第四章 鋼に蹴りを突き入れる
第四話 鋼に蹴りを突き入れる 4-1
月曜日。
自室にある炬燵に足を突っ込んで連人はいつもそうしているように一日の始まりを知らせる携帯電話のアラームと共に朝の時間を迎えていた。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
だが、連人はいつもしているようにパソコンのキーボードには触れずに横から来る冷たい視線にどう言えばいいのか考えているかのようにチラチラと視線を向けては戻すといった動作をしていた。その彼の視線が向かう方向には、ここ数日でそこにいるのが当たり前となりつつある彼女、愛がベッドに腰掛けて連人を見ていた。
「それで、マスター。お一つ、御聞きしても?」
「あっはい。どうぞ。」
「気にはなってはいたのですが、御聞きするのは無礼と思い訊きはしませんでしたが・・・・・・・・・。こんな時間に起きて、何をしているのですか?」
「ナニを・・・・・・・って言われてもな・・・・・・・。パソコン弄ってるだけ、かな?」
「こんなに朝早くにですか?」
そう彼に訊きながら彼女は箪笥の上に置いてある置き時計を指差した。
その時計は今現在の時間が五時であることを指していた。
「それで、あるのですか?」
「あると言えば、あるかな・・・・・・・・・。」
「つまり、ないと。」
「いや、ないとは言ってないだろ。」
「あると言えばあるということは、その逆、ないと言えばないということですよね?」
「うぐ・・・・・・・・。」
彼は彼女が言う正論にぐぅの音が出なくなってしまう。
「では、何をしているのですか?これのアラーム機能などをお使いになって。」
そう言いながら、彼女はぶらぶらと揺らす様に今回の事の発端である連人の携帯電話をぶら下げてみせた。
彼女の様子を見る限りでは普段通りの様には見えることだろうが、ここ数日彼女と共に過ごしている日々を送っている連人から見れば、彼女はかなり不機嫌なのだと彼には思えた。
まぁ、彼女に気付かれない様に普段掛けている携帯電話のアラームをオフにするのことを忘れてしまい、その時間までぐっすりと寝ていてアラームが鳴り響いてそれがなんであるかを知らない愛が彼に対して怒っている状態なのだから仕方がないと言えば、仕方がなかった。
「マスター、ご説明を。」
「・・・・・・・・・説明って言われてもな。」
「では、何でしょうか?」
説明を求める彼女の質問に連人は答えることが出来なかった。
昨日買った初回限定版の十八歳未満プレイ禁止とされているパソコンゲーム、通称、エロゲーを彼女が寝ている間にプレイしてクリアしおうと考えているとは決して言えないことであった。
「・・・・・・・・・もしかして、ですが。」
彼女は一旦言葉を区切る。
「昨日買ったああいった種類のゲームですか?」
「いや、そうじゃない!そうじゃないぞ!」
「では、どのようなもので?」
「あぁ~と、それはだな。」
しまった、と己の墓穴を掘る様にしてしまったことを後悔しながら頭を掻く連人であった。
ゲームは十八歳未満プレイ禁止のゲームであるが、愛が三人組に昨日見せられた凌辱系のゲームではなく、アクション要素が多い比較的純愛モノが多いと言われているブランドのゲームなので、凌辱モノじゃないと彼女に説明したところで、「ですが、否定はなさらないのですね。」などと返されるのが目に見えている以上は、これ以上の抵抗はあまり意味は為さないと判断できる。
しかし。
しかし、だ。
意味はないと言われて、抵抗も何もしないというのは男としてどうなのだろうか。
男の子として、連人はそこだけは引き下がることはできない。
だが、反論しようにも反論しにくいこともまた事実であった。
であれば、こうなった時の取りたくは出来る限りしたくはない非常手段にでるしかないと連人は考えた。
それは。
「おっとっと。そう言えば、牛乳がなかったな。ちょっくら、コンビニ行ってくるわ。」
「えっ。」
ノートパソコンのデスクトップ画面を倒して、連人は立ち上がり、そそくさと玄関の方へと向かって行く。
そう。
非常に取りたくはない手段。
それは、戦術的撤退であった。
間違えないでもらいたいが、決して逃亡なのではない。これは戦術的撤退である。今は戦術的に抵抗したところで敗北することは明白なのである。であれば、一回、間を開けた方が良いというモノであるはずだ。
断じて、逃亡ではない。
「愛。なんか希望があれば買ってくるけど、なにかリクエストは?」
「い、いえ。私は特にはありません。」
「甘いヤツだな。了解した。」
「nein。違います、マスターっ。私はっ。」
愛の反論を聞き流しつつ、連人は玄関で靴を履くと、玄関扉に手を掛けた。
「あとはよろしく。」
彼女の反論が耳に届く前に連人は外へ出た。
「あ~、くそ。温かくはなってきたって言ってもまだ夜明けは涼しいなぁ、おい。」
何もない懐に手を入れて身体を擦りながら連人はまだ誰もいない道をただ一人歩きながらぼやいていた。
外へ出る際にいつも着る用に玄関ふちに掛けている青白い迷彩柄の上着、海上迷彩の上着を羽織って来たといってもまだ季節は春であり、夏とは言い難かった。それがたとえ、夏があと数か月もしないうちに到来するモノであったとしても。
「今何時だよ・・・・・・・・って、携帯がねぇ。」
いつも入れているポケットに携帯電話が入っていないことに連人は文句を言うが、あるはずがないものをくよくよと言っても仕方がないことだった。それに彼の携帯電話は今は彼女が持っている。
「そうだった、愛が持ってたな。・・・・・・・・・・・・どう時間潰すか。」
そのことを納得すると、今度はどう時間を潰すかと連人は考える。
しかし、彼女にコンビニに行ってくると言ってしまった以上は、コンビニに行かなくてならないだろう。そして、彼女の土産になにか甘いモノでも買って行った方が彼女の機嫌も少しは和らぐはずだ、と彼は考えた。
彼女と一緒に過ごす様になってまだ数日しか経過してはいないが、彼女がどの様な人間であるのかは連人は分かっていた。
彼女は『シュツルム・アイゼン』の制御用AIと言っていた。しかし、食というモノに彼女は興味を持っているように彼には思えた。
そう。
摂る必要がない食事というモノに、だ。
であれば、彼女の土産に買うモノなど決まったも同然である。
食について極めに極める様になってしまい、俗に変態と呼ばれてしまう様になってしまった日本人の連人には尚更なことであった。
あまり甘くはなく、しつこいほどの甘さは持たず尚且つ程よい程度の甘さの食べ物・・・・・・・・・。
駄菓子かと思われるが、駄菓子はダメだ。駄菓子の甘さは若干しつこい感じがあるし、程よい甘さとは言えない。どちらかと言えば、強烈であると言わざるを得ないだろう。
であれば、駄菓子ではないモノを買わなければいけなくなるわけではあるが、連人にはもう一つの選択肢があった。
駄菓子ではなく、それでいて甘いモノ。
そう。
スイーツである。
子供が甘いと感じるほどの甘さはスイーツにはないが、大人が甘いと感じる程度の甘さはスイーツにはある。
それに、彼女は見た目は少女だと言えるほどには熟しているように見れるが、中身は子供だと彼には判断できた。
そこまで考えて、連人は前へと進める歩を止めた。
だとすると、スイーツは下策中の下策ではないだろうか。程よい甘さのケーキ類のスイーツではなく、百円を遥かに超えることはない駄菓子を買った方が良いのではないか。いやいや、しかし、そうと言えども彼女は大人の仲間入りとなりつつある。であれば、駄菓子を彼女の土産に買って、彼女に与えるべきではないはずだ。
いや、だが、しかし。
う~ん、と連人はただ答えが出ぬまま悩んでいた。
その時、連人の脳内に電流が走り、脳内に誰かが語り掛けてきた・・・・気がした。
『スイーツじゃなくて駄菓子の方が愛は喜ぶんじゃないかって?・・・・・・・ダメだな。いいか、連人。逆に考えるんだ。スイーツでも良いんじゃないか、と。』
「そうか、そういうことかっ!!」
その声に連人は納得した。
子供だろうと大人だろうとそんなことは関係がない。
スイーツだろうが、駄菓子だろうが、甘いモノという一つの括りにおいては甘いモノなのだ。
そこに年齢などは関係はない。
そうだ。
それを忘れていた。
彼はそう思うと、スイーツを買うためにコンビニに走って行ったのだった。
「今帰ったぞ、愛。」
「ja。おかえりなさい、マスター。」
ケーキ類が入った袋をぶら下げて彼が帰ってくると愛は先程までの様子とは打って変わって和らげな表情で彼を出迎えた。
「はいよ、お前に土産だ、愛。あんまり種類はなかったけどな。」
「それは?」
「これか?皆がケーキとか呼んでる甘いモノだ。」
玄関に彼を出迎える様に来た彼女にビニール袋を手渡しつつ、彼は靴を脱いだ。
「それで、愛。今何時だ?まだ八時じゃないとは思うんだが。」
「ja。ご明察です、マスター。七時三十分といった具合です。」
「・・・・・・・・・本当か?」
「ja。今日は午後からの講義なんですよね?」
「午前の朝一からだよ、クソッ!」
間に合うのか、これ!などと喚き散らす様に連人はリビング急いで向かうと机の上に置いてある教科書類とノート類を大雑把に整理すると、今日の講義で必要となる教科書類を通学カバンの中に適当に入れた。
「ですが、マスター。『アイゼン』を使えば一っ飛びで・・・・・・。」
「行けるかよっ。今どうか分からないけど陸自がいたんだぞっ。行けても近くまでで、そこから先は歩きだよっ。」
「でしたら、強引に突破は・・・・・・・・・・・。」
「しようとしたら、撃ち落とされるわっ!」
彼女の案に彼は同意しかけたが、まだ自衛隊とは話も出来てはいない。
出来ていない以上は敵機と判断されかねない。
となると、『シュツルム・アイゼン』で向かうのは難しいと判断できる。
「でしたら、マスターっ。これは如何しましょう!?」
「あっ!?んなもん、冷蔵庫にいれとけ!」
彼女はまだ手に持っていたビニール袋をどうすればいいのかを急ぐ彼に訊いてくるが、彼は当然のことながら急いでいるわけで適切な答えを答えられるはずもなく、適当に答えると、急ぎ足で再び玄関口へと向かって行き、靴を履くとそのまま外へ出ていった。
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