、海に落下したオベリスクも姿が無くなっていたことにも頷けなくもなかった。
そうしていると、奥にある一つの部屋の入り口に辿り着き、愛は連人を見た。彼は彼女が何も言いたいのかを察し、鍵を取り出すと、鍵穴に刺して入り口を開けた。
「狭く思うかもしれんが、まぁ、入ってくれ。」
「ja。それでは、失礼しまして。」
玄関を開けると入口に置くように何足かの靴が出迎える。その事を恥ずかしいと思ったのか、連人はハハハ、と乾いた笑いをして、真ん中を開ける様に靴を退かして、自身の靴を脱いだ。
「・・・・・・・・・・。」
愛はそんな彼の様子を物珍しいものを見るかのようにおおきく目を開いて見ていた。彼は彼女の視線に気付いた様子もなくごく平然に靴を脱ぐとそのまま部屋に上がってしまう。その事に急いだ様子で彼女は彼を呼び止めた。
「マスターっ!!」
「・・・・・・・・・・?どうした、愛?」
「そのまま、上がってもよろしいので?」
「ああ、構わんぞ?」
「しかし・・・・・・、私は・・・・・・・・。」
そう言うと、彼女は俯く様に足下に顔を下ろす。そんな彼女の視線を彼は追うようにして、そこで気が付いた。
彼女が靴を履いていないことに。
「あ~・・・・・・・分かった。中に入ってていいからここに座って待ってろ。」
何処にしまったかなぁ、等といって彼は玄関横にあるキッチンの収納棚を開けると、何かを探すようにがさごそと音を出しながら探し始めて、彼女は迷惑を掛けていることに自身を情けなく思い、玄関扉を閉めて玄関の縁に腰を下ろした。
「すみません、マスター。」
「あぁ、良いって良いって。気にすんな。」
よし、あったぞ、と雑巾を手にすると雑巾を早速水に濡らしてどっぷりと水に浸れると、雑巾を力強く絞り、横通るぞ、と彼女に対して言うと、彼女の横を通って玄関に腰を下ろして、彼女の足を濡れた雑巾で拭いた。
「んっ・・・・・・・・・・。」
「冷たいか?」
「nein。大丈夫です。・・・・・んっ。」
「・・・・・・・・・無理はするなよ?」
「ja。分かり・・・・っ、ました・・・・っ。」
彼女の足を拭く度に、なにかに耐えるようにする彼女の反応に連人はやましくないやましくない、と自身に言い聞かせながら、彼女の足を拭いていく。陶磁器・・・・・・とはどういったものかよくは分からない連人であったが、傷一つなくキレイな肌だと触っていて感じていた。『シュツルム・アイゼン』の制御ユニットだと言われても連人は彼女の事を人間であると思っていた。たとえ、彼女がそれを否定したとしても。
「・・・・・・・・・・よし、終わったぞ、愛。」
「・・・・・・・えっ。や、ja。分かりました、マスター。」
終わったと言う連人の言葉に愛は遅れて反応する。その様子を見て連人は大丈夫か?と彼女の体調を気にかけるが、彼女は彼の質問に片手を上げて断り、部屋へと上がった。
(なんだかなぁ。)
そう思いながらも連人は玄関に上がると、靴下を脱いで部屋に上がった。
「んま、汚いとこだけど適当に座ってくれ。」
「ja。それでは、失礼を。」
そう言うと、部屋の中心部に置かれている炬燵・・・・・・ではなく、隅の方にちょこんと彼女は座ったのだった。
(いや、別に隅の方に行かんくても。)
連人は心の中で小言をポツリと言うと炬燵に足を入れるように堂々と座った。
「それで?」
「はい?なんでしょう、マスター?」
「いや、何もないって、そういうことが言いたいわけじゃなくてだな。」
「ja。」
「つまるところ、あの『巨人』どもはこっちの世界を侵略しようとしていて、お前はそれを止めようとしてる、ってことで良いか?」
「ja。その通りです、マスター。」
「ってことは、だ。連中は敵ってことで良いんだな?」
「ja。」
「了解だ。ってことは味方がいるな。」
「味方・・・・・・・・・ですか?」
「ああ。」
いいか?
「連中は群れで、こっちのカードはお前だけ。ってなると、一気に潰されて終わりだわな。」
「ですが、マスター。動けるのは、私だけですよ?」
「いや。運が良いことに、ここ十九志野周辺にはな。陸上自衛隊の駐屯地がある。更には、機動性のいい『パワード・アーマー』っていうおまけ付きだ。運が良いか悪いかは置いておくとしても、使えるカードは多いぞ。」
「ですが、その陸上自衛隊という軍隊がこちらに攻撃してくる可能性もゼロでは。」
「まぁ、なくはないな。」
「だったらっ。」
抗議する彼女の言葉を手で制す。
「ゼロとは言えねぇ。だが、攻撃してくる可能性は低い。」
「何故です?」
ハハハ。
「陸上自衛隊は人にはお優しいとか余所からはよく言われてるんだぜ?それに、政府が判断を遅れれば人が死ぬ。連中が盾になってくれるとは断言はできないけど、俺たちが人を逃がす位の時間を稼いでる内に速く逃がしてくれるだろうさ。」
「つまり、盾になるのは私たち、二人だけだ、と。そういうことですか?」
「この世界に来た早々に貧乏くじ引かせちまうみたいで悪いな。」
「nein。いえ、それが我が主たりうる貴方様がそう御決めになられたのであれば、私はその指示に従うのみです、我が
「責任重大だねぇ。」
「ja。そうですね。」
「他人事みたく言っちゃって、まぁ。」
彼の言葉に彼女はクスっと軽く笑った。
「それで、マスター。今日のご予定は?」
「あっ?ねぇよ、んなもん。」
それじゃ朝食にしますかねぇ、と言いながら彼はトーストと目玉焼きが乗った二枚の皿を炬燵の上に並べ、ノートパソコンの電源を軽く触り休止状態にすると、脇にどかした。
「ですが。」
「昨日は午前で今日は午後。だから、朝は何もないって意味だったんだが。」
「でしたら。」
「と、何もしないで午前を過ごすかと訊かれるとそうでもなくてだな。・・・・靴、ないだろ?」
「は、はい。」
「そういうことだから、靴買いに行くぞ。」
「誰の、です?」
「お前のだ、愛。」
「私の、ですか?」
ああ。
「運が良いか悪いかって訊かれると良い方なんだろうな。俺も見たいのあるから一緒に行こうかって思うんだが。・・・・・・・・いやか?」
「nein。そうでは、ありません。ありませんが・・・・・・・。」
はぁ、と連人は息を吐くと、彼女に言った。
「行くのか、行かないのか。どっちだ?」
「行きます!御一緒させていただきます!」
「ならば、良しだ。」
うんうん、頷きながらトーストを頬に頬張りながら彼は窓に写る外の様子を見た。
今日も昨日と同じように良い天気になりそうで太陽が輝いていた。
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