第十話 闇を祓うは鉄の 10-1

闇がある。

暗く、

暗い、

暗闇が。

誰かがいるはずの部屋で、

人の気配は全くなく。

言うなれば、



そう言うべきだろうか。

誰もいないその部屋で、

誰かを待とうとする誰かはには誰もいない。

・・・・・・いや。

その部屋の玄関扉越しに誰かを待つ姿があった。

「・・・・・・・・・・・・・・、遅いですね・・・・・。」

少女は誰かを待っていた。

この部屋の主であり、

彼女にとってのとなった彼を。

一重に待たなくともいいのでは?、

そう言われるかもしれないが、

彼女は待たずにはいられなかった。

何故ならば。


は彼ので、


少女にとってはなのだから。


であれば、

後は簡単なことだ。

居場所を守るのは、

従者としては当然なことであって、

彼女が外にいるのは当然なのだから。

決して中に入る方法がないから外にいるわけではない。

たぶん。

きっと。

メイビー。

と少女がについて考えていると、

通り向こうをどこかへ向かって歩いて行く女性の姿が目に映る。

「・・・・・・・・・・・・?・・・・・・あれは・・・・・。」

見覚えがあるその姿に少女は記憶を探る。

そして、記憶を探り始めた途端に蘇るモノがある。

一つは達に対峙する姿、

一つはと共に戦う姿。

少女の記憶にはその映像しかなかったが、

逆に言えば

何故ならば、

その女性はを己の敵と見定めているのだから。

であるのなら、と。

少女は決意した様子でその女性へと向かっていく。

それを足音で悟ったのか、

女性はこちらを見ると共に、

「・・・・・・・?」

少女が誰なのかを記憶の底から掘り起こそうと首を傾げる。

だが、

少女にとってはを気にしている場合ではない。

相手が理解をするよりも前に、

確認を取らねばならないからだ。

残り数歩となったところで、

少女は足を止めて、

女性を見る。

「どうも、。・・・・・・お元気でしたか、戦乙女ワルキューレ。・・・・・・・・・いえ、とお呼びした方が良かったですか?」

「・・・・・・・・・・ほぅ?私のことをそう呼ぶとは、私が、そういうことを知っていると。?」

女性のその言葉に、

少女は頷いて続ける。

「ja。少なくとも、ですが。」

「ふむ、そうか。だがなぁ・・・・・。すまないが、私はお前が何者なのか、それが分からん。出来れば、紹介してはくれないか?」

「成る程。」

女性の言葉に、

少女は考える。

が何者か、

それを伝えるのは相手に信頼をしてもらう第一歩に必要なことだ。

何者か、それが分からない相手を信用することはできないだろう。

一人だけ、

の事情を聞かずに信用も信頼もした人物がいたわけだが。

まぁ、彼は例外だろうな、と結論付けることにして、

少女は口を開く。

は対を想定に作られた、その一本たる『シュツルム・アイゼン』。その管制用AI、で言うのであれば、『外部インターフェイス』。を持っています、手束愛、と申します。・・・・・以後、お見知りおきを。」

女性にそう言うと、

少女は、

愛は腰を折って頭を下げた。

「『シュツルム・アイゼン』・・・・・・・・・、ああ、あのか。我々が連中と戦い、連中が、それを追った、あの。」

女性の言葉に、

愛は何も言えなかった。

創られて、

戦おうとしたところで達とに来たのだ。

にいないモノにどう戦えというか、

それを目の前の女性は理解していると思うのだが、

・・・・・・・ですが。

彼女の言っていることも愛には理解できなくもない。

戦うこともせずに

そんなことをする者を責めるなと、

そう言うのはお門違いというものだろう。

そうした理由もあって、

愛は達と刃を交わすことにしたのだ。

、ではなく、

そう考えるのであれば、

恥ずかしく思う必要はない、

そう考えて愛は顔を上げた。

「ほぅ・・・・・・・・。」

顔を上げた愛の瞳を見て、

女性はどこか感心したように息を吐く。

その瞳には臆するモノは無く、

立ち向かう勇気があったからだ。

・・・・・・・・・であれば。

女性は己の考え改めようと、

そう思った。

そして、気が付く。

確か、彼女には名前はなかったはずだ、と。

そして、思う。

名前があるということは、

はつまり・・・・・・・、

・・・・・・・・を定めた、か。

嬉しく思うことでもあり、

同時に寂しくも思うことでもあった。

だが、

・・・・・・・・を己のと定めたのだ。

であれば、

・・・・・・・・手を貸すか、手を借りるか。

それしかあるまいなぁ・・・・・・、と女性は内心でため息を吐く。

名前とは何かと問われれば、

彼女はこう答える。


である、と。


己が何者で、

どういったモノなのか、

を指すのが名前というモノだ。

最初は誰にも名前はない、

名前を与えられて、

初めて己という場所が出来るのだ。

だとすれば、

だと、

そう言えるだろう、と、

女性は考える。

そう考えれば、

彼女はだと、

そう定めた、と言えるだろう。

そして、

そう考えるモノに対して、

のであれば、

・・・・・・・・手を貸すのが筋、であろうなぁ・・・・・・。

手を借りるのではなく、

手を貸す。

面倒よなぁ、と思いながら、

彼女は愛を見返す。

「して、貴様は私に何を求めるか。それを訊こうじゃないか、うん?」

と訊いた女性に対し、

愛はもう一度だけ頭を下げ、

「助力の程、ぜひお貸し頂ければ、と。お頼み申し上げます、戦乙女ワルキューレ。」

そう頼んだ。

その言葉に対して彼女は笑みで返す。

「あい分かった。」

「よ、よろしいので!?」

何も言わずに愛の言葉を聞いてそう言った女性に、

愛は思わず顔を上げて聞き返す。

その愛の態度を口元に笑みを浮かべながら、

女性は片手を振る。

「なに、気にするな。神とは違えども、私は半神たりうる戦乙女。」

であるならば、

「願い頼まれ叶えるのが、神たる者の責務。そうだろう?」

間違っているか?と言外に言う彼女に、

愛はもう一度頭を下げた。

「ありがとう、ありがとうございます。」

「ああ、気にするなと言っただろうに。ほら、頭を上げろ。私が恥ずかしいから、早く。」

「j、ja。」

目尻に溜まった涙を拭きとりながら、

愛は頭を上げた。

そこにはではなく、

がいた。

「で、ですが。様。本当によろしいので?」

「なに、先程も言った通り、お前は気にするな。」

ラーズグリーズと呼ばれた女性は愛に笑顔を向けながら、

言葉を続けた。

「私の名前はお前も知っている通り、ラーズグリーズ。」

それ即ち、

「『』。・・・・・・・が私の名前であり、私の役目だ。」

故に、

の連中、」

・・・・・・・いや、

「ロキのヤツの計画を打ち砕く。」

それが、

「それが、私の存在であり、役目なのだから。」

だから、

「だから、お前が気にする必要はないぞ、愛。」

そう言って、彼女は、

ラーズグリーズは、

愛に笑みを向けた。

そんな彼女に対し、

愛は一度だけ頷いて訊いてみることにした。

「して、本心は如何なものか、問うても?」

「いやなに。ロキの奴に一発槍を刺して倒さなば私の気が収まらないだけのことだ。奴め、逃げるついでに置き土産と言わんばかりにどもを置いていったからな。には私も含めて多くの戦乙女ワルキューレがいたから良かったものを。」

「・・・・・・・・えっと、今頃になって、なのですが。」

「うん?どうした?」

「ja。」

どうしたものかと思った愛に、

ラーズグリーズは訊いて、

それに参った様子で改めて愛は問う。

「えっと、何故に来たのか、それを御聞きしても?」

その問いに、

彼女は照れた様子で手を振って応える。

「先ほども言ったがな。アイツに槍を一発喰らわそうと思ったんだ。」

「・・・・・・・・・ならば何故ここに居らっしゃるので?」

「・・・・・・・・・・・・・・笑うなよ。」

「ja。善処します。」

善処すると言った愛に、

彼女は怪しむように目を細めて、

続けた。

「・・・・・・・少し、な。」

「少し・・・・・・・・?」

「・・・・・・・腹が減ったんだ。」

腹が減ったという彼女の言葉に、

愛は納得した様に頷いた。

戦乙女ワルキューレとは神ではない、

神の力を宿した半神と呼ばれる存在だ。

神でもなく、

人でもない存在、

が戦乙女というモノである。

人でないのであるのなら食事の必要はない、

そう思うかもしれないが、

こうも考えられるのだ。


、と。


人ではないが神でもない、

中途半端な存在、

それが戦乙女ワルキューレ

と呼ばれるモノなのである。

だが、

だが、悲しいかな。

そうした希望を打ち砕く事実が、

にはあった。

それは、

「あの、大変申し上げにくいのですが・・・・・・・・。」

「うん?どうした?」

「私は部屋に入るカギを持っていません。」

「カギ・・・・・・・?」

愛の言葉を聞いて、なんだそれは?と疑問する彼女に、

愛は続けた。

「私も貴女様と同じく中に入れない身ということです・・・・・っ。」

「おい、ちょっと待て。ということは何か?何か食べることが、」

「ja。」

愛の言葉を理解した様子で言う彼女に対して、

愛は言葉を続けることにする。

「できないと、そういうことです・・・・・・・っ。」

「なん・・・・・・・・っ、だと・・・・・・・・・・っ。」

愛の言葉にラーズグリーズは今度こそ両膝を地に着いて、

嘆いた。


彼はまだ帰ってこない、

そんな朝の出来事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

疾風鋼鉄シュツルム・アイゼン 田中井康夫 @brade

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ