第4話 フュリアタ・アグザウェ
「申し訳ない!」
ぐっと思い切りもよく、身体を折りたたむのかというぐらいの勢いでシュンディリィは頭を下げた。
勢いの理由は申し訳ないという気持ちが半分と、顔から火が出るほどに恥ずかしくとてもじゃないが顔向けできないという気持ちが半分だ。得意げに鑑定を買って出ておいて、いざ取引してみれば一番効果の薄いポーションをつかまされるというあの始末。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「……顔を上げてください」
女性の落ち着いた声が聞こえたが、シュンディリィはなかなか顔をあげることができなかった。
魔術学院から落第したばかりだというのに何を考えて自分はあんなことをしてしまったのだろうか? 恥をかいただけじゃない、彼女にまで損害を与えてしまった。自分はなんという大馬鹿者だ。
ぐるぐると自問と自責の念が頭の中で回り続ける。だがこのままずっと頭を下げてもいられない。
おそるおそる顔を上げれば――彼女はどこか困ったような、だけど柔らかな顔で微笑んでいた。
「本当に、怒ってはいませんから」
買い取ったポーションをまだ大事に抱えたまま、彼女は凛として言う。
「経緯はどうであれ貴方に鑑定をお願いすると決めた以上、その結果は全て私の責任。これでも私は商人のはしくれです。商人の道理は、守ります」
それに、と言葉を続ける。
「私は優柔不断で、品を選ぶのがとても苦手なんです。あのまま一人で選んでいたら、日が暮れるまでかかっているところでした。なので貴方がポーションを選んでくれてとても助かりました」
「日が暮れるまでってそんな……」
「いえ……本当にかかるんです。昨日も別の店に朝一で行ったのですが、買い物が終わった時にはもう午後を過ぎてしまっていました」
「ええー……」
シュンディリィは唖然とする。その話が本当ならとんでもない優柔不断だ。
「他のことや、自分の買い物でならそれほど迷わないのですが、商品の仕入れをするときだけはどうしても駄目なんです……。何がいいのかさっぱりわからなくなって……」
「どんだけ苦手なんですか……」
呆れるしかないシュンディリィに、女性はうう、と頭を抱える。
「ホント、駄目ですよね……。せっかく
「ああ、やっぱり迷宮行商人だったんですか」
およそアタリをつけていたとおり、彼女の職は迷宮行商人であった。町で商品を仕入れ、ダンジョンの奥に運びそこで物資を他の探索者に売る商売だ。
「はい――ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね、私はフュリアタ・アグザウェ。アグザウェ商会という店を営んでいます……商会と言っても私一人の店なのですが」
そう名乗り、彼女――フュリアタは身につけている色あせたエプロンの柄を見せる。フュリアタの歳の割には年季の入ったエプロンで、おそらくは彼女の父か母が使っていたものだろう。そのエプロンの柄には天秤を模した図案が入っている。天秤は商人が好んでつけるマークだ。
「僕はシュンディリィ。魔術学院の鑑定魔術師の見習い……だったんだけど」
言い出すのは正直言ってバツが悪い。だが失敗してしまった以上黙っていることもできない。
「その、試験で落第してしまって今はもう学生じゃないんだ……。だからその、本当に申し訳ない。フュリアタさんを騙すようなことをしてしまって……」
「まあ」
今度はフュリアタが驚く番だった。それはそうだろう。偉そうに鑑定を買って出ておきながら当の本人は落第鑑定魔術師だというのだから驚くのも無理はない。
これではフュリアタがどんなに温厚な女性でも、怒り、軽蔑されても仕方ない。シュンディリィはそう考えた。だが――
「じゃあ貴方――シュンディリィ君も苦手なことを仕事にしようとしていたんですか。私と同じですね」
クスリと笑うのみだった。
その笑みにどんな意味があったのか、それをシュンディリィが知るのはもう少し後のことである。
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