第13話 ダンジョンと鑑定魔術師

 手続きも済んだあと、


「俺は少し情報を集めてくる」


 そう言ってジルグドはギルド・ガードの詰め所の中に入っていった。なんでもギルド・ガードの中には顔なじみが何人かいるらしく、ダンジョン内部の現状について話を聞いてくるらしい。

 ギルド・ガードといえば精鋭中の精鋭の兵士で、対モンスターよりも対人戦闘に特化した技術を持つことで恐れられている。ギルド・ガードになることも難しく、単純な実力はもちろんのこと、複雑なギルドの業務に関わる都合上政治や経済についての知見も求められるなど、その審問は非常に厳しい。

 そんな人間と知己であるというのだから、やはりジルグドは優れた戦士なのであろう。


「そういえばこの前リュヒュミが――」

「えーっ、じゃあ結局あのお店に行って――」


 ジルグドを待つ間、フュリアタはアエカと雑談に花を咲かせており、自然とシュンディリィは手持ち無沙汰になってしまった。


(案外広いんだな……)


 キョロキョロと建物の内部を興味深げに見渡してみる。ジルグドの入っていった詰め所やアエカの居る受付カウンターの他には、手洗いや簡単な売店など様々な施設があった。

 しかしその中でもやはりシュンディリィが興味を持ったのは鑑定魔術師の工房であった。

 建物の一角、木の板の間仕切りを挟んで作られたスペースに鑑定魔術師の工房はある。工房といっても、鑑定品を並べるための机と精密な鑑定をするための触媒を置いた棚、そして資料などを納めた書類ケースがある程度の簡単なものだ。


 スペースの中には魔術師が一人、禿頭の老魔術師がやや暇そうに待機している。ギルドの鑑定魔術師といえばギルド・ガードほども高い能力は求められないが、ギルド紙幣の換金や宝物の査定などの作業を取り仕切るため身元のしっかりとした人物が求められる。

 そのためか、工房にいる魔術師もどこか人の良さそうな顔つきをした老人だった。


「きみ、鑑定魔術に興味があるのかね?」

「えっ」


 老魔術師にいきなり話しかけられ、シュンディリィはわずかに驚く。声をかけてきた魔術師はシュンディリィのほうをまったく見ていなかったからだ。

 だがこれには理由がある。鑑定魔術で人間を鑑定してはならない都合上、熟達した鑑定魔術師ほど他人のほうを見ないクセがついてしまうのだ。老魔術師はシュンディリィのほうをまったく見ないでいながら、彼のほうに気を配っていたというわけだ。


「――おや、君も鑑定魔術師かな?」


 振り向いたシュンディリィの様子から老魔術師はそう推量してみせた。


「わ、わかりますか?」


 熟達した魔術師から同類と認められたのがわずかに心嬉しく、そう問い返す。

 老人はニッコリと笑う。


「もちろん。君はいきなり声をかけられ振り向いたというのに私の顔を見なかったからね。とっさの動きにそういうクセが出るのはよく訓練された鑑定魔術師だけさ」


 それは魔術学院の鑑定魔術科で最初に叩き込まれる初歩の初歩の技術だ。落第してしまったとはいえ、一年間鑑定魔術を学んできたシュンディリィの身体にはその動きがしみついている。

 そのことを指摘され、やはりシュンディリィの心は躍る。道は途切れかけているとはいえ、自分がまだまだ鑑定魔術師であることが示されたのだから。

 だが、


「――というのが半分だね。本当はさっき君たちとアエカちゃんの話し声が聞こえていてね? 君の素性を聞いていたんだ」


 いたずらっぽく笑って老魔術師は種明かしする。


「……そうですか」


 肩透かしを食らってガックリとシュンディリィは肩を落とす。やはりまだまだ半人前以下ということか……。

 少年の落胆にハハハと老魔術師は笑い、「ならここで勉強していくといい」と工房へと招き入れてくれた。

 わずかに老魔術師を恨めしく思いながらも、鑑定魔術師を志す少年としての興味が勝ちシュンディリィは工房へと足を踏み入れた。


「ふむ、これなど面白いのでは無いかな?」


 机に向かう老魔術師は一本のナイフを取り出して見せた。鞘に緻密な金細工に無数の宝石があしらわれた豪奢なナイフで、実用品というよりは美術品の類であろう。金の表面はややくすんでおり、相当な年代モノであることがわかった。


「これはこのフリークフォドール霊廟の4層目から出たモノでね。王族に近い地位の貴人の棺に納められていたものだ。死後、邪悪なものからその魂を守るための武器として副葬されたのだろうね」


 差し出されたナイフを、シュンディリィは手に取った。華美な装飾の施されたナイフはズシリと重量感がある。


「……これを?」

「ああ、『見て』みるといい」


 鑑定魔術師が同業者に「見ろ」と言ったなら、とりもなおさずそれは「鑑定魔術を使ってみろ」という意味だ。シュンディリィはうなずき、魔術を発動させる。

 瞳に魔術の光を浮かべ、ナイフを検分したシュンディリィは眉をひそめた。


「……これ、もしかして偽物ですか?」


 シュンディリィの問いに鑑定魔術師は笑みを深める。


「正解だ」


 ナイフを鑑定して読み込めた詩文は簡潔だった。『安息を約束するのは偽りの剣か。だがこれを握り、眠る者はそれを知ることはないだろう。』というナイフが偽物であることを示すもの。シュンディリィの目には歴史を感じさせる華美な装飾の施されたナイフにしか見えないが、彼の鑑定が嘘をつくということだけはない。


「パっと見た限りではとても偽物だとは思えないんですが……」


 手に持つ金の重さも、光を反射する宝石の輝きも見る限りでは本物らしい。よほど精巧なイミテーションであるのだろうか。

 鑑定結果と自分の認識の噛み合わなさにシュンディリィは首をかしげるばかりだ。


「なるほど。そこまではわからないかな? ――うん、そうだね。その金の装飾や宝石は本物なんだよ」

「えっ? どういうことですか?」


 イタズラめいた魔術師の言葉にシュンディリィは問い返す。


「本物の副葬品はこっちのほうなのさ」


 そう言って魔術師が取り出したのは豪奢なナイフとは打って変わって地味な見た目の、飾り気の無いナイフだ。鞘は無垢の鉄に近い金属なのか、全体に錆が浮いてしまっている。とてもではないがこちらが本物の副葬品には見えない。まして先のナイフの装飾の貴金属がイミテーションではないというのならなおさらだ。

 だがその疑念は一瞬で晴れることとなる。


「気をつけて『』てみるんだよ……」

「――うッ!?」


 鑑定の光を錆びた鞘から抜き放たれた刀身に当てた瞬間、シュンディリィは目を押さえて後ずさった!


「こ、これは……」


 魔術によって鑑定した物品の内実を探るという行為は、鏡に光をかざして反射を得るという行為に感覚的に近いものがある。通常の武器や道具であれば問題ないが、強い力を持った存在に魔術の光を当ててしまうとその反射は強大なモノとなり、刺激の強いフィードバックが魔術師を襲う。

 これは完全に力量の問題だ。卓越した鑑定魔術師ならそのフィードバックにも耐えることができるが、シュンディリィのようにまだ未熟な魔術師には刺激がかなり強すぎた。一瞬だけだが魔術の光を当て読み解けた詩文も、


『邪を斬斬斬斬キキキキ斬斬斬斬キキキキ斬斬斬斬キキキキ斬斬斬斬キキキキ


 というとてもまともではない文章。なんとなく意味は推測できるが、無論正確ではない。


「な、なんなんですかこれ!」


 目を押さえてシュンディリィは悲鳴をあげた。

 目に感じる痛みを例えるならば、柑橘類の汁が思い切り目の中に入ったぐらいだろうか。外傷があるわけでもないので後遺症などがあるわけではないが、それでもかなり痛い!


「これは先程の黄金のナイフが出た場所よりも浅い階層で見つかったものでね。持っていたのはやや身分が低い人間の遺体だった。おそらく先のナイフと刀身のみをすり替えて埋葬したんだろうね」


「なんだってそんなことを……」

「さて、それは当の古代人に聞いてみないことにはわからないが。埋葬を行う際に死者を見送る人間が、見た目はみすぼらしくても『本物』の魔除けを持たせたかったのかもしれないね」


「魔除けをすりかえられた方の死者は災難ですね」

「まったくだ」


 そういって魔術師は苦笑する。


「……ダンジョン内の宝ってこういうことがよくあるんですか?」


 いまだ痛む目に涙をにじませながら、シュンディリィはおそるおそる問うてみた。

 問われた魔術師も、我が意を得たりという顔でうなずいた。


「よくある話だとも。一口に『古代にダンジョンが作られた』と言っても、ある日突然完全な形で出来たわけでもない。古代人たちが長い年月や手間をかけて形作っていったんだ。その過程ではこういう取り違いも多くあったことだろうね。意図してか、そうでないかに関わらず」


 だから、と言葉を続ける。


「ダンジョンにたずさわる鑑定魔術師の先達として君に教示しておこう。ダンジョン内ではうかつに鑑定の魔術を使わないようにするんだよ。内部では何処に何があるかわかったもんじゃない。不意にとんでもないものを鑑定しまったら、目が痛いなんて話じゃ済まないこともある。鑑定の魔術をキーにして発動する呪いの類なんかも山ほど確認されている。十分に気をつけるんだ」

「わ、わかりました」


 含むような言い方の魔術師に、シュンディリィは背筋を伸ばして答えた。

 今から自分が赴くのはダンジョンの中。冒険者などではなく鑑定魔術師としても、街での常識は通用しないということを今さながらに実感する。


(気を引き締めないとな……)


 面持ちを硬くする彼に、老魔術師は満足げにうなずいた。


「わかってくれればこちらも安心だ。……まあ、『市場』のあたりに行くまでにはそうそう危険な物品は存在しないだろう。あとはダンジョン内のモンスターにさえ気をつければ――」


 言いかけたその時、


「なにぃッ!?」


 ギルド・ガードの詰め所のほうからすっとんきょうな叫び声が響く! 声の主はジルグドだ!


「ドラゴンが出ただと!?」


 ギルドの建物全体に響くかのようなその大声に、

「……」

 老魔術師とシュンディリィは顔を見合わせた。


「どうやら一筋縄ではいかんようだぞ、君」

「そうみたいですね……」


 にわかに前途に立ちこめてきた暗雲に、シュンディリィはハァと息を吐いた。

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