第4話

 十数分の説明が終わり、総理は記者会見準備のために退出した。これだけの異常事態が起こっていながら、報告が十数分で終わってしまうのは、心細いものを感じざるを得ない。

 しかし、実際その程度のことしか分かっていないのは事実だ。それに下手に総理を引き留めるわけにはいかない。国民への説明を疎かにしては、余計な騒ぎを二重、三重に広げかねない。

 ここから先は、防衛大臣同席の元、俺たち軍人が具体的な作戦計画を行うこととなる。


「では、第一次から第四次報告に基づく、怪獣への対処検討会を開始します。司会進行は私、菅原辰巳・副官房長官が務めさせていただきます」


 眼鏡姿で痩躯な副官房長官が立ち上がり、


「えっと、まずは、ですね……あれ? この資料、違うんじゃないか?」


 俺は音もなくため息をついた。おいおい、しっかりしてくれよ。


「えー、失礼しました。まず初めに、武田信義・少佐より、怪獣との遭遇時の状況を説明願います」

「はッ」


 俺は再び立ち上がった。正直、先ほどと同じことを述べても仕方がない。そう思い、俺は順を追って詳細に説明することにした。


 映画館のシアターホールの崩壊。

 瓦礫の合間からの男児の救出。

 廊下が、恐らくは怪獣の尻尾によって破壊されたこと。

 何とか脱出し、怪獣の背後からの全景を肉眼で確認したこと。


「以上です」

「何か効果的な策はあるかね? 具体的に、小銃から機関銃、戦車・迫撃砲による砲撃、航空機による空爆など、何でもいい」


 手持無沙汰にペン回しをしていたある大佐が、つっけんどんに尋ねてきた。今回の作戦の中心にいるのが自分でないことに不満らしい。


 これだから、実戦を知らない連中は……。


 俺は、実戦経験者を舐めるなという意味合いのことを言おうとしたが、


「官房長官の前だ。控えろ」

 

 と、中村が叱責した。わざと大声で言ったところからすると、俺が大佐に怒りを覚えていることを皆に知らしめてくれたようだ。

 その時、


「あー、失敬。大切なことを言い忘れておりました」


 緊張感をぶち壊すような声で、黒崎が口を挟んだ。


「環境保護団体及び希少生物保護連盟には口出しできないように根回ししておきました。その点はご心配なく」


 黒崎が微かに唇の端を吊り上げたのを、俺は見逃さなかった。自分には何でもできる、とでも思っているのだろうか。

 しかし、これ以上頭に血が上るようでは、俺に前線指揮は執れない。

 俺は会議室全体に


「では、まずは防衛海軍並びに空軍による、怪獣の捜索を提言します。怪獣の体長からして、そう素早く、かつ遠くへ移動するのは困難と思われます。東京湾内に今現在も潜伏している可能性が高いものと推測され、各埋め立て地・メガフロートへの再上陸の可能性も高い。早期発見・及び排除行動が求められる事案であると考えます」


 すると、同席していた海軍少佐が挙手しながら立ち上がった。


「しかし、それほどの規模の部隊展開が必要とされるのでは、国会での承認が必要となりますが? 怪獣対策法案とでも申しますか……」

「何らかの特措法を立てている時間はありません!」

 

 俺は軽く身を乗り出した。

 

「相手は生物です。いつどこに現れるか、大まかな予測は立てられますが、待ってはくれません。今回作戦指揮を執る者として、特措法の立案には反対――いえ、認めません」


 この俺の発言に、相手の海軍少佐は元より、この部屋中の皆が驚いたようだ。ただ一人、佐々木准将だけが、納得したように腕を組み、涼しい顔で目をつむっていた。


         ※


「全く、さっきは肝を冷やしたぞ」

「ああ、心配をかけたな」


 会議の後、中村が肩を叩いてきた。今、俺たちは肩を並べて防衛省の廊下を歩いている。


「一体何を言い出すのかと思えば、海・空軍に無茶な捜索をやれと言う。お前は陸軍の人間なんだぞ? 縦割り機構が緩んできたとはいえ、この国で事を起こすには、根回しってのが必要なんだ」


 しかし、俺は肩を竦めた。


「俺たちも動くさ。怪獣が上陸したら、地上攻撃で首都を守る。俺たちが最終防衛線になるんだ」

「ま、頼りにしてるぞ、武田信義・陸軍少佐殿」

「光栄だ、中村秀樹・陸軍中佐殿」


 かしこまるなよと言って、中村は軍靴の音を立てて廊下を真っ直ぐに歩いていった。


「さて、と……」


 俺は先ほど、中村が肩を並べていた左側に目を遣った。

 そこには、『UGOC』の文字の書かれたスライドドアがある。


『Under Ground Operation Center』


 地下情報作戦室。耐テロ攻撃に備えた、地下に配された『要塞』。

 大規模地震・他国による軍事攻撃・その他あらゆる危機管理を、多様な視点から解析し、収束に結びつけるための特殊作戦室。


 俺は懐から電子カードを取り出し、スキャナーにすっと通した。

 すると、ピピッ、という音がして、壁がスライド式に開いた。続いているのは、これまでの廊下と何ら変わらない通路だ。

 それでも、俺はすっと気温が下がったような錯覚に襲われた。UGOCのシステムに関するレクチャーは受けている。しかし、この地下要塞を使うような事態に陥っているのは事実だ。俺は不安とも焦りともつかない感覚に囚われた。

 そんなことでどうする。お前は今回の作戦の責任者であり、立案者なんだぞ。

 自分自身を叱咤するようにして、俺はスライドドアの向こうへと踏み込んだ。動悸がやや激しくなるのを自覚しつつ、俺は怪獣さながらにゆっくりと歩み入った。


 そこからは、様々な個人認証システムをクリアしなければならなかった。

 指紋認証はもちろんのこと、全身のCTスキャン、それに眼球の毛細血管認証までが必要とされた。

 一つ一つの扉につき当たる度、俺は嫌な緊張感に包まれた。それでも、俺はきちんと認識されたとみえて、全ての防護扉をクリアした。が、もし今回の事案、通称『怪獣排除作戦』に関係のないと判断された者が通過を試みると、すぐさま警備兵が小銃を構えて駆けつけることになっている。

 また、警備兵とて自由に出入りできるはずはない。この個人認証システムを一時的にクリアできるのは、その日当直の警備兵だけだ。無論、その前に強行突入を試みた愚か者がいればの話だが。


 俺は最後の階段を下りきって、最後のスライドドアを開けた。すると、


「作戦フェーズ1開始まで、あと五時間。防衛海軍・空軍、ローテーション通りの陣形を取れ」

「関係する全艦船及び航空機、発艦・発進準備急げ」

「東京湾内の全埋め立て地及びメガフロート、これより住民の避難誘導態勢に入る」 


 キビキビとした指示が飛ばされる中、俺はその薄暗い部屋――UGOCに入室した。

 前回来た時も思ったが、随分と広い。構造は、床は大学の講義室のように階段状になっている。その上に、半円形に連結したテーブルと椅子が並び、正面にはメインスクリーンがシアタールームのように配されている。俺は一瞬、目をぎゅっとつぶって昨日の悲劇を頭から追い出した。

 見上げれば。真横の席からも同じ映像が提供できるよう、すこし小さ目のサブスクリーンが天井から吊り下げられている。

 

 ちなみに『薄暗い』理由は簡単だ。UGOCには照明機器が一切取りつけられていないから。代わりにスクリーンと、各座席に設けられた立体映像システムが、淡い光を発している。

 スクリーンはフルカラーで、哨戒機の捉えた海上の映像を映し、座席の立体映像はやや派手な色彩で様々な情報を表示している。


 さて、俺は今回の作戦の責任者として、何かしら気を引き締める言葉を言っておかねばならない。壁沿いに歩き、正面のメインスクリーン前にある演台に立つ。


「あー、皆、手を休めずに聞いてくれ。私は武田信義・陸軍少佐だ。ここには現在、陸海空の区分を問わず、優秀なオペレーター諸君が集まってくれていることと思う。早速だが、我々の今回の敵は『怪獣』だ。意思の疎通はおろか、懇願も交渉も通用しない。外交ルートなど使い道にならない。我々が、我々の手で倒さなければならない『目標』だ。そのことを肝に銘じてほしい」


『以上』と言いかけた、まさにその時だった。


「東京湾内に、所属不明の航行物を捕捉! 繰り返す、東京湾内に所属不明の航行物を捕捉!」


 俺ははっとした。


「映像、出せるか?」

「まだフェーズ1に入るには時間が……」


 俺はがばっと振り返り、


「構わん! 最寄の駆逐艦に、海対海攻撃準備をさせろ! で、映像は?」

「駆逐艦『いそかぜ』所属の哨戒機の映像です! 出します!」

「よし!」


 俺は肩で空を斬るようにして、視線をスクリーンに戻した。


「こいつは……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る