落第鑑定魔術師は運命の言の葉を読む
宮本熊三
第1話 彼の鑑定は……
「はぁ……」
溜息と共に振り返れば堅く閉ざされた魔術学院の門が見え、今出てきたばかりであるのに未練がましくも名残惜しさが心に募る。初春の空気はやや冷たく、路地の澄んだ空気はそれを助長させるかのようだ。
手の中にはひらひらと目の前に踊る一枚の紙切れ。春休みを終えてあと一週間で新学期も始まろうかという時に、教務課から呼び出されたシュンディリィが受け取った通告書。内容は何のことはない。
「『生徒シュンディリィ 自主退学により前期までをもってドンキオッカ魔術学院鑑定魔術科の学籍を削除する』か」
自主退学とは言うけれど、これは実際のところ放校。つまりは落第だ。その理由は。
「そりゃ前期後期と鑑定魔術試験0点じゃ鑑定科に居られはしないよな……」
シュンディリィは試験課題で出されたアイテム鑑定で全くと言っていいほど何も調べることができなかったのだ。アイテムの名前も、性能数値も、効果すらもわからなかった。それでは試験で評価を得られるわけがない。
では何故わからなかった? 鑑定魔術が使えないのか?
それは違う。シュンディリィにはたしかに鑑定魔術のスキルがある。
『
魔術を唱えれば効果が発動する。シュンディリィの目にうっすらと光が宿る。網膜を覆うようにして展開したこの光を通し、鑑定したい物に焦点を合わせればその物の内実が詳らかにされた言葉が脳裏に浮かぶはずである。『世界の記録』にアクセスし情報を引き出す魔術。それが『
シュンディリィが鑑定したのは通告書。ただの紙切れだ。もし彼の魔術が正常に発動しているのならば、この紙についてのデータ……たとえば簡単なものでは紙の大きさや厚さであるとか、誰によって書かれた文字であるのかなどがわかるはずである。さらに高位の術者になれば紙やインクの組成はもちろん書いた者の詳細なプロフィールまで引き出すことも可能だろう。
数時間前まではただの学生であったシュンディリィの魔術ではそこまでは無理だとしても、紙片のサイズくらいはわかるはずだった。だが――
『運命をここに記す。大きな自由と小さな不自由、小さな自由と大きな不自由。どちらかに転ぶかは少年次第』
シュンディリィの脳裏に浮かんだ言葉は紙片のサイズでも通告書の筆者でもない。この詩文めいたわずかな一文だけだった。
「はあ、やっぱりか……」
わずかに嘆息して魔法を解除し、肩を落とす。わかってはいたことだが改めて突きつけられると落ち込んでしまう事実だ。
シュンディリィは鑑定魔術が使えないわけではない。たしかに魔術は発動するのだが、読み取れる情報は一般的な鑑定魔術で読み取れる数値のデータなどではなく、何かわけのわからない文章だけなのだ。
ただこれはまったくのいいかげんなデタラメの文章ではない。詩文の中の『運命』とは学院を退学することになったことだろう。行く末を失ってどうしたもんかと悩む今の自分は『自由』といえば自由であり。『少年』とはもちろん14歳の男、シュンディリィのことだろう。
シュンディリィの鑑定はたしかに何かを読み取っている。普通とは違う情報を彼に与えてくれる。だがそれは……
「何の役に立つってんだか」
一般に鑑定魔術師に求められるのはたとえば武器の性能であるとか、魔法薬の効能であるとか――あるいは人間の
『シュンディリィ君。君がこれまでの一年間真面目に授業を受けてきたのは私も承知しているのでこんなことは言いたくないのだが――詩作がやりたいのなら他の学科へ行きたまえ。ここは鑑定魔術の教室だ!』
最後に聞いた鑑定魔術科の教授の言葉が今でも耳に残る。全く反論のしようもなく、正直言ってぐうの音も出ない言葉だ。
シュンディリィとてこれはおかしいと必死になって鑑定魔術のことを学び、練習に練習に重ねたのだがそれでもこのシュンディリィの鑑定が改善されることはついになかった。むしろ最初は単に比喩めいた言葉一語程度しか読み取れなかったのが(今回の通告書であれば『運命』の一語くらいだっただろうか?)今ではちょっとした散文程度のものにレベルアップしてしまったくらいだ。
これでは努力以前の問題。シュンディリィの鑑定魔術の才能が全く奇妙に捻じ曲がっているとしか言えない。放校されるのもやむなし、というところだろう。
「どうしたもんかなあ……」
トボトボと路地を歩きながら思い悩む。
故郷に帰ったところでもう住んでいた家も、そして家族も無い。他界した両親の残してくれたわずかな資産も大半は魔術学院の学費に費やした。
授業だけは真面目に受けてきたことへのせめてもの恩情としてシュンディリィの自主退学という形にしてくれたから、半分以下ではあるが学費も返還してくれた。おかげで今すぐ食うに困るというわけではないがもちろん遊んで暮らせるほどではない。
「とにかく何か仕事を探さないといけないか!」
いつかは立派な鑑定士になって自分の店を持つ! ……と、そう夢見てきたがその夢は一年足らずで完全に破れてしまった。だがクヨクヨしてもいられない。
「とりあえず市場のほうにでも行ってみるかな」
仕事を探すのであれば人の多く居るところ。それがセオリーというものだろう。
グっと顔を上げ、シュンディリィは市場の方向へ足を向けた。
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