第10話 準備完了!
倉庫の中に大きく広げられたのは一枚の薄布。中心に描かれているのは魔法陣だ。
フュリアタは魔法陣の上に商品を並べ、そっと呟くように唱えた。
「――『
魔力の流れを得た魔法陣が淡く白い光で輝けば、魔法陣の上に並んだ商品たちはゆっくりと光の中に沈んでいく。やがて全ての商品が光の中に消えると、魔法陣もまたその光を消していった。
「これで準備完了です」
うん、と頷いたフュリアタは、魔法陣の描かれた薄布を折りたたんでストールのように肩にかけた。
「おまえはこういうのだけは上手いんだよなぁ」
褒めているんだかそうでないのだかわからない口調で、ジルグドは感心した。
「私だってこれくらいはちゃんとできます!」
フュリアタも彼女にしては珍しく、どこか子供っぽく口を尖らせ拗ねたようにする。普段の仕入れなどでは恥をかくことが多い彼女であるから、ここでぐらいはいいところを見せたかったのであろう。
「でもホントにすごいですね、これが『格納』の魔術ですか……ちゃんと見るのは僕も初めてです」
鑑定魔術師が『
大量の物品を魔法陣の中に納め、自由に持ち運びできるようにする魔術、それが『
だがこの魔術も誰にでも使えるものというわけではなく、相応の勉強と訓練が必要となってくる。伝説的なある大商人はただ一人で市場一つ分の商品を一度に運び、巨額の富を得たという。それには遠く及ばないにしても、フュリアタは両手を広げたよりも少し大きな布に魔法陣を描いてみせた。これは一朝一夕になしえることではない。
(フュリアタさん、すごく練習したんだろうな)
その苦労を思うと素直に感心せざるをえない。
魔術の訓練に近道は無い。フュリアタの若さでこれができるということは毎日休むことなく訓練を重ねてきたということだろう。
シュンディリィも己の鑑定魔術の特異さに悩み、一時期は闇雲に訓練に打ち込んだことがあるからその辛さは想像することができた。
「ふん……。まったく、人間の魔術ってのは面倒くさいもんだな」
ジルグドはつまらなさげに鼻を鳴らした。生まれ付いての精強な魔法の戦士である
『格納』の魔術にしてもおよそ実用的といえるのはフュリアタほど訓練を積んでからであり、それ以下であるならば普通に鞄でも背負ったほうがまだマシなのだ(でなければこの世から鞄は無くなっている)。
さらに言えば『格納』の魔術には欠点もいくつかあるのだが……。
「じゃあ水や食糧、道具類は僕が持ちますね――っと!」
勢いをつけて、シュンディリィは背中に大きな鞄を背負い込む。ただでさえ丈夫で分厚い革製の鞄であるのに、そこに飲み水の入った瓶などが加われば魔術師少年の華奢な肩には文字通り荷が重い。
「お? ズシリと来てんな? しかしガッツの見せ所だぜ、気張れよ小僧」
はやしたてるようにジルグドは笑う。
護衛として自由に動かなければならないジルグドは基本的には荷物を持たない。必然的に商品以外の荷物を持つのはシュンディリィの役目となった。
「大丈夫ですかシュンディリィくん? 無理そうなら私がなんとか半分持っても……」
「なんのこれしき! 一日分くらいなら……なんとも、無いです!」
シュンディリィが背負っているのはダンジョンの中の『市場』にたどり着くまでに必要な物資だ。二人と一匹分の水と食糧、その一日分だ。
何故これをフュリアタの『格納』の魔術の中に収めないのかというと、その理由は簡単だ。
「『格納』は、収めた物を個別には取り出せないってのがまた面倒だな」
ジルグドの言葉の通りだ。
『格納』は訓練すれば大量の物品を一度にしまうことができるが、それを取り出すには魔術を完全に解除しなければならない。もし歩いている途中に少し水を飲もうと思っても、いちいち魔法陣を広げて解除の儀式を行わなければならなくなるというわけだ。
これではさすがに非効率がすぎるため、当座に必要な物資の類は魔法陣に収めないのが基本となる。
冒険者たちがあまりこの『格納』を用いないのもこれが理由だ。訓練をせねば大容量の格納は使えず、大容量の格納を使えばかえって取り回しが悪くなる。おまけに魔力の消費量も上がってしまい、冒険の片手間に使う魔術とするには負担が大きい。
そのため冒険者たちは自分で持つ荷物は最低限とし、足りない分や消費した分はダンジョン内で調達――つまり
「装備のほうはどうだ?」
「ちょっと大きいけど……問題ないかな」
ジルグドの問いにシュンディリィは軽く腕を振って答えた。身に付けた年代物の革鎧(フリュアタと揃いのモノだ)はややサイズが大きかったが、動きの邪魔になる様子は無い。
身じろぎすれば鎧の下に着込んだ鎖かたびらがじゃらりと音を鳴らす。細い鎖で編んだ鎖かたびらであるが、その重量も少しばかり負担となっている。この鎖かたびら、シュンディリィはいらないと言ったのだが、フュリアタがどうしてもと言ってつけさせたものである。
「従業員を守るのも商会の長の務めです。だからどうか、シュンディリィ君の装備は万全に」
そう真摯に訴えられれば断れるものではない。守りが過多だなとジルグドも呆れていたが、彼女の気持ちを推し量ったのかそれを止めようとはしなかった。
(フュリアタさん、僕のことを心配してくれてるのかな?)
危険のあふれるダンジョンに、ただの鑑定魔術師であるシュンディリィを伴っていかなければならないことに、彼女としては思う所があるのだろう。
それはシュンディリィ嬉しい気持ちと情けない気持ちを与えてくる。彼女が自分を心配してくれていることは嬉しいのだが、同時に彼女のみずくささや自身の頼りなさを実感するようで、なんともいえない気持ちになる。
(ちゃんとやってみせるしかないよな……!)
そう決心し、今度は腰につけたナイフの重みを確かめる。こちらも年代モノの大振りの戦闘ナイフで、フュリアタのものとは違い刃が厚くやや重い。鋭さではなく重量で相手を斬るためのものだ。多少切れ味が落ちても鈍器のように使えるし、
鞘は木製。無垢材で作られていたが年月を経てあめ色に光っている。
鞘とそれに納められたナイフの
『ただの紙紐を命綱だといえば笑うだろうか? だがこれはたしかに人を守る命綱だ』
ドンキオッカ市内において武器の携帯は基本的には禁止されている。冒険者や武器商人、あるいは迷宮行商人など武器を持ち運ばねばならない人間はこうして武器に封印をしておかねばならない。
未封印の武器、あるいは封印が破られた状態の武器を市内で携帯していた場合厳しい罰則が与えられることとなっている。
市内の治安を守るため武器は排除しておきたいが、しかし冒険者が立ち寄ることで栄える街としてそれはできない。そんなジレンマが呼んだ苦肉の策であるが、それでも一定の効果はあげている。
「俺の剣に封印はいいのかって?
ジルグドはそう
理由としては
戦士の中の戦士とも呼ばれる猫戦士であれば、武器を持っていたとしても無体なことはしないだろうと人々に信じられている。そして猫戦士たちもその信頼に応えるべく清廉潔白であらんとしている。
「ジルグドを見ていると、とてもそうは思えませんけどね…」
とフュリアタは苦笑していたが。シュンディリィがアグザウェ商会に間借りして数日、最初こそ剣呑な出会いであったがともに暮らすうちに彼の猫となり……
信頼のおける人物(猫だが)だということもわかっている。
少なくとも危険なダンジョンの中で背中を預けるには十分な実力と人柄(猫だが)であることは間違いない。
「忘れ物は……ありませんね」
フュリアタは指折り数えながら準備したものを確認する。
『格納』の魔術の魔法陣に収めた商品。
ダンジョン内を進むための物資。
敵から身を守るための防具。
いざとなれば戦う時のための武器。
そしてフュリアタ、シュンディリィ、ジルグド――アグザウェ商会のメンバー。
全ての準備は整った!
「それでは――出発しましょう!」
目指すはダンジョン、フリークフォドール霊廟。フュリアタとシュンディリィ、新米
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