第12話 ギルド
……冒険者の実情を知らない多くの人間が誤解していることの一つとして『ダンジョン内で発見された財宝は、それを発見した者が所有権を得る』というものがある。
「まあ、そンな美味い話があるわけないよな。それなら世の中今頃冒険者だらけになっている」
ジルグドは苦笑する。
「ダンジョンがあって、冒険者がいて、お宝がある。――それだけで済むほど世間様は単純じゃねえってこった。もう一ひねり……いや二ひねりか、三ひねりくらいは回りくどくなっているのが世の常ってもんだ」
「では少し整理しておきましょうか」
フュリアタはシュンディリィに向き直り、にっこり笑う。
話は少し前に遡り、アグザウェ商会の一行がフリークフォドール霊廟に向かう前日の夜のこととなる。
迷宮行商人としての初仕事を前に、シュンディリィはダンジョンに関する最低限の知識をレクチャーされることとなったのだ。
「ダンジョン内で発見された文物・財宝などの所有権は、基本的にそのダンジョンが所在する場所を治めているもの……つまり『国』や『都市』という自治体が有するものだという認識が通常ですね。フリークフォドール霊廟の場合ならば、このドンキオッカ市が所有権を持っているということになりますか」
そのあたりのことならばまだ常識の範疇だ。シュンディリィも一般教養として魔術学院でそれを学んでいた。
「冒険者はその財宝をダンジョンから見つけ出し、運び出すのが仕事なんですね」
「だな。いくら法の上では所有権があるって言ったって、モノが手元に無けりゃ結局は無いのと同じことさ。財宝を取ってくるやつがいなけりゃ話にニャんねえ」
そうですね、とフュリアタは頬に手を当てる。
「そう言っちゃうと冒険者がなんだかただのお使いみたいになっちゃいますが……。実際に財宝を持って帰られれば、危険に見合うだけの対価は得られますし。そもそも財宝を手に入れられても、適正な価格で売ってお金に替えられなければ意味はありません。なので国や都市という権利者が正当な報酬で財宝を引き取るシステムは冒険者にとってもメリットがあるといえますね」
「もちろん中にはそういうシステムを嫌って誰にも支配されてない地の、未見ダンジョンの財宝を狙う気合の入ったヤツラもいる。『真の冒険者』ってのは本当はそういうやつらのことなんだろうがな。
……まあ
ともあれだ、とジルグドは言葉を続ける。
「法だなんだと手続きは少々ややこしいが、実際にやってることは素人が想像していることと大差はない。冒険者はダンジョンの中で暴れてお宝持って帰ってくるだけのことだ。
――なにせ『ややこしいこと』を請け負って代わりにやってる連中がいるからな」
ジルグドは口角を吊り上げ、仕事上その『ややこしいこと』に関わることとなる二人の若者……シュンディリィとフュリアタに皮肉げな笑いを向けた。
「『ギルド」。つまりはそいつらがおまえさんらの仕事相手の一つってわけだ」
●
迷宮開発公社。俗に言う『ギルド』は公社を名乗っているが、その運営の資本(お金だ)は国が全てを賄っているわけではない。多くの場合は富裕大商人や大貴族、つまり資本家と呼ばれるものたちが資本を出し合っている。
その割合は地域によってまちまちであるが、ドンキオッカ市の場合市議会がダンジョンの開発にはさほど乗り気ではないため、資本の大半はドンキオッカ市の大商人が提供している。
といってもドンキオッカの市議会議員の大半は根本的に大商人の強い影響下にある人物であるため、実質的には同じことなのであるが……。
「先に受付を済ませてしまいましょう」
そう言ったフュリアタに続き、シュンディリィたちはフリークフォドール霊廟の前に建てられたギルドの事務所の中に入る。
森の中ということもあり建物は簡易な造りになっているが、中の設備はしっかりとしたものになっている。
冒険者をはじめとしたダンジョン内に入る人間の登録を受けつける事務カウンター。ダンジョン内部から持ち出した財宝を鑑定するための鑑定魔術師の工房。ダンジョン内から溢れるかもしれない魔獣や、犯罪者から周囲を警護するギルド専属の守衛兵士――ギルド・ガードの詰め所などがあった。
「あっ! フュリアタさん!」
建物の奥、事務カウンターのほうからフュリアタを呼ぶ声が響く。呼ばれたフュリアタはそちらを見やり、パっと顔を明るく輝かせた。
「アエカさん!」
手を振りながら駆け寄ったフュリアタを迎えたのは、アエカと呼ばれた一人の少女だった。
年齢はフュリアタと同じくらいだろうか。目に鮮やかな明るい緋色の髪(ある種の魔術の素養の強い人間によく出る特徴だ)を頭の上で束ね、小柄ながら活動的な印象を見せるはつらつとした女性だ。
「今日はここの出張所でお仕事だったんですね」
「はい! 係の人がお休みだったもので、臨時の手伝いなんです!」
ハキハキとした歯切れのいい言葉遣いで彼女は答える。その勢いにやや呆気にとられていたシュンディリィに気づき、フュリアタは向き直って彼女を紹介する。
「シュンディリィ君、こちらはアエカ・エグゼグザグソンさん。私のお友達で、ギルドの職員さんなんです」
紹介されたアエカは太陽のような笑みを浮かべ、元気よく頭を下げた。
「はじめまして! アエカ・エグゼグザグゼクゾンです!」
「……今、自分の名前間違えてませんでした?」
「気のせいです! ちゃんとアエカ・エグザグゾグゼクサンって言いました!」
「いや、間違えてる間違えてる。名札と違う名前言ってる」
彼女の制服に縫いとめられた名札にはきっちりとフュリアタが紹介したとおり『アエカ・エグゼグザグソン』と書かれている。
「……このアホの相手はするだけ無駄だぞ小僧」
フュリアタの足元に降り、騒動から隠れるようにしていたジルグドが呆れたような声で言った。
「ジルグドもアエカさんとは知り合いなの?」
「ああ。こいつとフュリアタとは幼馴染でな。フュリアタと同じくガキの時分から見てきたが、こいつは頭の中身が昔と変わりやしねえ」
ぼやくようなジルグドを、上から覗き込むようにしてアエカは抗議の声をあげる。
「そんなことないですー! 私だって日々成長してますー! ねっ、フュリアタさん!」
「え? え、ええと……」
話をふられたフュリアタは困ったようにシュンディリィを見た。その視線だけでシュンディリィは何かを察し、
「そ、そうだフュリアタさん! 先に受付をしないといけないんじゃないですか?」
「そうですね! 忘れていました! アエカさん、私たちこれから霊廟の中に入るので、受付をお願いします」
助け舟を出したシュンディリィにフュリアタも即座に応じる。
そのフュリアタの様子から、このアエカという女性はけして悪い人間ではないのだろうが、いささか――『天然』。なのだろう。友人であるフュリアタでも扱いに困るほどに。
「あっ、受付ですか? わかりました! すぐ書類を用意しますね!」
請われたアエカは自分の問いなどすぐに忘れた様子で、パタパタと足音を立てながらカウンターの奥へと引っ込んだ。ゴソゴソと棚をあさり、何かの書類を重ね集める。
「っていうかフュリアタさん今日はお仕事なんですねー」
と、今さらのことを口にしながらカウンターに戻ったアエカは、「ダンジョン入場申請書」と書かれた書類を差し出した。
「こんなところに遊びに来るもんかい……」
どっと疲れた様子で、げんなりとした表情のジルグドはぼやく。
しかしアエカは気にした風もなく、ニコニコと笑いながら友人――フュリアタの初仕事のための作業を始める。
「じゃあこれに記入をお願いします」
ペンを渡されたフュリアタは、すらすらと淀みない動きで書類を進めていく。まず最初に「アグザウェ商会」の名を書き、次に責任者として自身の名「フュリアタ・アグザウェ」を、同行者に「ジルグド」と「シュンディリィ」の名を書き込んだ。
書類を覗き込んでいたアエカはシュンディリィの名を見て頷いた。
「ほうほう、君の名前はシュンディリィ君ですか。ほうほう――あっ、そういえば君は誰ですか!? フュリアタさんとはどういう関係で!?」
今さらすぎる問いにガクリとよろめきながらも、シュンディリィはアグザウェ商会に身を寄せた経緯をかいつまんで説明した。
「なるほど。魔術学院の元・学生さんで、今は仕入れ担当の鑑定魔術師の見習いさんとして働いてるんですね。そうですねー、鑑定師さんがいるのはいいですよね。フュリアタさん、仕入れは超ダメダメですもんね!」
「……!」
ぐにゃ、とフュリアタのペン先の動きが歪む。自分で自覚していても、突かれて痛い所は痛い所。悪気も無く、忌憚もない言葉にぐうの音も出ない。
天然ボケと仕入れ下手。欠点もちなのは友人としてお互い様というところだろう。
「できました!」
気恥ずかしさからわずかに頬を赤く染めながら、やや憮然とした態度で書類を差し出す。
「はーい、確認しますね」
書類に不備がないかを精読し、アエカは受付担当者として記入すべき事項を書き加えていく。
「うん。書類は問題ないですね。――換金はどうします?」
「あっ、お願いします」
(換金?)
アエカの言葉にシュンディリィは首をかしげる。仕入れの担当としてアグザウェ商会の財布を預かることもあるが、財布の中身に何か問題があるのだろうか。財布は今はフュリアタが持っているが、中に入っているドンキオッカ市で流通する硬貨の枚数はそれなりにあるはずだ。
じゃあ持ってきますね、と再びカウンターの奥へと向かうアエカを見送ってシュンディリィはフュリアタにたずねた。
「換金って釣り銭の準備か何かですか?」
「それもあるんですけれど……」
答えながらフュリアタは自分の鞄から財布を取り出す。財布を持ち上げればじゃらりとした硬貨の音が鳴った。フュリアタはカウンターの上に置かれたコイン受けの皿の上に、財布の中の硬貨の大半を並べる。
同じくしてアエカは金属製の手持ち金庫を持ってきてカウンターの上に置く。鍵束から鍵を取り出し、金庫を開ければその中に入っていたのは……。
「紙の……お金?」
「そう、『ギルド紙幣』です」
現れたのは丁寧に束ねられ封をされた紙の束。表面には印刷された緻密で複雑な文様や絵柄と、そして数字が書かれている。つまりは紙幣だ。
ドンキオッカ市とその周辺の町や村では多くの場合、
対して紙幣はその材質に変わりはなく、単に描かれた文様と数字によって価値が変わるだけの代物である。当然、紙切れそのものには大した価値は無く、その価値を保証するのは発行者……つまりギルドだ。
「紙幣って初めて見ました……」
目を丸くし、まじまじと紙幣を見入る。薄いものの丈夫で破れにくい素材の紙であるが、その見た目いかにも価値があると感じられる金貨に比べればやや頼りない印象を受ける。
「他の国や街では紙幣の制度を取り入れている所もあると聞きますが、ドンキオッカ市ではまだまだですね。議会では何度か議題にあがってはいるそうなんですけど、いまのところ普及する見込みはないそうです」
「紙の金は保管や持ち運びニャ便利なんだろうが、商業の街であるドンキオッカは他の国とも商取引が少なくねえ。多少不便でも金貨のほうが取引しやすいんだろう。まして
だが、今から入るダンジョンの中では紙幣を用いて取引を行うという。
「フュリアタさんたち迷宮行商人さんや、冒険者さんたちにギルド紙幣を使ってもらう理由はいろいろあるんですがー……」
ギルド職員らしくアエカがその理由を説明しようとするが。
「そのー……いろいろあってー……いろいろあるんですよね! ねっ、フュリアタさん!」
「えっ」
フュリアタに説明を丸投げた。
説明を任されたフュリアタは「もう、アエカさんは……」と嘆息し、言葉を続ける。
「まず紙幣が金貨に比べて持ち運びしやすいというのが理由の一つですね。同じ額であっても金貨ではかさばりますし、重量もあります。私たち迷宮行商人は『格納』があるのでそれほどではありませんが、冒険者たちにとってはけっこう重要な問題です」
ずしりと肩にのしかかる荷物の重さを感じて、シュンディリィはなるほどと納得する。ただでさえダンジョンの中を進むのに必要な物資が多いのに、この上金貨まで持って周るのは邪魔すぎるということだろう。
「あとは防犯ってところだな」
つけたすようにジルグドが足元から声を出す。
「ギルド紙幣は基本的にダンジョンの中でしか使えねえ。街に持ち込んでも換金することも買い物に使うこともできん。ダンジョン内での取引にしか役に立たないから盗人やら
「……ダンジョン内にはやっぱり居るんですか? そういう犯罪者が」
あらためて聞くと空恐ろしいものがある。やや心配になってアエカに問う。
「そうですねー……。ダンジョンの出入り口は全て私たちギルドが押さえていて、出入りする人のチェックは行っているんですけど、上手く身分を偽ってダンジョンの中に入って悪いことをする人はやっぱりいますよー。あとはこっそり横穴を掘ってそこから出入りしたり、転移の魔術を使って中に入る人もいてなかなか完全な防犯は難しいですねー」
ギルド職員としても忸怩たる思いがあるのか、アエカは眉を寄せて申し訳なさそうな顔をする。
「正規の冒険者だなんだっつっても結局やってることは盗掘屋と変わりやしねえんだ。ワキの甘いヤツがいりゃあ、出来心でちょいと性根を悪くすることもあるだろうさ」
犯罪を行うつもりでなくても、防犯意識の低い者がいれば悪い気を起こさせることもあるということか。シュンディリィはことさら他人を疑う気質でもないが、かといってこの世の人間全てが善人だなどと思うほど子どもでもない。
自分のため、そして他人のためにも防犯はしっかりしないといけない。……とシュンディリィは納得した。
神妙な面持ちでうなずくシュンディリィに、フュリアタは微笑む。
「紙幣の流通量は厳密に管理されていますし、換金した記録はしっかり残っていますから。盗難や紛失があっても申請すればギルドからちゃんと返金されます。なのであまり心配しなくても大丈夫ですよ」
「ヤレ管理が甘いだのヤレ狂言紛失だのと、ああだこうだと難癖つけてほとんど返ってくることは
意地悪くそう付け足すジルグドに、アエカは「そんなことないですー!」と抗議する。一応のセーフティはあるのだろうが、やはり管理は自分でしっかりとということなのだろう。
見てみますか? とフュリアタに手渡され、まじまじと紙幣を眺める。たしかに金貨に比べれば圧倒的に軽く、管理も容易なのだろう。
ううん、とシュンディリィは唸る。
「……でもやっぱり紙のお金っていうのはなんか頼りないですね。偽造とかされることはないんですか?」
そう思い素直に聞いてみるが、この問いにはむしろフュリアタとジルグドのほうが顔を見合わせて意外そうにする。何を言っているんだ? という風情だ。
「アホかい、おまえさんは」
肩をすくめ、呆れたようにジルグドは言う。フュリアタはクスクスと笑った。
「シュンディリィくん、あなたの職業はなんですか?」
そう問い返され、
「なに、って僕は鑑定魔術師の見習いで――あっ」
合点がいく。
「ギルドにもちゃんと専属の鑑定魔術師がいます。紙幣の真贋は換金のたびに彼らが鑑定してくれているんですよ」
「あー……そっか、そりゃそうですね」
よりにもよって、見習いとはいえ鑑定魔術師の自分が鑑定魔術の存在を失念しているとはマヌケにもほどがある。顔を赤くしてシュンディリィはうつむいた。
「シュンディリィ君も変わった子なんですねー」
アハハと笑うアエカにそう言われ、返す言葉もないシュンディリィは
(僕も人のことは言えないや……)
心中でそう独りごちた。
商人のなのに仕入れの苦手なフュリアタや、天然ボケのアエカをとてもじゃないが笑えやしない。シュンディリィは肩をがっくり落としてそう反省するのであった。
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