第3話 ポーションを見極める

「『鑑定アプレイザル』!」


 シュンディリィの唱える呪文の声に、パっと店主と客の女性は振り向く。

 女性の美しい蒼い瞳とわずかに目が合う。それはほんの一瞬のこと、呪文を唱えた以上目を合わせ続ければ彼女のことを『鑑定』してしまうため即座に視線を外す。だがそれでも、


(おっし! やる気湧いた!)


 男なら助け舟を出すには十分に見返りのあるキレイさだ。


「なんだい兄ちゃんアンタ――鑑定魔術師か」


 店主は即座にそれを見破った。呪文を唱えたこともあるが、シュンディリィの目に宿る魔術の光を抜け目なく見つけたからだ。場慣れした商売人であれば必須のスキルだ。

 シュンディリィは『鑑定』をしてしまわぬようやはり店主にも焦点を合わせぬようあらぬ方向を見つめる。


「店主のおっさん、あんたの大声が聞こえてね。おっさんもこのお姉さんも困ってるみたいだからさ、よければ手を貸そうと思ってさ」


「兄ちゃんが俺の薬を『鑑定』しようってのかい?」


「ああ。そっちのお姉さんがよければ、だけどさ」


 そう言って再びチラリとわずかに彼女に視線を向ける。女性は驚いたような顔でこちらを見ていた。


「どうする? 邪魔だって言うなら退散するけれど」


 そう問うてみる。

 女性は視線を宙に彷徨わせて、口を開きかけて言葉を探す。突如現れた少年に頼っていいものかどうか迷っているのだろう。数秒の間選ぶのを迷っていたポーションを見て、目を合わせようとしないシュンディリィのほうを見て。意を決したように言葉をつむいだ。


「――お願い、できますか?」


 その瞳と同じように美しく、囁くような小声であっても良く徹る澄んだ声だ。

 耳をくすぐる心地よい感覚に笑いながら、彼女の小声に相対するように快活に返事をする。


「ああ、任された! ――おっさんもいいよな?」


「まあ……もうとっと決めてくれるんなら俺も文句はねえよ」


 ちらちらと食堂街のほうなど見ながら店主も了承する。正午はすでに回りかけ、昼飯にしたいと言っていた言葉に嘘は無いのだろう。


「じゃあさっそく。選ぶのはその――3つのポーションの中から1つでいいのか」


 彼女の前に並ぶのは全く同じ外見のポーションが3つ。店主の態度からどれもが同じということはないだろう。おそらく差異があることは間違いない。後はその中からもっとも良いものを選び取れるかどうかだ。


(落ち着けよ俺……。俺の『鑑定』では数値を調べることは不可能なんだ……。だがそれでも3つの中から選ぶだけならばあの詩文からでも出来るはずだ)


 シュンディリィの鑑定で見ることができるあの詩文。あれは正確なデータを示すものではないが、まったくのデタラメが浮かぶものではない。詩文の意味を読み解ければ『良いもの』を探すことくらいははできる。そう考えたのだ。

『鑑定』の光。シュンディリィの瞳に宿る魔術の光を並ぶポーションに向け、焦点を合わせる。すると――『言葉』が脳裏に走った!


「っ……!」


 3つのアイテムをも同時に鑑定すれば、魔術のフィードバックも多少は脳に響く。軽い頭痛を振り切るようにして頭を押さえる。集中力は途切れ鑑定の魔術はその効果を終了する。シュンディリィの瞳から魔術の光は消え去った。


(だけど、読めた!)


 シュンディリィの『鑑定』は、たしかに3つのポーションからあのいつものような文章を読み取った。そしてその内容を鑑みて、シュンディリィは決定する。


「この3つの中で一番いいポーションは――はこれだ」


 並んだポーションのうち、一番の右のものを選び手に取る。外観は他の2つと全く変わらないが、シュンディリィの『鑑定』はこれが最も良いものだと教えてくれた。

 シュンディリィの手の中のポーションを見て、店主の男は目を細める。


「……なるほどよりによってそいつを選んだか。――おい、姉ちゃんあんたもこれでいいのかい? いいんなら金を払ってもらうぜ」


「……」


 問われ、女性はまたわずかに戸惑う素振りを見せる。

 鑑定で選んだモノは先払い。それもこの手の商売のルールだ。わざわざ鑑定をしておきながら後からやっぱり間違っていた別のモノが良かった、などと言いがかりをつけられることを防ぐためだ。購入する者は鑑定魔術師を信じて決定しなければならない。


「見ず知らずの通りすがりの兄ちゃんの言う事なんだ、信用できないからやっぱり自分で選ぶっつうんなら――いやまあ、また長々と悩まれても困るんだが――とにかくまあそれでもいいんだぜ?」


 それも已む無いといえば已む無い行為だ。回復のポーションは広く普及した薬剤ではあるが、けして安価な代物でもない。何の責任も無い他人の判断は信用できないと言われても仕方ない。


 だが彼女の答えは違った。


「……いえ、この彼を信じてみます」


 ふ、と彼女はシュンディリィに微笑み――どこか自嘲するかのような浅い笑みではあったが、それでもシュンディリィには眩しく見えた――財布を取り出した。


「どの道、私一人では決めきれなかったことですから。そのポーションを買わせていただきます」


 彼女は財布から金貨を幾枚か取り出し、店主に手渡す。

 店主は金貨の枚数を数え「たしかに頂戴したぜ」と懐へしまう。そして並べていたポーション類を片付け始めた。先ほど言っていたとおり、昼食に行くからだろう。片付けをしながら店主は言う。


「そのポーションだけどな。それ作ったのは実は俺じゃないんだよ」


「え?」


「それを作ったのは俺の師匠にあたる人で半月ほど前に長患いしてた病気で逝っちまったんだが――ってポーション売りが病気でくたばったんじゃ世話ねえよなあ」


 懐かしむように笑いながら店主は言葉を続ける。


「昔気質の頑固な職人肌の爺さんでな、毎度毎度口すっぱくして『いいか魔法薬調合師マギケミカルマイスターってのはポーションを使う人のことを考えて作らなきゃいけねえ。売れりゃなんでもいんだとかいっていいかげんなモン作っちゃいけねえぞ』なあんて五月蝿くてよ」


 シュンディリィは手の中のポーションを見た。


(そうかそれでこのポーションはあんな詩文を――)


「病気も悪いってのにいいかげん仕事やめろっつっても聞きやしねえ。結局そのポーションを調合して瓶詰めの作業が終わった後にそのままポックリってわけよ。――形見に取っておこうかとも思ったんだが、どうせなら売って誰かに使ってもらったほうが本人も喜ぶかと思ってよ。そんで店に並べてたわけなんだが、作り主に似たのかねえ? しぶといのなんのって結局半月売れ残ってたわけよ」


 だからまあ、と片付けた荷物を背負いながら。


「ありがとうよ兄ちゃん、そいつを選んでくれて。――姉ちゃんも、そいつをヨソで売るのか自分で使うのかは詮索しねえが、せめて大事に扱ってくれや」


「……はい」


 女性はシュンディリィからポーションを受け取り、それを大事そうに抱えてうなずいた。

 シュンディリィは先ほどの鑑定結果を思い出す。選ばなかった2つのポーションからはたいした言葉は見つからなかった。ありきたりなポーションをあらわすありきたりな言葉。だけどこのポーションは少しだけ違った。


『老練なる調合師の治癒の祈り――願わくばこの小瓶を呷る者に安居楽業ならんことを』


 最後にこのポーションを作ったという、今はもうこの世にはいない魔法薬調合師。この薬に込められた祈りはただひたすらに薬を使うもののことを想ったものだ。それをシュンディリィの『鑑定』は読み取った。

 シュンディリィは顔も知らない老人のことを心に想う。本来であれば何の縁もない人物であるのに、その心が『鑑定』を通じ鮮烈な印象で自分の心に触れた気がしたのだ。


(こんなのは初めてだ……)


 これほどの『想い』が込められた代物を鑑定したのは、思えばこれが初めてだったのかもしれない。何か少しだけ、シュンディリィが持つこの奇妙な『鑑定』のことがわかったかもしれない。


(ひょっとしてこの『鑑定』はこうやって心を通じて良い物を探すための――)


「まあそうは言ってもそのポーションが3つの中じゃ一番効果は薄いんだけどな!」


(――もので……えっ?)


 深い感慨の境地だったのが、店主の言葉に一気に引き戻される。

 驚いたのはシュンディリィだけでなく、ポーションを買った女性もである。女性は目を丸くして店主に問う。


「ど、どういうことですか? このポーションは店主さんのお師匠様が最後に遺したものなんですよね?」


「ああ、そうさ。さっきも言った通り、そのポーションは俺のお師匠様が最後の最後にそれはもう懇切丁寧に心を篭めて作ったものに間違いないぜ」


 得意満面に店主はうなずく。その口の端には――やや人の悪い笑みが浮かんでいた。

 店主の言葉にはシュンディリィももちろん黙ってはいられない。3つの中でこのポーションの効果が一番薄いといわれてもにわかには信じられない。それほどまでに『鑑定』が伝えた調合師の心は切実だった。


「それなら効果は一番いいはずなんじゃないのか? なんでこれが一番効果が薄いんだよ!」

 シュンディリィの言葉に店主はニヤリと笑い。

「あのなあ兄ちゃん。魔法薬調合の技術ってのは日々進歩し続けてるもんなんだぜ? 業界のいろんなやつが常日頃からより良い材料や新しい技術を模索してるもんさ。それはもちろん俺だって同じこと。師匠の理念やら技術やらが今の俺より上だったのはたしかだが、単純に薬の効果だけで言えば今の最新のレシピ使ってる俺のほうが上に決まってるだろ?」


「な、なるほど……いや、そうか? そういうんもんなのか!?」


「そういうもんさ。半月前、ちょうど師匠が逝っちまったすぐ後に薬草の成分の抽出法で新しいのが発表されてな。その技術を使えば効能は2割増しって代物だ。当然俺だってすぐにそれを導入したね。兄ちゃんが選ばなかった2つはそれを使った新製品ってわけだ」


「に、2割増し……」


 シュンディリィは絶句するしかない。普通の魔術師の『鑑定』であれば2割増しもの効果などすぐにわかったかもしれないが、シュンディリィの『鑑定』では……そんな数字のことなどわからない!


「兄ちゃん本当に鑑定魔術師か? 見たとこ魔術の発動はちゃんとできてるみたいだが、それなのになんでわざわざそっちを選んだのかねえ……」


 そう言い残し、店主は荷物を抱えて食堂街のほうへと去っていった。


「ええと……どうしましょう?」


 ポーションを抱えたまま呆気にとられたままの女性に問われるが。


「……」


 シュンディリィはがっくりと項垂れるより他なかった。


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