第11話

 休息時間中。


《はい、武田です》

「あー、俺だ、洋子」

《あら、信義さん?》

 

 まさかあなたから電話がかかってくるとは思っていなかったわ。

 そう言って、洋子はほう、と息をついた。逆にこちらが緊張している。でなければ、電話口で『あー』などと間抜けな口は叩かない。


「念のため電話したんだが、まだ俺の身が心配か?」

《そうね……》

 

 今はまだ、俺が前線に出る状況ではない。だが、いずれ怪獣が上陸してきたら、俺も移動指揮車に搭乗して前線指揮にあたる必要に迫られるかもしれない。洋子のもたらした沈黙には、きっとそんな不安があったのだろう。


「何か報道で伝わっていることで、気になることはあるか?」

《あら、ニュースを観てないの?》

「生憎、テレビを見る気になれなくてな……」


『いそかぜ』轟沈に続いて戦闘ヘリ部隊の全滅だ。メディアによる防衛省叩きは勢いがついているだろう。ふん、一体どこの誰が、自らの失態を見せつけられたいと思うものか。

 それでも、情報が一般市民にどれだけ流出しているかは確認しておきたい。


《こっちはデモ隊が大騒ぎしている、っていう報道ばっかり。防衛省にも国会議事堂にも、確か首相官邸や警視庁にも。街中が殺気立ってるみたい》

「そうか……」

 

 俺は眉間に手を遣った。

 怪獣が『いそかぜ』を撃沈した時点で、こんな事態になるかもしれないとは思っていた。日本が世界に誇る軍事技術の結晶が、『謎の脅威』に破れられたのだ。フェーズ1も整わない不利な状況だったとはいえ、国民に与えたショックは大きかっただろう。


《さっきのニュースでは、怪獣は再び南下した、ってことだけれど実際問題……。あ、こういう言い方はよくないわね。あなたから軍事機密を訊きだしちゃうみたいで》

「ふっ、まあ、そうだな」


 嫌に真面目腐った洋子の口調に、俺は思わず頬を緩めてしまった。


「お偉いさんたちは何て言ってる? 首相や防衛大臣、官房長官の発言を知りたい」

《そうくると思った》


 少し待ってね、という言葉に続き、何やら紙が擦れ合う音が続く。

 ニュース内容を、洋子を中継して聞き知るのは俺のルーティンだった。デモ隊や、軍事行動に反対する有識者の意見といった事物から、できるだけ遠ざかっていたかったのだ。

 悪い癖だとは常々思っている。だが、心に靄を残したままで戦場には赴けない。


《まず首相から。えーっと――》


 首相は、とにかく落ち着いた調子で、国民に冷静さを保つよう呼びかけを続けている。

 防衛大臣は、前例のない事態であるとして、犠牲者が出たことに憤る国民の怒りをかわそうとしている。

 官房長官は、海外から軍事学・生物学の賢智を集め、直ちに怪獣の分析にあたるということを述べている。


 俺がしきりに感心していると、洋子は


《まだニュースを観る気にはなれない?》

「ああ。そうだな」


 さらに言えば、哨戒機からの映像を見返すつもりもない。

 あれだけまざまざと見せられた怪獣の暴れっぷりを、再度哨戒機からの映像で振り返りたくはなかった。

 その勇気がなかった。


 情けない。全く情けない。

 先に逝った彼らは、国民の生命財産を守るべく、全力を懸け、それでも敗れてしまったのだ。前線ではないにせよ、彼らの指揮を執ったのは俺だ。ということは、彼らを殺したのも俺だと言って過言ではないかもしれない。


「くっ……」

《信義さん?》

「ああ、聞いてるよ」

《そうそう、今日陸軍の軍曹さんがいらっしゃったわ。どうやら、軍属は批判を受けるから、その家族の元に暴徒が近寄らないように、っていうことみたい》

「ふむ。だがそんな警備をしていたら、余計に注目を浴びるんじゃないか?」

《大丈夫。兵隊さんやお巡りさんはいろんなところに立って警備に当たっていらっしゃるから、この家だけが目立つようなことはないわ》

「そう、か」


 俺は察した。きっと、中村だ。あいつが『飽くまでも目立たないように』軍属の家族を守るべく、警備要員を立たせたのだ。もしかしたら、警視庁にまで呼びかけてくれたのもあいつかもしれない。全く、無言実行は結構だが、水臭い奴だ。


「とりあえず、今の時点で俺が前線に立つことはない。作戦の立案と、それに必要な軍備を整えるだけだ。心配ご無用、だな」

《そう、よかった……》


 全く、何をそんなに心配しているんだ。そう言って聞かせようと思ったが、前回の電話で開口一番『馬鹿!』と叫ばれてしまったので、余計なことは言わないでおく。


「突然電話してしまって、世話をかけたな」

《いえ、そんな……。あ、美海!》


 少し遠くから、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。


《それじゃあなた、お気をつけて》

「ああ。お前も心配しすぎないでくれよ」

《ええ。できる限りは、ね》


 こうして俺は通話を切った。

 まさにその直後、


「武田少佐! いらっしゃいますか!」

「ん、一体どうした?」


 伝令の兵士と敬礼を交わしあった俺は、休憩室を兼ねたブリーフィングルームからUGOCへと大急ぎで戻った。

 待ち構えていたのは、黒崎だった。


「武田少佐、ご覧ください」


 見上げると、メインスクリーンが縦線で分割されていた。右側がバッジシステム、左側が哨戒機の映像だ。その意味するところを、俺はすぐに察した。

 

「怪獣の奴……。東京湾を出たのか?」

「そのようですな」


 相変わらず、黒崎は淡々と答えた。

 バッジシステムでは、東京湾の湾口に当たる部分で×印がついていた。怪獣が、最も外側の機雷のラインに引っかかったのだ。

 左側のリアル映像を見る。既に水柱は崩壊していたが、波が大きく同心円を描くようにうねっていた。そこから、僅かに赤い筋を残しながら、見慣れた背びれが南下していく。


「奴め……。東京湾から逃げ出したか」

「油断は禁物ですぞ、武田少佐。次にどこに現れるか、分からないということですからな」

 

 しかし、俺は黒崎ほど心配を抱いてはいなかった。

 フェーズ3は、お蔵入りになった。我々国防軍が、作戦のためとはいえ国民の財産を意図的に失わせる可能性が減ったのだ。


「怪獣は、しばらくは水深の浅い海域を行かざるを得ません」

「だが、現在の火力で叩ける相手ではない……。黒崎少佐。今は護衛艦と潜水艦に怪獣を追尾させましょう。もちろん、爆装させた状態で」

「了解。海軍との連携にあたります」


 全くの無感情さを貫いたまま、黒崎は海軍との通信オペレーターの元へ歩んでいった。


 通信と言えば――。


「航空管制オペレーター、昨日の軍事衛星の異常はどうなった?」

「はッ、復旧しました。現在は問題なく稼働しています」


 俺は正面に振り返った。

 すると、黒崎はそっと俺に近づき、


「お気をつけください、武田少佐」

「黒崎少佐、一体何を――」


 と言いかけて、俺は驚いた。黒崎は切れ長の瞳をぐっと見開き、俺に耳打ちするような距離に顔を寄せていたのだ。先ほどとは、まるで別人だ。


「今回軍事衛星の復旧には、米軍の開発したAIの助力を受けました。しかし、何の見返りもないとは考えられない」

「つまり?」


 すると、俺はさらに驚かされた。黒崎の顔に、焦燥にも似た感情が浮かんでいたからだ。

 黒崎は自分の唇を湿らせてから、


「その見返りとして日本政府は、怪獣の遺伝子を、米軍に優先的に提供するようです。どこからの情報なのかについてはお答えできかねますがね」


 そう言って、黒崎は顔を正面に戻した。


 軍事衛星の修繕に見返りが求められるのは当然だろう。しかし、それが怪獣の遺伝子だとは。

 表面的には、『怪獣を倒す方法を模索するために』研究すると言い張るだろう。それも嘘ではあるまい。

 だが、米国の技術力をもってすれば、怪獣の複製ができるのではないか。クローンだ。それを生物兵器として用いようというのなら、とても見逃すことのできる問題ではなかった。

 黒崎の、いつにない真剣な眼差しを思い出す。

 中村にでも相談すべきだろうか? いや、黒崎でも必死で手に入れた情報なのだ。他言無用だろう。


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、怪獣の動向は変わっていく。


「横須賀より、潜水艦『うずしお』、怪獣の追尾任務のために発進します」

「了解した」


 胸の前で腕を組んで、俺はそう答えた。

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