第30話

 ゴオオオォォォォォォォオオオ……


 怪獣はその上半身を露わにした。同時に轟く、重い咆哮。背びれだけ出して潜行していた時よりも遥かに威圧的だ。縄張り意識でもあるのだろう。

 だが、これ以上進ませるわけにはいかない。この先には、俺たちが守るべき国民の生命財産が根づいているのだ。怪獣ごときに破壊させてなるものか。


「無人攻撃機『プレデター』第一陣、目標射程範囲まであと三十秒!」

「第二陣、全機発進! 続いて第三、第四陣発進続く!」

「有毒ミサイル、第一射準備よし!」


「皆、打ち合わせ通りだ」

 

 俺は声を上げた。


「怪獣の背びれ、腰部にAMPミサイルの第一射を着弾させる。精密誘導を要するため、陸上から大型地対地ロケットランチャーを用いて発射する。プレデターが完全に怪獣の注意を引くまで待機だ」


 皆がメインスクリーンに釘づけとなった。爆炎に包まれる怪獣とその放射する熱線、そして次々に撃墜されていくプレデター。皆の息を飲む気配が伝わってくる。

 例外は俺とサラ中佐だった。俺はUGOCの後方から皆を見渡し、サラ中佐は俯いて自分を抱きしめるようにしながら佇んでいる。


 プレデター第五陣が全滅した、その時だった。


「目標転進! ゆっくりと南下し始めました!」


 俺は目を細め、哨戒機からの映像に見入った。

 蒸発した海水の白煙で見づらかったが、確かに怪獣は上半身を出したまま、陸地に背を向けている。


「有毒ミサイル、発射用意!」

《了解。発射体勢に入ります。カウント開始……》


 五から数えられ始めた数字はあっという間に一になり、零になって『発射!』という掛け声とともに勢いよく飛び出した。

 このAMPミサイルは特殊仕様だ。その重量ゆえに射程の短いAMPミサイルだが、第一射は陸上VLS――垂直発射システムから放たれる。その飛距離からすれば、メガフロートの罠にかかる前の怪獣を狙うことは可能だ。

 この一発が、東京の、日本の歴史を変える。

 

 ミサイルはどんどん距離を詰めていく。


「着弾まで、五、四……」


 それ以降、俺は数えていなかった。これで怪獣の熱線さえ防いでしまえば、こっちのものだ。

 そう思った矢先、ドン、と鈍い着弾音がした。


「な……?」


 俺は不快な違和感を覚えた。


 着弾したのは間違いない。問題は、そのタイミングだ。カウントダウンの元、ミサイルや砲弾の着弾時間を計るのには慣れている。五秒程度、俺が聞き間違えるはずがない。そして俺の感覚が正しければ、着弾音が早すぎるように思われたのだ。気のせいだろうか?


「ミサイル、直撃しました!」


 オペレーターの声に、おおっ、という興奮のざわめきが広がる。しかし、


「おい、本当に背びれに着弾したのか?」


 俺は確認を取ろうとする。だがそれよりも早く、プレデターの第六陣がありったけのミサイルを叩き込んだ。そして――その全弾が、怪獣の熱線により撃ち落とされた。


「目標、熱線は健在! プレデター部隊、全滅です!」


 有毒ミサイルの着弾は間違いない。しかし、もし『背びれのない部分に』着弾していたとしたら。


「カメラをVLS管制室と繋いでくれ。光学映像だ」


 オペレーターの返答と共に画面に映し出されたのは、悠々とメガフロートに足をかける怪獣の姿だった。そして俺の目に飛び込んできたのは、緑色の淡い光。AMPミサイルの着弾地点が目視確認できるように、マーカーとしてミサイルに取り付けられていたものだ。

 間違いない。有毒ミサイルは、怪獣の尻尾によって阻まれたのだ。


 ゆっくりと、怪獣が振り返る。あの時――俺が初めて奴と遭遇した時と同じ目をしている。

 俺は咄嗟にオペレーターを押しのけ、マイクを握った。


「VLS管制室、直ちに総員退避! 繰り返す、総員退避! 早急に――」


 と言い終える前に、怪獣は陸地の方へと振り返った。口元はルビーのような光をなみなみと湛えている。


「逃げろ!!」


 次の瞬間、スクリーンは真っ赤な炎を映しだし、ブラックアウトした。


「目標再び転進、メガフロートに上陸します!」


 オペレーターの声が響き渡る。それは驚嘆と絶望に彩られていた。

 AMPミサイルは、艦砲射撃用に八本が東京湾外のイージス艦に搭載されている。それに対し、陸上VLSに配置されているのは僅か二発だ。


「有毒ミサイル、二発目の発射用意! これが阻まれたら、奴の熱線を止めることはできん!」

「りょ、了解! VLS発射管制室、応答せよ!」

《こちらVLS管制、第二射、いつでも発射できます!》

「こちらUGOC司令、武田少佐。第一射と同じ軌道で、目標の背後を狙えるか?」

《はッ、試して――ん? 何だと?》

「どうした?」


 俺は噛みつくような勢いでマイクに口を近づけた。


「何があったのかと聞いている!」

《先ほどの熱線で、地下の機密ケーブルが破損! 高度照準システムが機能しません!》


 俺はマイクを握ったまま沈黙した。嫌な汗が掌に滲んでくる。


「どうすれば再度ロックオンできる?」

《さ、再度、ですか?》

「そうだ。何か方法は?」

《目標がもう少し接近してくれば、第二VLSの射程に入ります。しかしその場合、メガフロートを通り越して品川区への上陸を許すことに……》


 さて、どうする? 俺は自問した。

 今イージス艦から有毒ミサイルを一斉射しても、全弾が熱線で撃ち落とされるだろう。発射から着弾までの時間、言い換えれば奴に気づかれるまでの時間を、何としてでも短くしなければならない。


 考えろ。考えるんだ、武田信義。これでも将校だろう? いや、肩書はこの際どうでもいい。AMPミサイルの誘導ができればそれでいいのだ。

怪獣は上陸しかかっている。再度気を引いて、メガフロートまで引きつけなければ。それを行うには――。


 その時、俺の脳裏に輝くものがあった。


「おい、今屋上で待機中のヘリはあるか?」

「は、はッ? はい、AH-60D2の試験機が一機。現在多用途ヘリコプター離発着のため格納庫へと移動中で――」

「中止だ、直ちに止めさせろ!」


 そう叫ぶなり、俺はUGOCを出て防衛省屋上へのエレベーターに乗り込んだ。

 一度乗ってしまうと、思いの外俺の心は平静を取り戻した。微かに顎を上げ、上方に視線を遣る。

 

 突然屋上に現れた俺に、ヘリの整備班たちは驚きを隠せない様子だった。中途半端な敬礼を受けながら、駆け足で待機中のヘリに向かう。その途中、沿岸部で盛大に噴き上がる爆炎が見えた。


 整備士の一人が、慌てて駆け寄ってくる。


「武田少佐、何をなさるおつもりで?」


 だが俺はそんなことは気にも留めず、


「こいつは一人でも操縦可能だな?」

「はッ、火器管制システムも制御可能です。しかし現在は……」

「全部取り外してしまったんだろう?」

「は……」

「構わん」


 俺はベルトで身体を固定しながら素っ気なく告げた。他にも何か整備士が言っていたが、俺はフライトのスタンバイで忙しい。やがて回転翼が回り始め、整備士の声もかき消された。

 軽く指先でピッと敬礼しながら、俺はヘリを上昇させた。無造作に無線機を手に取り、回線をVLS管制システム第二射部隊に繋ぐ。


「こちら武田信義少佐、現在防衛省上空を旋回中の戦闘ヘリを捕捉できるか?」

《はッ、可能であります》

「これより本機は怪獣の腰部へ接近する。有毒ミサイルの照準を、この機体に合わせろ」

《な!? 何をおっしゃっているんです、少佐!?》


 俺はマイクをぎゅっと握り締めた。


「自分がミサイルの誘導を請け負う! このヘリに向かって、ミサイルを撃て!!」

《危険すぎます!》


 管制システムの応答は即座だった。


《少佐はどうなさるんです!?》

「怪獣の腰部に十分近づいたら、イジェクトしてパラシュート降下する! それまでは、ずっと狙い続けろ!! UGOCへの通信はそちらから頼む。通信終わり!!」


 俺は無線機の代わりに、操縦桿を握り締めた。

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