第29話

「ライブ映像をアップにしてくれ」

「了解」


 俺は飽くまで淡々と指示を出した。数十分前、警視庁に突入した黒崎たちの姿は消え去り、警視庁公安部の特殊通信室前の廊下がアップになる。この扉の向こうで、黒崎たちが『何か』を行っているのだ。

 扉は無論、防弾・防火仕様ではあるが、対戦車ロケット砲を撃ち込まれれば、扉も、中にいる者たちも無事では済むまい。巧みにバリケードを廊下に配置し、黒崎の部下たちが、重火器を使わせまいと自動小銃で牽制し続けている。

 が、人数の差があまりにも露骨に出ている。一人、また一人と、黒崎の部下たちは倒れ伏していく。画面の端から、正規の部隊がじりじりと距離を詰めてくるのが確認できた。


 すると、


《通信機器は破壊しても構わん! 突入して武装集団を射殺しろ!》

《RPGを使用する! 総員下がれ!》

《早く持って来い! 通信室ごと吹き飛ばすぞ!》

《カウントダウン省略! RPG、発射準備完了!》


 そして画面は真っ赤な炎と爆煙に包まれ、途絶した。

 が、しかし、


「武田司令! 武田司令!!」


 大声で呼ばれ、自分も『何事だ!!』と怒鳴り返す。だが、オペレーターから告げられたのは、思いもよらない一言だった。


「武田司令、たった今、爆発の直前にUGOCに送信されたデータがあります!」


 俺はそのオペレーターの元へ向かいながら、


「どこからだ?」

「警視庁公安部特殊通信室からです!」


 俺は思わず、そのオペレーターを突き飛ばすようにしながらコンソールに見入った。

 そんな俺の視界に入ってきた言葉は、


「遺書……?」


 俺はタッチパネルの要領で、そのファイルを開いた。


         ※


 武田信義・陸軍少佐、並びにUGOCの各員へ。

 自分は黒崎恭也・陸軍少佐である。少しばかり、自分の遺言にお付き合い願いたい。

 

 自分は三年前、カンボジアの治安維持活動中に左足を負傷し、戦場に立つことのできぬ身となってしまった。国家のために命を捧げる覚悟であったにも関わらず、である。

 帰国した自分は、もはや魂の抜けた、兵士の風上にも置けぬ流浪の者となっていた。

 しかし、カンボジアで通信兵を務めていた実績を佐々木佑蔵・陸軍准将に買われ、特別作戦顧問となった。様々な組織に出入りしつつ、国防に関わる作戦の補佐にあたるというのが、新たな自分の任務となったのだ。


 同時に、自分は極力、感情や思考を表現することを避けるようになった。諸君にはよほど不愛想に見えたであろうことは、想像に容易い。だが、自分の有する情報を、感情もろとも押し殺すにはそうするしかなかったのだ。些細な問題だったと思っていただければ幸いである。


 佐々木准将から託された今回の自分の任務は、武田少佐に気づかれることなく、彼の意に沿った行動を起こすことであった。

 あまり露骨に事を起こしては、武田少佐の意図が見えない。よって、しばし自分は彼の影となり、その時その時に合わせて事を起こすべく、情報収集にあたることとなった。そこから武田少佐の作戦に賛同したり、逆に反対したりすることで、彼に自らの真意をはっきりさせることが、具体的な自分の任務だった。例えば、メガフロート爆沈作戦など、彼は必ずや反対するであろうと准将はおっしゃっていた。また、感情的になり過ぎるきらいがある、とも。

 しかし、准将はもう一人のバックアップをつけた。中村秀樹・陸軍中佐である。これは本来ならば自分の関知することではなかったのだが、どうやら中村中佐の任務は、単純に武田少佐のなだめ役と、いざという時の代替司令官の二つをこなすことであったようだ。


 以上が、自分の立場、並びに知り得たことである。

 我々はこれより、警視庁に突入し、包囲された最後の一人がこのデータをUGOCに送信するよう手配してある。

 

 今後の武田少佐の健闘を祈っている。


         ※


「黒崎……」


 俺はガタン、と脱力しながら椅子に腰を下ろした。

 スクリーンを見上げると、特殊通信室に映像が切り替わっていた。入り口付近が真っ黒に焼け焦げ、黒崎の部下たちのものであろう、腕や足が転がっている。

 カメラがパンすると、部屋奥には、コンソールに上半身を預けるようにして伏している人間の姿が映った。全員が同じコンバットスーツを身に着けているとはいえ、ここ一ヶ月近く目にしてきた華奢な体格は見間違えようがない。

 

 突入から数分は経っただろうか。正規の部隊が特殊通信室を検める様子を、俺はぼんやりと眺めていた。部隊は、自動小銃の銃口で、うつ伏せの遺体を仰向けにしていく。ブービートラップの類は発見されない。潔い散り方だった。

 

「武田少佐……」


 遠慮がちに、オペレーターが声をかけてくる。

 俺は興奮と虚脱感の合間で『どうした?』と尋ねた。


「既に今作戦に携わっている将校は武田少佐だけです。ご指示を」

「ん……」


 俺は肘をテーブルにつき、その上で両手を組み合わせた。


 皆、逝ってしまったか。俺をなだめてくれた者、密かに支えてくれていた者、尊敬し続けた者。もし俺がもっとしっかりしていれば、彼らは捨て身の強行突入などしなかったのではないか。俺を守るために命を捨てはしなかったのではないか。


「やっぱり、俺の責任なのか……」


 オペレーターたちに聞こえないよう、ひっそりと呟く。

 その時だった。


「ん……」


 左胸に鈍痛が走った。中村の膝打ちでひびが入っていた肋骨が、無理をするなと訴えかけてきたようだ。痛み止めを注射してもらって何とかここまでやって来たが、一旦休むべきだろうか? いや、残された司令官は俺しかいないのだ。ここで俺が身を引くわけにはいかない。

 そっと胸元に手を伸ばし、掌を当てる。まだだ。怪獣を倒すまではもってくれ。


 それとも、通信用小型パッドを持って指示を出しながら医務室へ向かおうか。

 そんな弱気なことが脳裏をよぎった時、俺の掌に僅かな違和感があった。左胸のポケットだ。

 すっと手を入れると、


「これは……」


 佐々木准将のポケットから抜き取った、小さな紙片が入っていた。そういえば、まだ中身を検めていない。俺はUGOC内の微かな明かりの元で、その紙片に目を遣った。

 それは遺言でもなければ文書でもなく、一枚の写真だった。写っているのは、佐々木准将のご家族――息子夫婦とお孫さん――、それに俺と洋子と美海だ。今年の新年の挨拶に伺った際に撮ったものだろう。

 この写真に佐々木准将ご本人と奥様は写っていない。准将が自ら、シャッター役を買って出たのだ。奥様は数年前に亡くなられたと聞いている。


 次の瞬間、俺ははっとした。准将は、最期の最期に『わがまま』を俺に押しつけたのだ。

『どうか彼らを守ってくれ』――そんな准将の言葉が、俺の脳裏をよぎる。もちろん、それは准将の口から発せられた言葉ではない。だが、写真に写っている人々の笑顔を見れば、言わんとするところはあまりにも明らかだった。

 俺の頬を、一筋の生ぬるい水滴が滴っていく。


 守る。

 何としてでも守ってみせる。

 写真に写っている彼らだけではない。民間人も現場の兵士たちも、俺が身を捨ててでも守りきってやる。

 

 俺が誰にも気づかれないよう、そっと袖で目元を拭った。その時だった。


「目標現出! 東京湾を、品川区を目指し北上中!」


 その言葉を受けて、しかし俺に驚きはなかった。

 来るべくものが来た。それだけのこと。


 俺は胸の前でバチン、と拳と掌を打ちつけた。


「再度、目標の東京上陸を想定した作戦を開始する! 米軍に、小型無人爆撃機をありったけ飛ばせと通達しろ! 今度こそ、奴を止めて撃破する!」

「し、しかし司令、フェーズ3は……?」


 その言葉に、俺はUGOCの入り口に立ち尽くす人影に視線を遣った。


「サラ中佐」


 ぴくり、と肩を震わせるサラ中佐。


「は、はい」

「自分は、あなた方の立てた作戦を信頼します。そもそも、我々がフェーズ3と呼んでいたものですがね。メガフロート爆沈作戦に、国防軍は全面協力致しましょう」

「分かりました。しかし……」

「全責任は、鶴ケ岡総理が直接取られます。だからこそ、我々は最善を尽くし、作戦に臨まねばならない。住民たちの避難は済んでいます。今こそ、奴の足元をすくってやるのです。共に戦いましょう」


 俺と視線を合わせたサラ中佐は、大きく頷いた。

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