第19話

「武田少佐、君も腰かけたまえ」

「は、はッ!」


 何度目になるだろうか、俺は慌てて腰を下ろした。

 どうも頭がぼんやりして仕方がないのだ。しかしこれは、ウィスキーのせいではない。

 やはり、心のどこかで『夢を見ているんじゃないか?』と囁くもう一人の俺がいる。自分に架せられている任務が、あまりにも大きく、それでいて漠然としているからだ。地に足が着かないような感覚に囚われる。


 しかしそんなぼんやりとした感覚は、目の前の女性の鋭い目つきで霧散した。

 厳しく俺を責めたてるつもりはないらしい。だが、早く怪獣を駆逐しなければ、という義務感が彼女の瞳から放たれているようだ。正直、責められるよりもリアクションに困る。

 

 だが、そこは佐々木准将の前であることもあってか、サラ中佐はすぐさま立体映像装置の調整にかかった。

 准将が部屋のライトを消す。すると、何らかの形を取ろうとしている映像の青白い光が、俺たち三人の顔を下から照らし出すような形になった。

 するとすぐさま、立体映像は形を成し始めた。怪獣の姿へと。


「これは米国の人工衛星が捉えた映像です」


 淡々と、サラ中佐が語る。

 映像の中では、怪獣が『いそかぜ』を撃沈し、真っ二つにするところだった。

 俺は目を逸らしたくなるところを、必死で我慢した。乗組員たちの死を無駄にしないためには、これらの映像の分析・解析を迅速かつ詳細に行うべきだ。

 俺は上官たちの前であることを一旦忘れ、パチンと自分の両頬を叩いた。


「武田少佐?」

「ああ、失礼しましたサラ中佐。お続けください」


 サラ中佐はこちらに頷いてみせてから、立体映像を再生した。

 

 映像が切り替わる。今度はフェーズ1が始動してからの映像だ。怪獣が機雷に引っかかり、水柱が上がる。ヘリ部隊が攻撃をしかけるも、怪獣の火球により攻撃は失敗。

 とそこで、映像はブラックアウトした。


 どうしたんです、と尋ねるのも野暮だと思い、俺は顔をしかめるに止めた。しかしサラ中佐は、思いがけないことを口にした。


「我々の軍事衛星が、何者かにハッキングされて映像を捉えることができなくなりました」


 何だって? 米軍もジャミングされたのか? こうもあっさり事実を述べられてしまうと、さすがの俺も問い詰めるような口調になってしまう。


「一体誰が?」


 サラ中佐は少し俯いてから、ぱっと目を上げた。


「それは我々にとっても不明です。中国、ロシア、韓国など、東アジアの国々にも確認を取りましたが、不穏な動きは見られませんでした」

「米国内での組織の軋轢ということは考えられませんか? CIAとNSAの確執は、時に過激になると聞いておりますが」

「しかしこれは、他国のものとはいえ実戦にあたる事案です。米国内のいざこざは国防総省がきっちり抑えております。これは自信を持って申し上げられることです」


 ふむ。日本だけでなく米国も情報妨害にあったというのは、怪獣対策という事案を始めるにあたり、第三者が関与している可能性がある。

 しかも、その第三者は、怪獣の一挙手一投足をチェックできる立場にいる。

 俺の脳裏に、UGOCの面々の顔が去来する。


 誰だ? いや、誰にそんなことができる?

 ふと頭をよぎったのは、まず誰よりも黒崎少佐だ。確かに彼も、時折気遣いの言葉をかけてくれるようになった。とはいえ、彼を人間として好いているかと訊かれれば、俺は中途半端な解答しかできまい。本来ならば皆で共有すべき情報や、作戦立案に必要な資料を独り占めしているのではないか。黒崎に対するそんな疑念が、頭から離れない。

 俺の妄想だと言われればそれまでだろう。だが、こうしてサラ中佐からの具申の後では、より警戒すべきだと俺は判断した。


 しかし、今は准将に報告すべき時ではない。


「武田少佐、大丈夫ですか?」

「は、はッ! 失礼しました、映像に集中します」


 サラ中佐の気遣いにはっとしつつ、俺は再び映像に目を遣った。


「実際問題として、あなた方日本国防軍は、為すべきことはきちんと為されていらっしゃいます。事実、犠牲者を出しつつも、怪獣を追い返すぶんには一定の効果を上げている。問題は、怪獣が再度出現した場合、怪獣が進化を遂げている、ということです」


 ふむ。確かに、怪獣は火球や熱線を吐けるようになったり、地雷に対して有効な誤爆手段を手に入れたりと、次々に訪れる危機に際し、すぐに順応していっている。

 『追い返す』ぶんには、我々は善戦しているのかもしれない。しかし、それは所詮対処療法であり、何よりも部下たちの死の上に脚立しての話だ。とても褒められたものではない。


 何としてでも、怪獣の息の根を止めなければ。


 俺はソファに腰を下ろしたまま、膝の上に載せた拳をぎゅっと握り締めた。


「これが、我々の攻撃計画です」


 俺が注視している映像が切り替わり、何やら槍状のものが浮かび上がった。一見するとミサイルのようだが、


「これ、というのは?」

「有毒液を怪獣の血管に注ぎ込むための注射器です」


 俺は首を傾げた。ミサイルで注射をしろということか? 


「武田少佐のご懸念はお察しします。突拍子もない計画ですからね。それでも、一応聞いていただきませんと、対策も何もありません。ご辛抱を」


 別に辛抱していたわけではないが、サラ中佐の指摘は半ば的を射ていた。

 今までは主に爆薬に頼っていた怪獣対策。それが、有機化学的なものにシフトしようとしている。それに対する疑念が顔に出てしまっていたのだろう。


「し、失礼致しました、サラ中佐。お続けください」

「では」


 サラ中佐は映像端末を操作した。すると、一見貧弱に見えた注射器状のミサイルに、掘削現場で使うような巨大なドリルの弾頭が取りつけられた。単なる円錐ではなく、歪な棘がいくつもついている。

 俺は間を置かずに尋ねた。


「この弾頭は?」

「怪獣の遺伝子情報から割り出した、硬度の高い表皮を破るために開発した貫通弾頭です」


 怪獣の血管を傷つけ、そこから毒を注入するわけか。


「用いられる毒素の強度は?」

「怪獣の遺伝子情報に関することですので、こちらでは詳細は割愛しますが……。人間を相手にした場合、一ミリリットルあたり五十名は殺害することができます。一瞬で」


 もちろん、怪獣の表皮を破って血管に注入できれば、とサラ中佐は続けた。


「我々は略称として、AMPミサイルと呼んでいます」

「その毒薬――AMPですが、どのくらいの量がありますか? ミサイルに換算すると、何基分になるでしょう?」

「それは難しい問題ですね。しかし、量の前に考えねばならないことがあります」

「何です?」


 俺の問いに、しかしサラ中佐はどこか余裕をもって答える。


「これは特殊弾頭ミサイルです。既存の戦車や迫撃砲からの発射することはできません」


 そうか。言われてみればそうだ。先ほどの立体映像で見たところでは、大型爆撃機か艦艇のVLS、あるいは軍事衛星からの発射しか思いつかない。いや、最後の案はあまりにも考えが飛躍しすぎか。


「そしてその量ですが」


 サラ中佐が視線を上げた。


「今ご覧いただいたミサイルには、全て同量の毒素が封印されています。弾数は十基です」

「十基……」


 どのような方法で撃ち込むかを考える前に、俺は先ほどのゴルフ場での戦闘を思い返していた。

 あれだけの砲弾、機銃弾、地雷を喰らわせておいて、なお倒れなかった奴だ。そんな奴を、どうやって止めるというのか。

 いや、毒物を注射する、ということは分かっている。だが、それがたったの十基。それだけの攻撃で奴を止めるというのは、あまり現実味がないように思えてならなかった。


「作戦の概要は理解しました、サラ特務中佐」


 佐々木准将が穏やかに口を開いた。


「武田少佐、君は休め。目の下に隈ができているぞ」

「え? あ、はッ」


 俺は慌てて立ち上がった。不意に軽い眩暈がしたが、足を踏ん張って准将からは見えないようにした。――つもりだが、きっと俺が無茶をしているのは准将も承知のことだろう。


「たまにはベッドで横になった方がいい。医務室が空いているだろう」

「し、しかし、中村中佐も黒崎少佐も、皆空き部屋でどうにかしています。自分も……」

「よさんか」


 先ほどよりは少し険のある声音で、准将が俺の言葉を遮った。


「よもや、もう私の言葉を忘れたわけではあるまい?」

「あ……、長が倒れて組織が停滞するのが一番の問題だと?」


 准将は大きく頷いた。横からは、サラ中佐の気遣わしげな視線も感じる。


「では、わたくし武田少佐は医務室にて待機……いや、休息させていただきます」

「結構だ」

「では」


 いつも通りの敬礼と返礼を経て、俺は佐々木准将の執務室を出た。

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