第20話 魔狩人

 食事を終え、しばらく経った。シュンディリィは食器を片付け、フュリアタは店を再開する準備をし始めていた。するとジルグドが、


「!」


 ピクリとヒゲを動かし、顔を上げて遠くを睨んだ。眉間……猫の額にシワを寄せる。

 ただならぬ彼の様子に気づいたフュリアタが声をかけた。


「? どうしたんですか?」

「いや……どうやら『お得意様』のお出でのようだぜ」


 言葉とともに彼が見やる方向から、市場の中を進む一団が見えた。複数の男女、みな体格のいい者ばかりだ。


「あれは……」

魔狩人ハンターだ」


 魔狩人は冒険者の一区分だ。主にギルドの依頼でダンジョンやその周辺に出向き、ダンジョン探索や周辺での商売を妨げる要因となるものの排除……モンスター討伐、そして犯罪者の捕縛を請け負っている。

 探索者ディグアウターと明確な区分があるわけでもないが、その主目的が戦闘であるため必然と『武闘派』なものが多くなる。本人の戦闘技術もさることながら、装備もダンジョン内での滞在ではなく戦闘を優先したものを選んでいる。モンスターに合わせた武器の数々はもちろんのこと、頑強な防具や高い魔術防御効果を持つ護符タリスマン、それに罠や火薬まで持ち込んでいるものまでいる。


 しかしそうなれば当然、持ち込める生活物資は限られてしまうこととなり……ダンジョン内での商店を利用する頻度が高くなる。つまりはフュリアタたち迷宮行商人にとっては格好の商売相手となるわけだ。

 魔狩人たちは市場を物色しながら通りを進んでくる。ダンジョンに入ったばかりの今はまだ物資が必要というわけではないだろうが、良い店が無いか目星をつけているというところだろう。

 商人たちもそれがわかっているのかまだ積極的に売り込みをかけることもないが、あとで贔屓にしてもらおうと愛想よく笑みを返していた。


「ん? ありゃあ……」


 市場を進む魔狩人の一人を見て、ジルグドは目を細めた。


「オイ! サルダット!」


 大声で男の名前を呼ぶと、一人の魔狩人の男が振り向いてこちらを見た。一瞬怪訝そうな眼差しを向けるが、すぐに誰が自分を呼んだのか気づいた。

 あ! と口を開けて驚いた魔狩人――サルダットと呼ばれた男は小走りに駆け寄ってきた。


「じ、ジルグドさん…!」


 サルダットは30絡みの細面の男。装備は一般的な、人体の急所部分を重点的に防御した鉄の軽鎧を身にまとい、いかにも冒険者という風体をしている。。ただ武器は今までチラホラと見ていた探索者とは違い、身の丈ほどの長さの大長剣と変わっている。柄頭に重量制御か、あるいは筋力増加と思われる補助魔術を仕込んだこしらえが施されている。大型のモンスターを攻撃するための武器、つまり竜狩りのためのものだ。


「ジルグドの知り合いの人?」


 シュンディリィが問うと、ああ、とジルグドはうなずく。


「駆け出しの頃に面倒みてやったやつさ」


 そこはやはり猫戦士、なにかにつけて顔の利く相手が多いということなのだろう。実際ジルグドはドンキオッカの街では数少ない猫戦士として有名である。人々の尊敬を受けるのが猫戦士という種族であれば、彼が面倒を見たという人も少なくないのだろう。

 駆け寄ってきた男を頭からつま先まで眺め、呆れたようにジルグドは言う。


「今日はまたえらい物々しい格好じゃねえか。探索者から魔狩人に鞍替えか?」

「いやあ、今度2人目が産まれるもので……女房に尻を叩かれてやってきたんスよ」


 そういうサルダットの指には結婚指輪がはまっている。どうやら普段は探索者らしいが、今日は家族のために魔狩人としてダンジョンにやってきたということらしい。


「ふうむ。たしかに、竜に手配がかかったのなんざ久しぶりだからな。そういうやつも居るか」


 ドラゴンの討伐賞金は野盗や一般的なモンスターにかけられるそれとは大きく異なり破格である。討伐に成功すればそれなりに名が知られ渡ることになり、次の仕事にもつながりやすい。冒険者であれば挑戦したくなる魅力があるだろう。討伐そのものができなくても、討伐につながる情報を提供したりあるいは有効なダメージを与えるなどすればそれだけでも協力金が出る。やらない手は無い、というわけだ。


「……でも危なくないんですか? 他のモンスターならともかくドラゴンを狙うなんて」


 話を聞いてシュンディリィは心配げに声をかける。

 サルダットは見る限り家族思いの人の良さそうな男だ。金が必要というのもわかるが、それで怪我をしたり、あるいは命を落とすようなことがあれば元も子も無い。

 ダンジョン関わる以上危険はつきもの……それは迷宮行商人であるフュリアタたちも同じこと。いくらジルグドが守りについてくれているといっても危険はゼロではない。まして魔狩人ともなれば危険はその比ではない。


「いやあ、心配してくれて嬉しいね」


 少年の心配に照れくさそうにサルダットは頭をかく。ジルグドはそれを見てフと笑い、シュンディリィに向き直る。


「さて竜狩りか……」


 うむ、と頷き。


「――そいつは素人が思うより簡単で、玄人が思うより難儀なもんだな」


 と、不思議なことを言った。

 彼の言葉の意味を計りかねて、シュンディリィは首をかしげる。

 モンスター、それもドラゴンとの戦闘のことなど何もわからないのシュンディリィにとってはいかにも困難そうな戦いであると思うが、ジルグドはそれを考えるよりもずっと簡単だという。そして同時に戦闘の玄人プロであろうジルグドやサルダットにとっては難しいことだとも。これはなんとも矛盾しているようにも思うのだが。


「素人が思うより簡単って……逆じゃないの?」

「いんや、あってるのさ。こいつがな」


 苦笑しながらジルグドは首を振る。サルダットも同様だ。


「ドラゴンてのはまあ……お前が想像する通りたしかに。身体はでけえし、鱗はかてえし、炎は吐くし、半端な魔術も通さねえ」


 だが、それだけだ。


「古代から生きてるような上位竜はともかく、こんなダンジョンに召喚されるような下位竜アンダードラゴンは、結局ただの『そういう獣』ってだけなのさ。身体がデカけりゃ隙はある。鱗が硬けりゃ柔いところを狙え。炎を吐けば息を切らす。効かないのなら魔術は使うな。……いくらでも対処法はあるのさ」


 素人が思うよりずっと簡単とはそういうことなのだろう。竜というものを過剰に評価し、恐れていれば竜を狩ることはできない。


「で、そうタカをくくって舐めてかかる玄人ほどアッサリやられてドラゴンの腹の中ってことが少なくないわけだ」


 だろ? と横目で意地の悪い視線を向けられたサルダットは頭をかく。


「気をつけますよ」


 そのやりとりを見てふと気になり、シュンディリィはジルグドに問うた。


「ジルグドもドラゴンを狩れる自信はあるの?」


 ジルグドは油断も隙も無い凄腕の猫戦士。ならばもし竜が相手でも対抗できるのだろうか?

 問われたジルグドはアクビまじりに、気負うことなく答える。


「ドラゴンなんぞ、なんてこたねえよ。――それなりの装備がありゃあだが」


 彼の傍らに携えた銀の剣。魔術の力で形を変えるその剣は小さな猫の体のジルグドが扱うには便利な代物だが、攻撃力が十分であるとは言い難い。


「魔狼の首斬りやら、とっちめた盗賊の面の皮剥ぐやらぐらいならこの剣でも十分だが、竜鱗けってのはさすがにしんどいな」


 竜を相手にするには彼であっても相応の武器が必要ということだろう。サルダットが大剣を背負っているように、大型で堅固な武器を持てば十分戦えるのだろうが。

 そもそも、とジルグドはつけたす。


「ドラゴンの相手なんざしち面倒くせえこと誰がやるもんかい。そういうのはこいつら(尻尾でサルダットの頭を指す)の仕事さ。俺の仕事はフュリアタの護衛、それだけだ。ドラゴンが出たらこの女の首根っこ掴んで一目散に逃げるぞ俺は」


 ぶっきらぼうな言い方ではあるが、それが彼なりのプロ意識だ。あくまでも最優先するのはフュリアタのこと。自分の武功や金銭など二の次三の次、己がやると決めたことは何があっても完遂する。それゆえに猫戦士は幾多の戦場において称賛と憧れの的となるのだ。


「ま、とにかく気つけろい。ガキが腹空かして待ってんだろ、こんなとこでいらん怪我するのもバカバカしいぜ」


 あと必要なもんあんならウチで買え。他所で買うな。と付け足し、一方的にそう言い含めた。

 よほど過去にジルグドに助けられたのか、言われっぱなしのサルダットは引きつった愛想笑いで応じるのみだ。


「そうさせてもらいますよ。――あ、そう言えば」


 返事の後、何かを思い出したかのようにサルダットは向き直る。


「今回の竜の討伐手配のことなんですけど、やたら手配が早かったのは以前にもフリークフォドール霊廟に竜が出たことがあるからだ……ってのは聞いたことがありますか?」

「ほう……?」


 サルダットの問いに、ジルグドは片眉を釣り上げる。


「フュリアタ、おまえそんな話聞いたことあるか?」

「さぁ……昔、父さんたちがそんなことを話していたような覚えもありますが。その頃は父さんたちは別のダンジョンで主に仕事をしていたはずですから、私も詳しくは……」


 問われたフュリアタも困り顔で首を振る。


「なんでも第2層の手前あたりで召喚されたらしいんですが、その時探索権を持っていた商人の対応が悪かったらしく、探索者にも多くの被害が出てしまったそうで。それがけっこうな問題になったらしいんですよ」


 竜の討伐賞金ともなれば安くはない。まだ探索され始めたばかりでろくに利益も上げられていないダンジョンであれば、探索権を買った資本家もそこに予算を割くのを渋るのはありえない話ではないだろう。

 だがそこにかかっているのは冒険者たちの命だ。被害が広がり続ければ他のダンジョンの探索も含めたギルド全体の業務に支障が出る。当然、資本家に対して改善の要求は出されるはずだが……なにせ商人の力が強いのがこのドンキオッカだ。なかなか簡単に事態は解決しなかったであろうことは想像できる。


 いずれにしてもあまり気分のいい話ではない。

 シュンディリィはモヤモヤとした感情に顔を歪める。少し前に自分たちが通ってきたダンジョン内で、そんな凄惨な事件が起きたというのは気味が悪く……そして犠牲になった冒険者たちを思うとやりきれない。


「そのドラゴンは結局どうなったんですか……?」

「うん。揉めに揉めたあとに、ようやく討伐賞金がかけられたらしいんだけど。結局討伐される前に召喚魔術の効果が切れてそのままドラゴンは送還、その後2層の召喚魔術の仕組みが無効化されて二度とドラゴンは出なかった……ってさ」


「なんだそりゃ! さんざんやられっぱなしで討伐すらできなかったってのか? それじゃ竜に食われたやつらが浮かばれねえだろ!」


 資本家よりも冒険者の側に対する心情が強いジルグドも憤慨する。

 自分には無関係の話であるのに猫戦士にすごい剣幕で迫られてはサルダットもたまらない。まあまあ、と彼をなだめながら話を続ける。


「さすがに他の大商人からも批判が強かったようで、期限切れを待たずにその資本家はフリークフォドール霊廟の探索権を返上する羽目になったみたいですよ。周囲から相当しぼられたみたいで、けっこう大きな商会だったのが今じゃ見る影もないって話ですよ」


 商人の力が強いのがドンキオッカ市。だがそれは必ずしも商人自身にプラスになるとは限らない。一度でも弱みを見せてしまえば後ろからバッサリだ。その容赦の無さは商人同士であればこそより苛烈になる場合が多い。


「ったく、商人の世界ってのもえげつねえもんだなぁ……」


 呆れたような、そしてどこか空恐ろしいものを感じているような口調でジルグドは言う。剣を振るい直接相手と戦う世界で生きる彼にとっては、商人たちの戦いというのは理解し難いものなのかもしれない。

 話を聞いて何か思い至ったのか、フュリアタは口を開く。


「あ……じゃあその没落した商人のあとにフリークフォドール霊廟の探索権を買った商人って……」

「今もこのダンジョンの権利を持ってるミジェーロ商会だね。商会長自ら批判の急先鋒に立って攻撃したっていうんだから恐ろしい話だよ」


 ダンジョンに入る前に出会った女性大商人、ムンラーナ・ミジェーロ。彼女が以前にこのダンジョン探索権を持っていた商人を蹴落とし、権利を手にした。そして今このダンジョンの攻略は大きく進み、ダンジョンの中も外も関係する人間たちのやり取りで大きく発展している。これも彼女の細やかで迅速な手腕あってのことだ。そして彼女自身もそのリターン、莫大な利益を受けていることだろう。

 探索権を手にし発展させたその手際の鮮やかさはさすがであり、フュリアタが大いに憧れ尊敬する女性であるのもうなずける。


「しかしまあ抜け目ニャいというかなんというか……死人が出たような事件まで儲けにつなげちまうとは、やっぱりおそろしいオバハンだぜ」


 今度こそ恐れ入った、という風情でジルグドは肩をすくめた。


「――、……」


 ジルグドの言葉にフュリアタも黙り込む。何か言いたげな空気を一瞬見せたが、ジルグドの言葉に反論できることは何も無かったのだろう。

 利益をつかむための大商人の非情さ、というのはそれほどのものだ。ミジェーロはまだフュリアタたち中小の商人にも商売のチャンスを与えているのだから優しいほうと言えるかも知れない。

 しかし恐ろしい黒衣たちを従え、ダンジョン攻略の行方を差配していた彼女が放っていた気迫のようなもの。戦士でもなければ商人でもないシュンディリィにもまじまじと感じられたそれは伊達ではなかった。


 だけれど、


「……本当にそうなのかな?」


 シュンディリィはポツリとつぶやいた。ダンジョンに入る直前、


『そうですか。ならお気をつけなさい』


 簡素な言葉ではあったが自分を気遣ってくれたあの言葉。あれはただのとってつけた愛想のようなものだったのだろうか?


(……それは違う気がする)


 あの言葉の裏には何か『心』があった。それが何かはわからない。だが詩文を詠むという胡乱な鑑定魔術を使うシュンディリィであればこそ気付ける、本来はけして表に出るはずのない『何か』があった。そう思えてならない。

 その、なんてことのない予感は、言い知れずに湧き上がる気持ちをシュンディリィの中に芽生えさせる。


 ――僕はそれを見つけなくちゃならない。 


 そう心がざわめいて仕方がなかった。それこそが、自分の特異な力が成すべき使命であるかのように。

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