第31話

 キィィィン、という高い機械音を立ててヘリは離陸した。試作機とのことだったが、やはり飛ばし慣れた戦闘ヘリ、通称アパッチとさして変わらない。火器管制システムを無視すれば、だが。

 俺は高度と速度を落とし、慎重に怪獣へと近づいていく。品川区の新開発地区の高層ビルの隙間から、怪獣の異形が見えた。奴もさすがにAMPミサイルは危険だと判断したらしく、首を巡らせてあたりを窺っている。こんな動きをされては、海上からも陸上からもミサイルの精密誘導は不可能だ。


 俺が小さく舌打ちをしたその時、


《こちらUGOC、武田少佐、聞こえますか!?》


 やたら慌てた声音だ。俺は敢えてその声の調子を無視しながら、


「こちら武田。どうした?」


 すると少しばかり安心した様子で、


《ご無事だったんですね、少佐……》

「お生憎様、まだくたばっちゃいない」

《それより少佐、直ちに引き返してください! 危険です! 怪獣にそれ以上接近したら……!》

「防衛省の屋上だって、既に熱線の射程には入っている。今さら危険度は変わらないだろう」


 すると、無線の向こうでゴトゴトという音がした。何やら喚き声が聞こえる。

 数秒の後、


《武田少佐、私です、サラ・アンドリューズ特務中佐です!》

「!」


 迂闊だった。サラ中佐は、外部の人間とはいえ階級は上だ。


《直ちに戻ってください! 命令です! 今あなたが不在では、作戦も立てられません!》

「作戦は自分が実行しております、サラ中佐。問題はありません」

《危険すぎます! 上官として、引き返すよう命令することもできるのですよ?》


 俺は小さなため息をつき、


「今作戦の総指揮を任されているのは自分です。あなたの方が階級は上だが、飽くまで米軍からのアドバイザーであるということをお忘れにならないでいただきたい」

《なっ……!》


 きっと「外務省を通じて抗議する」とでも言うのだろう。だが、次のサラ中佐の言葉は、俺の予想を超えて胸をえぐるものだった。


《あなたが死んだら、奥様とお子さんはどうなるんですか!!》


 俺は、息を詰まらせた。


《私の主人は三年前、アフガンで命を落としました。一人で偵察に行くと言い遺して、首を撃たれて……! こんな思いをする家族を増やしたくない、お願いです、直ちに引き返してください!》

「左様でしたか」


 俺は、思いの外自然にこぼれた自分の言葉に驚いた。


「これは自分の持論に過ぎません。しかし、自分もあなたのご主人も、何も死を覚悟して危険な目に遭ったわけではない。生き残りをかけて、そして仲間や家族のことを思って、自ら危険に立ち向かったのです」

《武田少佐……!》

「後は、信じていただくしかありません。ご安心を。自分は必ず戻ります」

 

 無事帰還するまでが作戦ですからね――。

 そう言って、俺はマイクを航空オペレーターへの直通回線へと切り替えた。

 一瞬、サラ中佐の鼻をすする音が聞こえたような気がしたが、無視した。


「UGOC、こちら武田。一旦そちらとの通信を切る。AMPミサイルの陸上VLS管制室に繋いでくれ」


         ※


《よろしいのですね、武田少佐?》

「何度同じことを言わせるんだ。もう目標は目の前だ。VLS発射まで、カウントを開始しろ!」

《りょ、了解! 目標、怪獣手前を飛行中の陸軍ヘリ! 発射十秒前!》


 俺は怪獣からつかず離れずの距離を保ち、ホバリングしていた。怪獣には、多少は毒が回ったらしい。少しばかり足元をふらつかせながら、海軍の撃ち上げた照明弾に向かって咆哮を繰り返している。


《VLS発射まで、五、四、三、二、一!》

「イジェクトする!!」


 俺の座席の床面が、下側に大きく展開した。そのまま座席ごと、俺は落ちてゆく。高度は約百五十メートル。このままヘリが操縦不能になれば、急速に降下して怪獣の腰部の高さに至るはずだ。俺はパラシュートを開こうと、腕を座席後部に回した。

 その時、


「ぐっ!!」


 激痛が、左腹部に走った。痛み止めももう効いてはくれないらしい。このままでは、俺は地面に叩きつけられる。


 ここまでかと思ったその時、バサッ、と音がしてパラシュートは展開した。ただし、予備の方だ。

 予備のパラシュートを積んでいたということは、相当高度からのイジェクトを想定した機体だったのだろう。

 だが、そうは言ってももはやそうそう高度はあるまい。俺が死ぬことは間違いないように思われた。

 しかし、それよりも怪獣の尻尾が大きく振るわれる方が先だった。凄まじい風圧が、俺の身体を左右に揺さぶる。その勢いで、俺はマンションのガラス面に叩きつけられた。そのままずるずると、壁に背を当てたままそのベランダに座り込む。

 怪獣は背びれを、ルビー色に輝かせ始めた。が、その直後、


「……?」


 むせ返った。熱線を放射できないのだ。やった。毒が回っている。

 怪獣はかつてのように、前傾姿勢を取って海へと向かって駆け出した。その足が、メガフロートに載せられる。直後、真っ白な爆光が大きな振動と共にやってきた。

 怪獣は、罠にかかったのだ。

 ヒュルヒュルと誘導弾――その中にはAMPミサイルも含まれているのだろう――が飛翔する音がする。


 やった、のか。


 この言葉は俺が口にしたのか、思っただけなのかは分からない。

 俺の意識は、そこでぷっつりと切れた。

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