第14話

「何をやっている? 戦車隊は直ちに後退だ! 命令だぞ!」

《しかし少佐、目標は、次は避難民を乗せたチヌークを狙うかもしれません! 我々が最後の盾になります!》


 最後の盾――いつか俺が使った言葉だ。

 それに気づいた刹那、俺は悟った。自分が想像していたことと、現実の自分とのギャップが深い溝を成していることを。

 面識はないが、戦車隊隊長は命令を無視してまで、国民の避難までの時間稼ぎをしようとしている。

 そう、飽くまで『時間稼ぎ』なのだ。自分の生命の保証など、二の次、三の次にしか思っていないのだろう。


《戦車隊よりUGOC、これより第五波攻撃を開始する!》


 砲塔の回転する音が、イヤホン越しに聞こえてくる。

 一方の怪獣はと言えば、再びかぶりを振るような動作をして、スモーク弾の残滓を振り払っている。と同時に、赤紫の光が、怪獣の背びれと口元から溢れ出した。


《第五波、攻撃開始!》


 それが、戦車隊隊長の最期の言葉となった。

 怪獣は、突然二方向からの砲撃を受け、一旦顔を引いた。しかし、すぐに前傾姿勢を取り、自分から見て左側、南方に展開した戦車隊に目を遣った。

 直後、再び熱線が織りなす轟音とともに、そちらに展開中の戦車隊は大爆発を起こした。


「こちらUGOC、戦車隊、損耗を知らせろ!」

《……》

「戦車隊、どうした?」


 しばしノイズが入った後、


《こちら戦車隊副隊長車、目標の北部より砲撃中! 隊長車は音信不通! 爆発、または溶解した模様!》


 ダン、と俺はテーブルを叩いた。

 また俺のせいで、部下の命が……!


《UGOC、指示を願います! 命令を!》


 部下の命を考えれば、全員戦車を捨てて避難民に紛れ込むのが一番だろう。だがそれは、『国防軍』の名の元に活動している『一個の人間』にとって、あまりにも不名誉な、汚名を着せられるようなことではあるまいか。


 すると、横合いから思いっきり引っ叩かれた。


「ぐあ!?」


 狼狽の極みにあった俺は、呆気なく椅子につまづき、転がり落ちる。

 すると、引っ叩いた張本人、中村が


「通信貰うぞ、武田!」


 と言った。目の前のコンソールにコードを打ち込み、自分と戦車隊副隊長の通信を始める。


「こちらUGOC、残存する戦車隊は、南北に展開しつつ一時待機!」

《了解!》

「オペレーター、住民の避難状況は?」

「全十機のチヌーク、発進しました! 怪獣を刺激しないよう、低空で南北に散開していきます!」

「よし」


 俺は立ち上がりながら、中村の横顔を眺めた。

 冷静ではある。しかし、何かに心臓を鷲掴みにされているかのような、不自然な緊張感を放っている。


「オペレーター! 回線を『いずも』へ繋げ!」

「了解!」


 その言葉が、俺の耳に突き刺さった。

 今さらイージス艦に何をしろというのか?

 

 俺の疑念に全く気づかず、中村は命令を続けた。


「VLS、発射用意! 目標に上空から爆弾の雨を降らせろ!」

《了解、VLS、発射体勢に入ります》


 VLSとは、甲板から垂直にミサイルを撃ち上げる攻撃方法だ。あらかじめ地形をプログラムされたミサイルが、自動で飛行して目標を狙う。


《VLS、発射準備完了。発射許可を請う》

「よし、発射を――」

「ま、待てッ!」


 俺はテーブルに腕をつきながら立ち上がった。


「まだチヌークが付近飛行中です! それに、まだ隠れて動けない住民がいる可能性もあります! VLSを使うにはあまりに危険です!」


 中村は、縋りつく俺に一瞥をくれながら


「発射を許可する」


 俺ははっとしてスクリーンに目を遣った。画面右下に小型の枠があり、そこには『いずも』の甲板が映されている。


《発射許可を確認。五、四、三、二、一、てッ!》


 映像に音声はついていなかったが、それでもミサイルが発射された瞬間の爆炎は俺の目を焼くように輝いた。続いて真っ白い煙の筋が、空高く昇っていく。

 俺は再び中村を見た。しかし、


「……中村?」


 聞こえるか聞こえないかという、微かな声でその名を呟く。

 その横顔は、嫌に緊張していた。否、『気味の悪い』緊張感を漲らせていた。

 一体どうしたんだ?


 その直後、


「巡航ミサイル、バッジに映します!」


 すると、赤色の怪獣、黄色の戦車に加えて、青色のミサイル――無論、VLSで発射されたものだ――が新たに表示された。怪獣とも戦車とも比較にならない高速度だ。その数は、四つ。


 再び中村に視線を遣ると、中村は瞬きもせずにじっとスクリーンを見つめていた。ゴクリ、と唾を飲む。

 どうしたんだ、中村? そう尋ねたいのは山々だったが、作戦中であることと、中村自身の、あまりに険しい表情に、声をかけるのはためらわれた。


 つい一週間前は、俺の方が先走り過ぎていた。中村は、そんな俺をなだめてくれる立場だったはずだ。そんな彼が、俺から主導権を奪ってまで、危険極まりない攻撃を実施している。

 何があったんだ? 俺たちと怪獣の周囲で、一体何が起こっている?


「巡航ミサイル、着弾まで、五、四、三、二、一!」

 

 寸分たがわず、四発のミサイルは怪獣に食いついた。中継映像の画面が真っ赤になる。バッジの画面には『HIT』と表示され、青色のバッジは消滅した。

 

爆炎が爆煙に変わり、半分が黒に染まるスクリーン。

UGOCのスピーカーからは、ゴァァァ、という怪獣の呻き声が聞こえる。


 その時になって、ようやくバッジシステム内に戦闘機、F-2五機編隊を現す緑色のマーカーが現れた。


「武田、命令系統をお前に戻すぞ」


 中村は、今度は俺の頬を軽く叩いた。

 

 俺は、中村を問い詰めたかった。一体何故、国民の命を犠牲にするような作戦を実行したのか。無論、それは『いずも』からのVLS攻撃のことだ。

 互いにその手腕を認め合い、信じあってきた俺と中村。その間に、深い亀裂が入ったように思われた。こんなことで、UGOCをまとめられるものか。


 だが、そんなことを考える猶予は、俺には与えられなかった。


「武田司令、怪獣の映像を光学で捕捉! スクリーンに回します!」

「ああ、頼む」


 俺はいつになく覇気のない声音で応じた。

 するとそこには、


 グルルルルルルル……


 前のめりに倒れた怪獣の姿があった。周囲の瓦礫やアスファルトに、真っ赤な鮮血が染み込んでいく。

 しかし、それでも怪獣は立ち上がった。

 その鋭い視線にはっとさせられた俺は、ようやく自分が司令官であることを思い出した。


「UGOCよりF-2編隊、目標に攻撃は行わず、両翼のライトを点滅させて攪乱しろ。そのままゆっくり、海上へとおびき出すんだ」

《了解》

「それから航空管制オペレーター、高高度までの情報が要る。軍事衛星からの映像を使いたい。できるか?」

「はッ、同じバグは生じ得ないというのが、米国AIの結論です」

「了解。その映像をこちらに回してくれ」


 随分高い買い物になったな、と俺は思った。もっとも、日本の軍事衛星に妨害を加えた犯人は米国なのかもしれない。怪獣の遺伝子情報をより多く回収するために仕掛けた謀略なのではないか、と疑いもした。

 だが今の俺たちにできるのは、自分たちなりにベストを尽くすことだ。それ以上でもそれ以下でもない――と、いうのが、命の遣り取りをしながら思うことではある。


「映像、来ました!」

「よし」

 

 俺は視線を上げて、スクリーンに見入った。怪獣は足を止めずに、しかし時折上空を見上げながら前進している。怪獣の進行速度を遅くすることはできたが、怪獣は内陸への侵攻を止めようとしない。

 一体何が、奴を惹きつけるのか? いや、それは後から考えればいいことだ。


 俺は怪獣の挙動の一つ一つに見入った。ある程度距離を取り、しかし高速で目前を横切っていく戦闘機を、怪獣はどんな思いで見つめているのだろう?


「怪獣の進路は?」

 

俺がスクリーンに注視したまま問いかけると、


「一旦房総半島を横断し、そこから東京湾に入るようです。外傷は見られますが、現在展開中の部隊の攻撃で撃滅できるかどうかは……」


 つまり俺たちは、怪獣に対して、千葉県へ大打撃を与える口実を与えてしまったわけだ。

 チヌークで脱出した住民はまだしも、怪獣危険警報から避難命令が出され、どれだけの住民が逃走に成功するだろうか?

 

 俺はじっと、スクリーン上の怪獣を見つめていた。ストンと腰を下ろし、ヘルメットを脱いで、腕をだらんとぶら下げたまま。

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