5-2
千葉工科大学の新十九志野キャンパス内。
連人と愛の二人は昨日真実に出会った大きな池がある道を歩いていた。
「ところで、兄さん。今日はどんなご予定でしょうか?」
「・・・・・・・・あん?あぁ、言ってなかったっけか。今日は午前の一限やって午後の二限やれば、もうないぞ。」
「ja。なるほど。」
であれば。
「その間、私は如何致しましょう?『アイゼン』の中で待機という手もありますが。」
「いや。あれだったら、図書館で本でも読んで待ってるか?何もせずに一日を過ごすってのにも飽きたろ?」
「nein。こちらの世界は情報が満ち溢れておりますので飽きるということは御座いません。」
「そうか?」
「ja。」
それに。
「図書館を利用するにしても私はこの大学には籍は御座いませんし、利用は出来ないのではありませんか?大学に属している兄さんと違いますから。」
「貸し借りは出来ないだろうけど・・・・・・・本を読むくらいはできるんじゃねぇかな。ま、中に入らないといけないだろうけどさ。」
そうだ、となにかを思い付いたかのように片手の指をパチンと綺麗な音を出す様に連人は指を鳴らす。
「インターネット回線を視覚して、情報を閲覧できるってことは、ここの情報も見れるってことだよな?」
「ja。まぁ、出来なくもないですが・・・・・・・・。それが如何しました?」
「いや、だとすると弄ることも出来なくもないってことだよな?」
「ja。・・・・・・ですが、したことがないので断言はできません。」
「となると、出来なくもないんだな?」
「その質問には、ja、と答えましょう。・・・・・・・可能です、兄さん。」
「だったら、了解だ。」
そう言うと、ガサゴソとバックパックの中を連人は何かを探る様に漁り出した。愛は突然彼がした動作が理解できずに呆然とした様子で見ていた。
すると、彼は一枚のカードを取り出すと彼女に渡した。
「ここの学生証だ。・・・・・・・・・・分かるか?」
「ja。分からなくはありませんね。・・・・・・・・これが?」
「ってことは真似できるか?」
「それは模倣品ではない、完全な紛い物を作れるか?という問いですか?それとも単に似たものを作れるか否か?ということでしょうか?」
彼女の質問に連人はゆっくりと頷いて言った。
「両方だ。・・・・・・・・だけど、ちょいと訂正だな。コピーはコピーでいい。完全かつ完璧ってのは別にいいぜ?似たものが作れるんならそれで事足りるからな。中に入れるかどうかはこの際抜きにして。」
「なるほど。・・・・・・・・であれば、ja。作れなくもありません。」
「・・・・・・・本当か!?」
「見た目が一緒だけれども仕様がない単なる模造品か、ある程度でしか使うことが出来ないそこそこのものか、そこそことは言わずにほぼこの学生証と同じく使えるものか、それぞれに分かれますが。」
「そうか。」
だったら。
「折角だから学生証と同じく使用ができる上等なモノで、頼む。」
「ja。・・・・・・・・・私は貴方のお言葉にただ従うのみです、兄さん。・・・・・・・・ここに貴方に発生すると思われる責任などはありません。」
いいですか?と彼に訊いてくる彼女の言葉に彼は首を横に振った。
「責任はないとは言っても、その学生証が俺のものである時点でお前の言ってることはおかしいわけだ。それが俺のモノで、お前に使えるモノと同等のモノを作れって言ってる時点で俺に責任はあるだろう。違うか?」
「・・・・・・・・・・そうでしょうか?」
「一緒に罪を犯すって言ってる様なモノだ。お前が・・・・・・その、俺のモノだからって言っても信じようとするヤツはどこにもいないだろうさ。それに、お前が『シュツルム・アイゼン』の制御用AIだって言われても分からんと思う連中はいるだろうしな。」
「いますかね?」
「いるだろうさ。」
と言うと、彼は愛の肩をポンッと軽く叩いた。
「ま、軽く頼むぜ。ちゃちゃっと終わらせてくれ。」
「ja。その御命令、しかと受け取りました。」
そう言うと、愛は彼の学生証を握ったままその場から動かなくなってしまった。
「んま、だいたいそうなるんじゃないかって予想はしてたさ。予想は、な。ま、お前が作業をしている間お前を守るってのは、兄として、マスターとしての責任だからな。ちょいと、脇に退かすぞ。」
連人は勝手に動かしたりするのは道徳的に、社会的にどうなのだろうかなどと思いながら愛の身体を抱えると、彼女を己の背に担ぎ、道隅のベンチまで行くと、そのベンチに座らせるように彼女を座らせた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
連人が彼女の身体を動かしている間、彼女は何も話すことはなかった。話すことがないということは、作業に集中している今この時間は何をされても彼女は特に反応をすることはないということであり、その言葉を裏返すのであれば何をされても彼女が起きる前に終わらせれば彼女は何も知らないということだとも言える。
「いやいやいや。いくらなんでもそれはどうなのよ。愛は俺を信用して集中してるってのに・・・・・・・・・。それはいかんでしょ、流石に。」
自分の心を落ち着かせるように彼は深く息を吸い、深く息を吐いた。そして、彼女の様子を見た。
「・・・・・・・・・・・・・。」
連人が一人でもんもんとしている状況であっても、彼女はそんな彼の状態を知らない。
・・・・・・・・であれば、少しは手を出してもいいのではないのだろうか?
彼はふとそんなことを思って彼女の隣に腰を下ろして、ベンチに座った。そして、彼女を見た。
陽の光に当たり、キラキラと銀色の髪を風に揺らしながらその場に佇んでいる姿は至って幻想的だと思うことが出来た。そんな幻想的な雰囲気を出している少女の隣に彼女よりも背が大きく、一般男性よりもがっしりとした外見をしていて、濃い青薄い青の水色が特徴的な海上迷彩柄の上着を羽織っている男が彼女の銀色の髪や彼女の碧い瞳をじっとした様子で見ていると雰囲気的には今にでも如何わしいことをしようと考えている犯罪者的思考を持った極めて特殊な人種だと思われたり言われても、仕方がないだろう。現に連人の目は若干普通の一般人がする目とは少し違った様子で血走った様子の目をしており、呼吸も若干ではあるが荒い様にも思えた。
違うといくら連人が言ったところで、彼を犯罪者とは違うと言う人間はどこにもいないだろう。
自身の身体の中にほんの僅かながら残った少量の理性が彼を押しとどめ、彼を正気に戻した。
「・・・・・・・・・・・落ち着け。いくらなんでも手は出しちゃいけないだろう。愛は俺を信用してやってるんだからさ・・・・・・・・。」
いくらなんでもどうなのよ、と自身に問いかける様に独り言を呟く連人であったが、そこではたと気が付いてしまった。
もし。
もし仮に、である。
彼女が信用しているから作業に入っているとは考えずに、別に手を出されたとしても彼女自身が連人のモノだから手を出されても仕方ないと思っていたとしたら?
そんなくだらないとしか思えないことが脳内に思い浮かんでしまい、連人はその問いの答えについてじっと真剣な顔で真剣に考えた。
実にくだらない、考えるまでもないだろうと言われれば、それだけの問題でしかない。しかし、この問題はくだらない、実に問題定義も定義も出来ないことでしかないと思われても仕方がないと思える事柄であるが、連人にとっては非常に重要であり、早急に解決しなければならない問題であった。
もし、彼女にこの事についてどう思っているか等と訊けば、彼女はどう答えるだろうか。
ここ数日、共に過ごしている連人の予想では、「そんなの決まっているではないですか。私は貴方のモノです。ですので、貴方がしたいと望むのであれば、私はその思いにただ応えるのみ。」と言って彼女と共にベットに入り、十八歳未満閲覧禁止の様な大人の体験をしてしまう可能性が高そうな予想が出来てしまうのだが、出来たところで、それはあくまでも連人の予想であって、彼女の口から連人が聞いた解答ではない。なので、ここで連人が彼女の身体に彼女の同意もなしに手を出してしまえば事後承諾となってしまう。それはいくらなんでもまずいだろう。たとえ、彼女が連人のことをマスターと呼んで慕ってくれていると言っても。
彼女に訊いて、彼女の口から答えを明かしてもらうまでは彼女の身体に触れることなどは出来ないと言える。
彼女を道脇に退かすためにベンチに移動させる際に彼女の身体にすでに触っているではないか等とは言っていけない。これは不可抗力であって、仕方がなかったのである。
そう、仕方がなかったのだ。
だからと言って、愛の身体に触れるのはいけないだろうと連人は思った。道を開けるために彼女の身体に触れることと如何わしい感情を持ったうえで彼女の身体に直接触るということでは雲泥の差があると彼は思った。
「・・・・・・・・・ま、今すぐに愛の口から聞かなくてもいいだろう。今でなく、別にいつかであっても。」
また、訊こうと思った時にでも彼女に訊いても良いはずだ。今は二人でいるのだから。
そう思い、忘れ物がなかったかどうかを探す様にバックパックを彼が漁り始めるのと愛が意識を取り戻すのはほぼ同時だった。
「・・・・・・・・・・・終わりました、兄さん。」
「おぅ、終わったか、愛。」
「ja。使えるかどうかは不明な点が多いですが・・・・・・・・こういった感じでよろしいでしょうか?」
そう言うと、愛はポケットを探って一枚のカードを連人の目の前に出した。
彼女の意図を察した連人は彼女が出したそれを見た。それは連人の学生証と同じく、学生番号と顔写真が写っており隅の方には学生であることを確認するためのバーコードリーダーがあった。
そこまでざっと見ると彼は頷いた。
「見た目は確かに学生証だな。・・・・・・・・・・使えるかどうかは分からないけど。」
「ja。そこは同意します。念のために学校のデータに侵入して、書き換えましたが。」
「使っちゃいないから、分かりませんよ、ってか。」
「ja。」
「ま、為せば為る、為せねば為らん何事もって言うしな。出たとこ勝負だ。いっちょやってみるか。」
「ja。多少使い方がおかしい気がしますが。」
「言うな。」
「ja。記憶しましょう。」
記録じゃんなくて、記憶か。お前らしい言い回しだけど、それってどうなのよ?などと言いながら二人はベンチから立つと図書館へと歩いて行った。
数分後。
誰からも誰にも特に言われることも指摘されることもなく、図書館の中に二人の姿はあった。
「入れちゃったよ・・・・・・・・・・。」
「ja。個人的には中に入れたことに驚きですが、誰からも特に指摘されずにいられるという現状に驚きです。・・・・・・・・あの、兄さん。言っては何ですが、警備体制が少し雑ではないのでしょうか?」
「言うな、愛。それにそれを指摘すれば、俺もお前も共犯なんだから追い出されかねないぞ。特に俺は学生証取られたうえに学生であることも消されかねないだろうけど。」
ハハハ、と乾いた笑いをする連人の肩に愛はポンと優しく手を置いた。
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