第27話 商機をつかみ取るか
「あ〜……」
肩まで浸かりこんだ湯の温かさは傷つき疲れた身体に染み渡るようで、シュンディリィは呆けた声で唸った。地下水を加熱魔術で沸かした湯は少しピリピリとした肌触りをするが、今はそれがかえって心地よいくらいだ。
シュンディリィは風呂に入っていた。それも、ダンジョンの中でだ。
(本当にお風呂屋さんなんだな……)
彼が風呂に入っている場所は他でもない、アグザウェ商会が店をかまえた場所のすぐ近くにあったあの『風呂屋』だった。
竜との戦いのあと。激しい戦いでついた泥と埃と、自分の血だか返り血だかわからない血と乾いて悪臭を放つ粘液にまみれたシュンディリィは控えめにいっても不潔だった。
「しっかしクセえなぁ……よし、おまえちょっと風呂に入れてもらってこい」
とジルグドに送り出され、なんとか店とその主人が無事だったあの風呂屋に入ることとなった。
「いらっしゃい――あらあら……これまた汚れちゃってるわね。服は洗っておくから、あなたも汚れを落としてきなさい」
出迎えてくれた女性は慣れた手つきでシュンディリィの服を脱がせ、洗い場へと持っていった。以前にここは『そういう店』だと聞いていたシュンディリィは、風呂に入って来いと言われてひどく動転したが。いざ風呂に来てみるととても『そんな雰囲気』ではなく、あっさりと浴室となったテントの中に一人で入ることとなった。
『別に普通に風呂に入りたいって人も少なくないのよ』
拍子抜けしたシュンディリィの心中を見抜いたのか、女性は笑いながらテントの外でそう言った。同時にゴシゴシと洗濯板で服を洗う音が響かせているが、これはおそらくシュンディリィの服を洗濯してくれているのだろう。
言われてみればたしかにダンジョンの中では不衛生というのは命取りにもなりうることだ。身体が汚れていては病の原因となることもあるし、傷を悪化させることもある。
(あとはまあ単純に汚れたままだと不快だからかな……)
ベタベタとした粘液の感覚を思い出してしまいバシャバシャと顔を洗う。地下水そのものは豊富とはいえダンジョンの中でこれだけの量の湯を沸かし、さらにそれをかけ流せるというのはなかなか簡単なことではない。
(あのお姉さんの魔術か。すごいな……)
おそらく魔術師としての技量はシュンディリィよりも上だろう。魔力量もそれを加熱術式にして扱う手管も頭一つは違う。直接的な戦闘の魔術でないというのはシュンディリィも同じだが、それにしてもこう何気ないところでレベルの差というものを見つけてしまうのはいかにも居心地が悪い。
(僕にももっと、鑑定魔術師としての力があれば――)
――経営の危機というフュリアタの難事にも力を貸せるというのに。
無力感に苛まれ、湯船の中に顔を沈み込めそうになったとき。
『シュンディリィくん、お風呂はどうですか?』
テントの外から声がかけられた。声の主は他でもない、フュリアタだ。
「フュ、フュリアタさん? なんでここに?」
『私も少し顔と髪を洗わせてもらいたくて』
竜の口に身体をつっこませたのはフュリアタも同じだ。シュンディリィほどではないにせよ彼女も少し汚れてしまった。冷水ではなかなか落ちない汚れや匂いを落とすために、風呂屋の湯を借りに来たというところだろう。
(『お湯はこれくらいでいい?』)
(『はい、十分です。ありがとうございます』)
そんな会話が外から聞こえ、パシャパシャとタライで顔を洗う音が聞こえた。
『ふう――やっぱりお湯を使わせてもらえるとサッパリしますね!』
年頃の女性としては汚れはかなり気になっていたのだろう。顔を洗っただけでもフュリアタは上機嫌だ。
「……」
直前まで彼女への無力感から来る申し訳なさにとらわれていたシュンディリィは、返事をすることもなく湯の中でうつむいていた。テント越しではそれがわからなかったのだろう。単に聞こえなかったのだと思ったのか彼女は一人で話を続けていた。
『そういえば、シュンディリィ君がお風呂に入った後ギルドの方が来て名簿で確認してくれたんですが、今回の竜騒動では迷宮行商人は皆無事だったみたいですよ』
「えっ、本当ですか?」
これにはシュンディリィもわずかに驚いて顔を上げた。あれだけの騒ぎで一人も犠牲者が出ていなかったというのは奇跡的だろう。
『お店の被害は大きいですし、小さなケガをしてしまった人はもちろんいるんですか、それでも大ケガをした人や亡くなってしまった人は一人も居ないみたいです』
まあ……下の階層に行った魔狩人の人たちは無事なのかどうかはわからないんですけれど。と、フュリアタは付け足したがそれでもやはり驚きだ。
危険を承知でダンジョンに戦いに来た魔狩人はいざ知らず、最低限の自衛の備えしかない商人たちが無事だったのはかなりの幸運と言わざるを得ない。
……だが、それにはフュリアタはいいえ、と否定の言葉を返した。
『商人たちが無事だったのは運が良かったからじゃありませんよ。シュンディリィ君、あなたのおかげですよ』
「僕の……?」
『竜がやってきてすぐにあなたが囮として動いてくれたから他の商人たちも逃げ出したり、助けたりする余裕ができたんです。みんなあなたに感謝してますよ。……まあ私としましては、無茶をしたあなたをあまり褒めたくはないのですけれど!』
わすがに口をとがらせて、彼女はそう突いてきた。
「そ、それは……なんというか、ご心配をおかけしました……」
危険だと引き止める彼女を振り払うようにして飛び出したのは事実だ。そのうえ自分一人ではまるでどうにもならず、ジルグドに助けられてようやく竜と渡り合えたのだから格好のつく話ではない。
いくら店を守るためとはいえ、ただの鑑定魔術師の小僧が竜に向かって行くなど正気の沙汰ではない。彼女としても心配で気が気でなかっただろう。余計な心労を与えてしまったことにまた申し訳なさが沸いてくる。
『まったくですよ。次また竜が来たら今度は私が出て行ってやりましょうか? そうすればシュンディリィ君も私の気持ちがわかりますよ』
「そ、それは勘弁してください!」
皮肉げな彼女の小言に、シュンディリィは悲鳴のような降参の声をあげた。
声音からこちらの反省の色を感じ取ってくれたのか、フュリアタはクスリと笑う。
『はい、わかればよろしいのです。たとえ商売人でも命が無事であることに勝る得はないんですから、次は一緒に逃げましょう』
「肝に銘じておきます……」
当たり前のことだがいくら商品を守れても売る人間がいなければ話にならない。まずは何より命を大事にするのが迷宮での商売の初歩の初歩、というわけだ。
依然として経営の危機という問題が残っているのに、彼女を支えるべきシュンディリィがこの体たらくでは先が思いやられるというものだ。
相変わらず先行きは不安なまま……のはずなのだが、フュリアタは意外にも少し声を弾ませた。
『そう、そのことなのですけれど。お風呂から出たら竜のところに戻りましょう。ひょっとしたら少しだけ風向きが変わるかもしれないんです』
○
「お、やっと帰ってきやがったか」
風呂屋を出て竜の死体のところに戻ったとき二人を、ジルグドは半目になって出迎えた。
「ったく、人間の風呂ってのは
「そんなに経っていませんよ」
ジルグドの風呂に対する愚痴はいつものことなのか、フュリアタは呆れたように言い返す。そういえばシュンディリィはジルグドが風呂に入っているのは見たことがない。彼の毛並みはいつも綺麗であるがそれを洗っている姿はついぞ目にした覚えはない。
「大昔、猫戦士の種族の発祥の地は砂漠地帯だったからさ。水が貴重だから身体を洗うために浴びるようなことなんぞ無いし、当然風呂入る文化なんかありゃしねえってわけさ。そもそもおまえら人間の風呂にしたってその歴史はせいぜいここ百年くらい、加熱術式と水道整備の発達の――」
と解説しかけて、「って、んニャことはどうでもいいんだよ!」と自ら話を切り上げた。
「相変わらずの面倒見の良さですね」
そう言って苦笑しながらジルグドの横に立ったのは
「サルダットさん! 無事だったんですか!」
「そりゃこっちのセリフだよ鑑定魔術師くん。(竜に荒らされた周囲を見回し)なんともまあひどい有様だったみたいで」
どういう道筋をたどってそうなったのかはわからないが、竜はサルダットたち魔狩人とすれ違うような形でこちらにやってきた。彼らにしてみれば獲物がどこにも見つからず不思議に思ったことだろう。
「まったくだ。おまえらこんなでけえ図体の竜見逃すなんざ、目ん玉どこに落っことして迷宮の中を歩いてやがったんだ? おかげでこっちはてんやわんやだぜ」
恨めしげに言うジルグドにサルダットも「こっちだって急いで戻ってきたんですよ」と困り果てた様子だ。
見渡してみれば近くにいる魔狩人はサルダット一人ではない。多くの魔狩人が竜の周りを取り囲んでいる。竜の死体に変化が無いか監視していたり、死体を運び出す算段をつけたりしているのだろう。しかしそれにしても、
「けっこうな数の魔狩人の人が戻ってきたんですね」
その人数はかなり多い。以前にダンジョンの奥に向かっていく魔狩人の第一陣の集団を見かけたが、それよりもさらに増えている。あとから来た第二陣、第三陣のメンツも混じっているのかもしれない。
おう、とジルグドは応じる。
「そう、それよ。それが今からの本題でな。よっと――とと」
言ってジルグドは、わずかに痛みに顔を引きつらせながらシュンディリィの頭に飛び乗った。
「ちいとまた身体貸しとけや。別に荒事ってわけじゃねえんだが、このほうが舐められずに済むんでな」
言うが早いかジルグドは猫戦士の言葉で呪文を唱える。シュンディリィは戸惑ったが、フュリアタが「うん」とうなずくのを見てそのまま身体を預けることとした。
「――『
発動したのは猫戦士の秘術の一つ、同調の魔術だ。被術者の同意を得て術者が相手の身体を自由に動かすのが同調の魔術だが、猫戦士であるジルグドのそれは人間のものを大きく上回るレベルで発動する。シュンディリィの身体は卓越した猫戦士によって操られ、一流の戦士の動きを取る。
シュンディリィの身体を軽く動かして感触を確かめたあと、サルダットへと向き直る。
「よーし……サルダット!」
「へい!」
応じたサルダットが自身の担いでいた長大剣(竜狩り用の大型武器だ)を差し出せば、シュンディリィの腕はそれを片手で軽々とつかんで大きく振り回し、勢いよく地に突き立てた。
「っ!?」
ザン! と切っ先が地を割る音に驚いた魔狩人たちが振り向くと、シュンディリィ(の身体を操ったジルグド)は大声を張り上げる。
「――やいやいやい! 雁首揃えて竜を取り逃し、無駄足踏んだバカどもよ、聞きやがれ!」
挑発的な言葉に
(な、舐められないようにこういうこと!?)
「俺の名は迷宮行商人フュリアタ・アグザウェが
一時的に同調を解かれ、勢いのまま自己紹介をしてしまう。いかにも精強な猫戦士と、その猫戦士に操られた鑑定魔術師の少年という奇妙な取り合わせを、魔狩人たちは胡乱げに値踏みする。
自己紹介が終わったシュンディリィの身体の自由を再び奪い、ジルグドは言葉を続ける。
「てめえらが迷宮の奥でのんべんだらりとしてくれてやがったおかげでこちとら大迷惑よ! 尻拭いしてやったこっちの身にもなれってんだ!」
「尻拭いだぁ? ――ってことはまさかアンタらが」
「そう、そこの竜を倒したのは誰あろう、この鑑定魔術師のシュンディリィよ!」
ドンと胸を叩いて名乗りあげる猫戦士と少年に、魔狩人たちはどよめく。
(ジルグド、一体なにを……)
「商売さ。まあ見てなって」
心中で問うたシュンディリィに、ジルグドは悪戯げな笑顔を浮かべそう囁く。
「いくら猫戦士がついてるからってそんな若造、しかも鑑定魔術師が竜を倒すなんてことが……」
「そいつが出来るのさ。この男ならな」
自信ありげにニヤリと笑い、サルダットから借り受けた大剣をブン! と大きく振って肩に担ぎ直す。その迫力ある動きに説得力を感じたのか、むう…と魔狩人は唸る。
(は、話を盛りすぎじゃない?)
たしかに竜にトドメをさしたのシュンディリィではあるが、あくまでもそれはジルグドの助けがあればこそ、だ。ジルグドがかけてくれた猫戦士の高度な身体強化魔術が無ければ、とてもじゃないが竜を相手に立ち回ることなどできなかっただろう。それをまるでシュンディリィが主になって竜を倒したかのように言うのはまるで詐欺のようでなんとも座りが悪い。
「猫戦士の力を借りりゃ可能なのか?」
「それにしたって簡単なこっちゃないだろ、あのボウヤ自身がけっこうな使い手なのかもな」
「『外』じゃなくて迷宮の中までついてきてるんだ。ただの鑑定魔術師ってことはないだろう」
「猫戦士を雇っての少数精鋭の商会ってことならそれも頷けるか……」
などと魔狩人たちは口々に話し始めるが、聞いているシュンディリィとしてはたまったものではない。自分は腕に覚えなどまったくないただの年相応の少年であるし。アグザウェ商会も少数精鋭というよりはただの人手不足でしかないのだ。
そう説明したいところだが身体は依然ジルグドが操ったままであるし、フュリアタもそれをあえて否定もせず、澄ました顔で後ろに立っているのみだ。
「……なるほど、その話を信じるとすりゃなかなかたいしたもんだが。それが一体俺らに何の関係があるっていうんだ?」
「それが関係アリアリの大アリクイってやつよ。――まさかと思うが
「!」
ジルグドの言葉に魔狩人たちは一斉に息を呑む。そう、彼らの目的はこの竜を倒して討伐賞金を稼ぐこと。……だがその権利は目の前の少年と猫戦士に奪われてしまった。このままでは無駄足もいいところ、準備費用やダンジョンの入場料で大赤字だろう。
ジルグドの言葉に続くようにフュリアタが一歩前に進み出る。商売をするときに彼女が見せる、人を惹きつける凜とした眼差しで。
「そしてこれが彼が竜を討伐したという証明です」
目の前に広げるのは一枚の紙。書かれた文章は簡潔だ。
『討伐証明書 この度ダンジョン「フリークフォドール霊廟」第三層に置いて竜を討伐したことを証明する。
討伐者:アグザウェ商会商会員シュンディリィ
討伐協力者:アグザウェ商会護衛猫戦士ジルグド』
末尾には担当者のギルド職員の名と押印があり、これがギルドによって正式に発行された証明書であることを示していた。検死と聞き取りと物的証拠の捜索、そして鑑定魔術を用いたギルド専属の調査員の能力は疑う余地が無い。そうでなくてもギルドの決定に口を挟めるのは出資者のみだ。
こうなってしまえば魔狩人たちがなんと言おうと竜の討伐賞金はシュンディリィのもの――
「――にはならない、ってことも知ってるよな?」
そう、問題はここからだ。シュンディリィは龍を倒したにもかかわらず、竜の討伐賞金を受け取ることができない。その資格がないのだ。その理由は、
(僕がアグザウェ商会の商人としてダンジョンに入ったから……)
迷宮に入る前に行った手続きの際、シュンディリィはフュリアタが率いるアグザウェ商会の者として登録された。冒険者としてではなくだ。
だが結果としてシュンディリィは竜を倒してしまった。討伐賞金を受け取る資格がないにも関わらずだ。商人やその護衛が自衛のために戦うことは何の問題もないことだが、さすがに多額の討伐賞金をかけられた竜を倒してしまうというのは不測の事態だ。
ざわざわと魔狩人たちはざわめき、どういう処遇を取るべきか話しあう。なかにはやや剣呑な顔つきの者もいる。ジルグドがシュンディリィの身体を操り、戦士の気迫を漲らせた不敵な態度をとっていなければなにかトラブルになっていたかもしれない。
(でも、これどう収拾をつければいいんだ!?)
敵意混じりの気配をぶつけられ内心に焦りを浮かべるシュンディリィ。すがるようにフュリアタに視線を向ければ――フュリアタは微笑んでいた。
(シュンディリィ君。ここは私に任せてもらえますか?)
小声でそう囁きかける彼女の表情は落ち着き払ったいっぱしの商人のそれだ。仕入れが大の苦手という商人としては致命的な欠点はあれど、彼女の胆力、商才、そして覚悟は十分なものなのだ。シュンディリィが竜を倒し、アグザウェ商会の一員として覚悟を見せたように彼女もまた一人の商人としての覚悟を見せようとしているのだ。
ならば、それを信頼しないなどという手があるはずもない!
(お願いします……!)
そう瞳で訴えかければ、彼女は「うん」とうなずく。
「さて、お立ち会い! ってえところだな……!」
ジルグドもまた少女の覇気を認め、面白くなってきたとばかりにニヤリと笑う。
「――みなさん」
彼女のよく通る声が響くと、ざわついていた魔狩人たちは一様に声をひそめ彼女を注視した。これもまたフュリアタの一つの才能だ。静かに、しかし強く言葉に力を持たせられる人間というのはそうはいない。
「まずは、ここフリークフォドール霊廟にて商いを広げた商人一同に変わってお礼を申し上げます。竜の災禍より私たち商人を救いにきていただいたことを――ありがとうございます」
そう言ってフュリアタは深々と頭を下げる。これには魔狩人たちもわずかに面食らう。
商人たちを助けに来た、というのは建前としてすらいないただの買いかぶりだ。彼らはあくまで竜を倒して討伐賞金を得るために来ただけ、己の利益のために戦いに来ただけなのだ。
無論、そんなことはフュリアタも承知している。これは先制攻撃だ。
フュリアタは自分たちが魔狩人に救われる弱い存在であると先に示すことで、魔狩人たちも気分的に正面切っては文句を言いづらくなってしまった。
相手に対し
「その上で――」
そして魔狩人たちがたじろけば、フュリアタはすかさず言葉を続ける。
「己の命と財産を守るためとはいえ『魔物』に攻撃をし、これを退け倒し、皆様のご厚意を無にしてしまったことも合わせて謝罪させていただきます」
「お、おう……いや、こっちこそ助けに来るのが間に合わないで、その……悪かったな」
なまじ先程のジルグドの横柄ともとれる剣幕があっただけに、慇懃なフュリアタの態度とのギャップに魔狩人たちも毒気を抜かれてしまったのだ。
――そして、そこに『商機』がある。
「……ですがどう謝罪しようとも皆様のお仕事を邪魔してしまったことは事実。その代わりにといってはなんですが、今回私どもの商会員と護衛が成し得た竜の討伐、その証明――これを破棄させていただこうかと考えています」
「なっ――!?」
魔狩人たちは揃って絶句した。
無理もない。討伐証明の破棄とは、竜にかけられた多額の賞金を受け取る権利の放棄と同義だ。ただの建前の謝罪の材料にするには額面が大きすぎる。
竜を倒したシュンディリィに賞金を受け取る権利が無いのは知っての通りだが、だからといってそれをあっさり放棄するというのは思い切りが良いにもほどがある。竜の討伐というのは大きな成果だ。たとえルール外であってもギルドと交渉をすれば、時間はかかるかもしれないが何割かでも利益を引き出す方法はあるだろう。
だがフュリアタはそれを放棄し、竜を倒した権利をまっさらの状態に戻すという。そうすれば今この場に集まった魔狩人たちが竜の討伐賞金を得ることができるようになる。全員で山分け、という形になるだろうがそれでも何もせずに得られる金としては破格だろう。
「あんた一体何を……」
さすがに美味い話が過ぎるのか魔狩人たちも彼女の真意を訝しむ。タダでこんなことをするのはまともな商人ではない。何か条件があるはずだと思うのは当然だろう。
(フュリアタさん……)
シュンディリィも思わず彼女に問いただそうとするが、その身体をぐっと抑えたのは。いまだシュンディリィの頭の上で同調の魔術をかけたままのジルグドだ。
「まあ見てろって。あいつはバカな小娘だがヤワな商人じゃねえし、ヤワな小娘だがバカな商人でもねえ。何か狙いがあるはずだ」
ジルグドはクククククと面白くてたまらないというような忍び笑いを漏らす。
「おもしれえ、だんだんあいつの親父のやり口に似てきやがる……!」
(続く)
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