第29話 竜殺しの剣と朽ち果てた剣

 竜の前でにわかに始まった即興の店は、すぐに賑わい見せた。フュリアタに手伝い、接客に加わったシュンディリィだったが。


「シュンディリィくんはまだ本調子じゃないでしょう? 休んでいてください」


 とフュリアタは彼を座らせた。実際のところまだ竜との戦いのダメージが完全には癒えていないため彼女の言葉はありがたかった。そのかわりに店番に駆り出されたのはジルグドの知人の魔狩人、サルダットだ。


「サルダットさん、そちらのロープを切ってくれますか? 端から5つめの赤い印のところで切ってくれればちょうどいい長さになりますから」

「はいはい。任せてちょうだいな」


 サルダットは他の魔狩人と違い、奥の階層に探索に行くつもりはないそうだ。それは彼の本業が魔狩人ではなく探索者ディグアウターであるのと、


「家に帰ったら道具は置いてありますからね。余計なものを買い足したらカミさんに怒られちゃうんですよ」


 と、家計の事情であるらしい。ある程度の稼ぎは確保できたのだから、家に帰ってから出直すほうがいいというわけだ。

 その代わりと言ってはなんだが、彼がまだ動けないジルグドに代わって帰りの護衛として雇われてくれることとなった。危険も少ないダンジョンのさらに帰りの片道分であるため(おまけにジルグドの知り合いだ)護衛料こそ安くなってしまうが、手ぶらで帰るよりはマシだろうというフュリアタの計らいだ。


「ちょうどいいや、おまえ店番も手伝っていけ」


 ……と、ジルグドに仕事を押し付けられたのはサルダットの災難だっただろう。

 そして仕事を押し付けた当のジルグドといえば――


「うーむ……やはり駄目そうだニャ


 心なしか肩を落とした調子で歩いてきたジルグドはシュンディリィの隣に座り込んだ。


「剣、見つからなかった?」

「ああ。わかっちゃいたがこうも瓦礫だらけだとな」


 ジルグドは剣を探しに出歩いていた。魔力で自在に形を変える彼の愛用の剣は竜との戦いの最中で手放してしまい、行方はわからなくなっていた。ジルグドはそれを探しに出たのだが、見つけることはできなかったようだ。

 シュンディリィも周囲の瓦礫を見渡し、気落ちした声で言う。


「ごめん、竜にやられたとき僕がちゃんと剣を握っていられればよかったんだけど……」


 剣を取り落としたのは、ジルグドの渾身の突撃が不運にも失敗し、その隙をついて竜に体当たりをされたときだ。その時シュンディリィは為す術もなく竜に弾き飛ばされただけだった。 

 ジルグドは苦笑する。


「しょうがねえさ、気にすんなよ。あんときゃ防御と受け身が最優先だったんだ。五体満足で命があっただけでも御の字だ。この上武器まで手に持ってりゃ――なんてのはちっと贅沢がすぎるってもんだぜ?」


 とはいえ、


「ダンジョンで丸腰ってのはどうも落ち着かんな、なんとか探しておきたかったんだが……うまくはいかんもんだ」


 竜との戦いの痕跡をたどれば剣を取り落としたおおよその位置は把握できるが、その正確な場所まではわからない。まして周囲に瓦礫が散乱したこの状況だ。剣一本探すのは容易ではない。

 サルダットが護衛についてくれるため危険はないだろうが、負傷しているとはいえ護衛が役目の猫戦士であるジルグドにとっては、武器を持たない状況というのはそれなりにストレスのかかることのようだ。


「あの剣は大事な剣なの?」

「あれか? ――んや、そりゃ安物ってわけでもないが別に替えの効かないもんじゃねえよ。欲しいなら似たようなのをまた買えばいいだけの話さ」


 それは命を預ける愛用の剣であるわりにはドライな言い分だった。


「道具を大事にするってのと大事に思うってのはまた別の話さ。俺も戦士の端くれとしちゃ剣の手入れを欠かすつもりはニャいが、どうしようもない状況で失くしたとありゃ後悔もねえよ。どこまでいっても道具は道具。いつかは無くなるもんに心を縛られるのは馬鹿馬鹿しいぜ。――そういうのはおまえら人間種族の領分だろ?」


 意識の違いは種族の違い。純粋な戦闘種族である彼らは人間と違って武器に心をとらわれない。少しでも長持ちするようには「大切にする」ことはあっても、捨てるべきときに捨てることをなんら心に病むことはない。

 しかし、


「……ま、そういう意味じゃ俺の剣よりもシュンディリィおまえの剣のほうが大事かもな。ありゃフュリアタの親父の形見だった」


 それは猫戦士が人間の心情への共感を持たない、という意味ではない。人間が道具を「大切に思う」ことをおもんぱかる心はジルグドにもある。

 ダンジョンに入る際シュンディリィが持っていた剣。竜に対してのフェイントの一撃に使われたあの剣は、フュリアタの父でありジルグドの友であるディンランディ・アグザウェが残した形見だった。


 その剣も行方はわからない。瓦礫に埋もれたストリート、商店の残骸はそのうち取り除かれるだろうが、そこから古い剣の一本を掘り出すのは難しいだろう。他の瓦礫とともに処分されてしまうことになる。

 遺失物としてギルドに届けを出せば回収される可能性はゼロではないが、特に値打ち物というわけでもない剣などまず返ってこないだろう。


 いずれにせよジルグドとシュンディリィ、二人の剣は失われてしまった。フュリアタも母の形見の剣を持っているが、これもそれほどアテになる武器ではない。

 ジルグドは沈みかけた空気を吹き飛ばすように「ふう」と息を一つつき、立ち上がる。


「しょうがねえ! こうなりゃその辺で棒キレ一本でも拾っていくかね。そんなもんでも無いよかマシだろう」


 それがあながち冗談にもならないのが猫戦士の怖いところ。たとえシュンディリィが戦争装備で完全武装しても、木の枝一本持ったジルグドにはかなわないだろう。


「僕も手伝うよ」


 フュリアタは休んでくれていいと言ったが、じっとしているのも退屈で気が引ける。それに少しは気晴らしにもなるだろう、と思いシュンディリィも立ち上がる。

 連れ立って適当な武器代わりのモノを物色しようと思ったその時、


「なんだ、武器が無いのかい?」


 後ろから声をかけられた。


「えっ? あなたは……武器商人の!」


 声をかけてきたのはダンジョンの市場にやってきて出会った武器商人の男である。剣呑な人相のわりに人が善く、なにかとシュンディリィたちの世話を焼いてくれている。シュンディリィが竜を斃した後、体内から彼を引っ張り出すのにも率先して協力してくれたらしい。

 自分が助かった顛末をフュリアタから聞かされていたため「助けてくださってありがとうございます」とシュンディリィが礼をすると、武器商人は「君こそ無事で良かったよ」と笑った。

 そんなことよりも、と武器商人は前置きし。


「武器を探してんのかい?」


 と、シュンディリィとジルグドに問うた。

 まあな、とどこか曖昧にジルグドは答え、


「竜とやりあった時に手持ちのを失くしてな。その辺適当に見まわして探してたのさ――まあ帰りは別に護衛も見繕ったし武器なんかいらねえんだがよ」


 付け足す言葉にはややトゲがある。なにせ相手は武器商人だ、彼の前で武器を失くしたなんて言えばそれはもう格好の商機チャンス。ダンジョン内で武器を買うのはやや割高だ。切羽詰まった状況でもなければ遠慮したいところだろう。


「押し売りにきたんじゃないから安心してくれよ」


 武器商人は片手を振って否定する。もう片方の手に持ったモノを差し出して、 


「むしろ逆ではな。俺の用事はこいつさ」

「これは……」


 武器商人が差し出したモノには見覚えがあった。

 それは一振りの剣だ。革を巻いた樫木の柄、銅製の鞘、ダンジョン内部用に合わせられた短めの刀身、その刃の色は……白銀。


「僕が借りた剣!」


 そう、それは竜との戦いの中でたまたまシュンディリィが拾い、竜を斃すのに使った剣。竜の口に飛び込んだシュンディリィは、この剣で竜の喉笛……逆鱗を刺し貫いたのだ。

 竜の体内から助けられたときはまだ手に持っていたと思っていたが、ちゃんと本来の持ち主である武器商人が回収していたようだった。

 勝手に借りたのはやはり不味かっただろうか? と今更ながら思い当たりシュンディリィは顔を青くした。


「あの、これ……勝手に借りちゃってたんですけど……」

「ああ、だいぶ好き勝手振り回してくれてたようだな? 手入れが大変だったぞ」


 頑丈なのが売りなんだがなぁ、と言って武器商人がちらつかせた剣はピカピカの新品同様に戻っている。この剣はかなりの業物でありそうそう傷つくということはないはずだが、それはあくまで剣のプロが振るった場合の話だ。

 剣というものはいざ振るってみると意外と繊細なものだ。訓練を積み、正しい軌道で振りぬく技術がなければ容易く切れ味を鈍らせてしまう。それを剣の素人のシュンディリィが、よりにもよって竜を相手にして戦ったのだから剣にかかった負荷はかなり大きかったはずだ。


「ごめんなさい!」


 シュンディリィは勢いよく頭を下げて謝った。

 他人の商品に勝手に手を付け、しかも壊してしまうというのは商人にとってはあってはならないことだ。罪として訴えられても文句は言えないだろう。

 武器商人は、そんなシュンディリィに笑って言う。


「いいんだよ。ダンジョンの中では緊急事態に武器を借りるのは合法なんだ。あの混乱した状況で、相手が竜ともなれば文句をいうほうが筋違いってもんだ」


 そうだよな? と問われ、ジルグドも首を縦に振る。


「ギルドの法ではそうなってるな。緊急事態では迷宮行商人は物資を冒険者に提供することが義務づけられているんだ。切羽詰まった命を天秤に乗せて金稼ぎするのを防ぐためだ。……その分の費用はギルド持ちってことになるんだが、道具を使われても『外』での適正価格でしか査定されねえから迷宮行商人は嫌がるし、使った冒険者も緊急事態だったことの証明もしなくちゃいけねえからなかなか利用されることのない法だがな」


 シュンディリィが使ったこの剣の手入れには手間やコストもかかっただろうが、その請求がギルドに行くならば安心だ。緊急事態の証明というのも竜という動かぬ証拠があるから問題ないだろう。

 とりあえず武器商人に迷惑はかからないとわかり、シュンディリィは胸をなでおろした。

 しかし武器商人は、 


「いや、今回はその法を利用するつもりはない。この剣の修理代金は俺が自分で持つことにするよ」


 と、意外なことを言った。

 どうして? と目を丸くするシュンディリィに商人は剣を差し出して、


「使った相手に贈与する剣の手入れ費用を出してくれるほどギルドも気前良くはないからさ――武器が無いんだろ? ほら、こいつを使うといい」


 剣の柄を握らせた。


「これを……僕に?」

「ああ。使い方は猫戦士のダンナに習うといい」


 面白いものを見た、というようにジルグドは片眉を吊り上げ武器商人に問う。


「いいのか? 安くねえだろうによ。素人のオモチャにするにゃ上等すぎるぜ」

「いいも悪いも竜を倒してくれちゃあ――なぁ?」


 苦笑しながら仰ぎ見る竜の死体。この剣を使ってシュンディリィが仕留めた相手だ。

 まなざしを真剣に変え、武器商人はシュンディリィを見据える。


「剣にはそれを持つべき人間ってのがいる。そしてこの剣を手に取り振るうべき持ち主は君だと俺は確信した。どうか受け取ってくれ」


「そんな、だからってこんな高価なものをいただくわけには……」


「こいつは金の問題じゃない。武器商人の信義の問題だ。持ち主が決まっている剣を他に売るわけにはいかねえ。それに――まったくのタダってわけじゃないのさ」


 振り返って見れば、


「他の商人さんたち……」


 遠巻きに控え、ひらひらとこちらに手を振るのは『風呂屋』の女だ。他にも何人か、商人らしき者たちがこちらを見ている。


「あいつらと相談してな。竜を仕留めてくれた礼をしようってことになったのさ。何がいいかって話したが、やっぱりコレがいいだろうってよ」


 それとも『風呂屋』の特別サービスがよかったか? とからかうような口調で武器商人が言ったので、慌ててシュンディリィは首を振った。

 商人はニカっと人好きのする笑みを浮かべ剣を押し付けた。


「ならいいんだ。受け取ってくれ!」


 強い力に押し負けるように剣を受け取ったシュンディリィは、どうしたものかとジルグドに視線を向ける。

 ジルグドはフ、と息を漏らし、シュンディリィに言った。


「ありがたくもらっといてやれシュンディリィ。騒ぎになった以上、否が応でもおまえが竜を仕留めた話は世間に広まるんだ。そんときおまえの手にその剣がありゃ、武器商人にも損はねえ。宣伝のうちってな」


 以前に武器商人は冗談めかしてよく目立つ猫戦士であるジルグドに剣を売りつけようとしたが、それと同じことをシュンディリィにやろうというのか。そう思えば商人のしたたかな戦略、ともとれるが……。


「でも、それだけじゃない――だよね?」


 これまでフュリアタのやり方を見てきてシュンディリィもようやくわかってきた。商売の利益を追求するのは商人の常、基本行動原理だが……事は『それだけ』ではない。

 商人とはすなわちあきなう『人』、人と人をつなぐ仕事だ。そして人と人のつながりとは金ではない、えにしだ。縁こそが富を生み――商う喜びを生む。

 とりわけ迷宮行商人はただの商人ではない。危険なダンジョンの中に赴いて商売をするのはただ高値で物が売れるからというだけじゃない。鉄火場の最前線で命を賭けて戦うものたちを支えんとする心意気あればこそ。


 ならばこの迷宮武器商人がシュンディリィに剣を託すのは利のためのみにあらず。勇気を振り絞って竜を打ち倒した少年に剣を贈るのも武器商人の本懐であるところなのだ。


「なに、そんなかっこいいもんじゃない。俺だって武器商人だ、自分の仕入れた武器が『伝説の剣』になるところってのを見てみたいんでな」


 なるほどな、とジルグドもうなずく。


「たしかに、英雄豪傑が振るって竜を殺した剣なんぞこの世にゴマンとあるが、ただの鑑定魔術師が使って――となるとそうそうある話じゃない。そいつはたしかにおまえら人間の言う『伝説の剣』ってやつになるかもニャ」


 道具に思い入れを持たない猫戦士の種族の間には『伝説の武具』などというものは存在しない。武具を扱う戦士こそが最強であれば、武具に肩書は必要ないということだろう。

 人間だけがただの道具に伝説を見る。聞く者の心を躍らせる物語ストーリーの中に輝く道具にも思いを馳せる。


「伝説の剣……」


 手の中の白銀の剣をじっと見る。これが竜を殺した鑑定魔術師の剣――新しい伝説の剣だというのだろうか?


(まだ、違うよな)


 竜を殺せたのはただの偶然が重なった結果で、自分が伝説を作ったなんていう実感はとてもじゃないけど持つことができない。この剣が伝説になるとすればもっと後の話になるだろう。


(僕が鑑定魔術師として大成してからってことになるんだろうな)


 今のままではただの物珍しい話というだけのこと。これが本当に伝説となるにはシュンディリィ自身がもっと活躍しなければならない。

 そうなれ、と武器商人たちも言っているのだ。

 手の中の剣はズシリと重い。それはただの金属の重さではなく、竜を殺したという事実とそれを評価してくれた人たちの期待の重さの現れだろうか。

 ふと、ジルグドと目が合う。その目は試すような視線だ。彼の言いたいことはわかる。「その重さを受け止められるような男になれ」だ。


「……よし!」


 ぐっと剣を握りこんでシュンディリィはうなずいた。


「ではありがたく頂戴いたします!」


 遠くから見守る他の商人たちにも大きく手を振って応え、鞘についたベルトを回して剣を腰につける。完全に戦闘のためだけの武器を身につけるのは生まれて初めてだが、その頼もしい重量感はどこか誇らしい気持ちを湧き上がらせてくれる。

 剣を引き抜く動作は華麗にすらりと……とはいかず、まだぎこちない。もたつきながら引き抜いた刃をダンジョンの天井にかざした。

 丁寧に手入れされた刀身は魔術の明かりを反射してなまめかしい光を放つ。その眩しさに目を細めながら、剣の重さを腕に実感する。

 剣が少年の手に渡ったことを見届け、武器商人は問う。


「さてこの剣、銘はどうするね?」

「どうするもなにも――竜を殺した剣の銘なんざ一つしかなかろうよ。なあ、シュンディリィ」


 うん、とシュンディリィはうなずき。剣をひときわ高く掲げその名を呼ぶ。

 それは戦士でないシュンディリィでも知っていること。竜を殺すという偉業をなした剣はみなこう呼ばれるのだ。


「――猛きを屠る刃ドラゴンベイン


      〇


「ジルグド! シュンディリィ君! ちょっといいですかー?」


 ドラゴンベインを譲り受けた後、フュリアタがシュンディリィたちを遠くから呼ぶ声が聞こえた。

 店のほうを見れば客足はひと段落したのか店の前に立つ者はまばらだ。商品もかなり売れたようで、在庫が少なくなっているせいもあるのだろう。商魂たくましい商人たちの中にはアグザウェ商会に負けるものかと残った物資をかきあつめて営業を再開しているものもあり、そちらにも客が流れ始めているのも関係しているかもしれない。


 だがおおむねフュリアタの商売はうまくいったと言ってもいい。数日間営業したのと同じくらいのペースで商品は無くなったようだ。売り上げももちろんそれに比例して上々だ。(しかもちゃっかり普段よりわずかに値上げしているのだからフュリアタもなかなか抜け目ない女性である) 

 ともあれ、何か用事があり話をする時間ができたということなのだろう。呼ばれたシュンディリィとジルグドは立ち上がり、彼女のところまで足を引きずった。


「どうかしたんですか、フュリアタさん?」

「竜の近くでこんなものが見つかった、と届けられたんですが……」


 二人は何か知りませんか? と彼女が取り出したのは紙包みだ。棒状のものをとりあえず壊れないようにと簡単に包んだもののようであるが、包みを開いて中身を見せれば――


「これは……!」

「こいつはあの時の!」


 それは二人にとって見覚えのある一振りの『剣』だった。


「竜の逆鱗の近くに刺さっていた剣!」


 ジルグドがシュンディリィとともに竜の逆鱗に突撃をかけたあの時、不運にも二人の攻撃を阻んだあの剣だ。二人が竜と戦う以前、それもかなり前に竜と戦った者が竜に突き刺したのだろう。命を奪いきるまでは果たせず、竜の肉に食い込みそのまま月日が経ったことで逆鱗を守る防具と化してしまっていたのだ。


「チッ……こんニャろうが無けりゃ俺が竜を始末してたってのによぉ」


 忌々しげにジルグドは舌打ちする。ジルグドにとってみれば痛い目にあった元凶ともいえる剣だ。当然、面白いものではないだろう。


(でも僕を救ってくれたのもこの剣だ……)


 竜への攻撃が失敗したあと、シュンディリィが一人で竜に立ち向かったとき。決死の覚悟で竜の口の中に飛び込んだシュンディリィを、鑑定を介し体内から逆鱗への攻撃に導いたのもまたこの剣である。


「これを届けてくれたのは冒険者の方です。二人が剣を落としたと聞いて拾ってきてくれたんでしょうけれど……」


 もちろんこれはジルグドの剣でもシュンディリィの剣でもない。そもそもこれは朽ち果てていて、とてもついさっき失くしたものには見えない。単に剣を探していると聞いてたまたま見つけたものを親切で持ってきてくれたのだろうが。


「いらん節介だぜまったくよ」


 機嫌を悪くしたジルグドがそう毒づくのも無理のない話だった。


「……どうしましょう、これ」


 眉根を寄せてフュリアタが問う。シュンディリィたちにまったくの無関係というわけでもないが、かといって引き取るほどのものでもない。せめて剣自体が装飾などのある値打ちものならば、とも思うが……。


「見たとこ元は数打ち(量産品)の剣だな、しかも竜の肉に食い込んでたせいでボロボロのナマクラだ。使い物にならんぜ――おい武器商人、おまえコイツ直せるか?」


 剣の話、と聞いて興味をもったのか後ろについてきていた武器商人にジルグドは問うた。武器商人は剣を一瞥して答えた。


「無理だな。竜の体液は腐食性が強くってな、竜を斬るなら金属に特殊な加工をしたものか、そうでなきゃ斬ったあとすぐに手入れせんといかんよ。その剣は長いこと竜に刺さってんだろ? そこまで原型保ってるだけでも奇跡みたいなもんだ」


 鋳溶かして打ち直すってんならまあ話は別だがな、と武器商人は付け足した。


「決まりだな。捨てちまえそんなもん。クズ鉄に出しときゃ適当に再利用されることもあんだろうよ」


 いずれにせよこの剣にはもはや何の価値もない。朽ち果てた剣などただのだ。



 ――本当に?



「……」


 シュンディリィは黙して彼らのやりとりを聞いていた。ジルグドや武器商人の言うことももっともだ。この剣はもう何の使い道もない、それには何の文句も出ない。

 だが理屈でそうわかっていても、シュンディリィの心はそれを納得しない。それは、


(僕はあの光景を見たから)


 あの土壇場、竜の体内から逆鱗を攻撃するため剣の位置を割り出すのに使ったあの鑑定。あの時幻視した、


『どうか、あの子を守って――』


 この剣に守りの祈りを託すあの女性の言葉。それがこの剣を無用のモノと捨てることを拒ませている。


(考えろ、僕があの光景を見たことにはなにか必ず意味がある――)


 それは確信にも似た予感だ。あの時あの場所であの光景を見たことにはなにか意味があるはずだ。そう感じずにはいられない。

 そして、この剣をもう一度鑑定してみてもおそらく同じものは見られないという感覚がある。あれはあの瞬間でこそ得られた体験だった。

 ならば考えるヒントは自分の中にあるものしかない。思い出せ、このダンジョンにきて竜の出現を知ってからのことを。


 ダンジョンに訪れて知った、迷宮を進む者が竜の召喚術式を発動させたことを。

 ――危険の増したダンジョンを行くこととなったシュンディリィを気遣い言葉をかけてくれたのは――


 サルダットから聞いたのは竜は数年前にもあらわれ冒険者たちに大きな被害を出すが、大商人の不手際により倒されることなく送還されたこと。

 ――竜が去った後、大商人への苛烈な攻撃でこのダンジョンの探索権を手にしたのは――


 ジルグドを阻みシュンディリィを助けたこの剣の持ち主は、竜と戦い逆鱗を貫くあと一歩まで来て叶わず命を落とした。

 ――この剣に祈りを託していたあの女性、年齢は違えど見覚えはある。あれは――


「――つながった」


 ハっと顔を上げる。の名に思い至った時、バチリと脳裏に電流が走ったような感覚を得た。


「シュンディリィ君?」


 様子のおかしいシュンディリィを訝しみ、顔を覗き込む。シュンディリィは鑑定魔術師の禁すら忘れ、彼女の顔を見つめ返して訴える。


「この剣、持って帰ることはできますか!?」


 朽ち果てた剣を大事に抱え込み、そう彼女に訴える。


「え? ええ、まあ。ダンジョンの入り口に戻った時、ギルドに申請すればこの剣は引き取れますが……」


 ダンジョン内での拾得ルート権を有さない迷宮行商人が迷宮で得たものを持ち帰りたいのなら、ギルドに相応の対価を支払う必要がある。

 だがこの剣は見ての通り朽ち果てた量産品の剣。ギルドの魔術師が鑑定したとしても、ほとんどタダ同然の値打ちがつけられるだろう。それが普通の魔術師の『鑑定』だ。


「この剣を必要としている人が居ます」


 だがシュンディリィの『鑑定』は違う結論を見出した。この剣に途方もない価値を与える人間がいるということを。

 その人物の名は――


「ムンラーナ・ミジェーロさん。このダンジョンの探索権を持つ大商人の女性、あの人のところにこの剣を届けないといけない」



(続く)

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