第17話

 怪獣の勢いは、それに止まらなかった。炎の中、踵で地面を滑るようにして、その場で立ったまま一回転したのだ。

 

《回避不能! 後退できません! UGOC、指示を――》


 そこで、指揮車からの連絡は途絶えた。長大な尻尾が、戦車隊を薙ぎ払ったのだ。


「指揮車、損耗状況知らせ」

《……》

「指揮車、どうした!」


 中村は立ったまま拳をテーブルに叩きつけた。

 やはり、今の中村は冷静さを失っている。我を忘れていると言ってもいい。中村の指揮下でこんなことが起こるとは。だが、一番それを痛感しているのは中村自身だろう。ガタン、と音を立てて、中村は腰を下ろした。


「中村中佐、目標に対し、残存するヘリ部隊による状況査定を提案します」


 俺はゆっくりとそう述べた。今指揮を執っているのが自分ではないという事実が、俺の心に余裕を与えたのかもしれない。

 しかし、そんな俺の言葉を中村は完全に無視。一瞥さえくれやしない。これではどちらがなだめ役なのか分からない。だが、一応俺の提案を聞いてはいたのか、中村は


「誘導、戦闘どちらでもいい。ヘリ部隊、上空から偵察して、戦車隊の損耗状況を知らせ」

《了解》


 怪獣はその場で仁王立ちの体勢に戻り、慎重にあたりを見回している。


《現状、戦車隊C組は壊滅。A、B両組及び迫撃砲部隊は現在位置で待機中……いや、A組にも損傷した車両がある模様》

「戦闘ヘリ部隊、残存する兵器は?」

《こちら隊長機、全機ミサイル及び誘導弾、残弾なし。機銃砲も同じ。作戦続行の是非を問う》


 先ほどの長時間一斉射撃が仇となった形だ。中村は怪獣を何とか食い止めようと、躍起になりすぎてしまった。しかし、怪獣の方が一枚上手だったのだろう。その強固な身体をもって、あれだけの攻撃を耐えきったのだ。それに、あの状況分析能力。自らの置かれた状況を、何と正確に把握していたことか。

 

 俺も中村も無言。スクリーンの一角、指揮車からの映像は断絶したままで、スクリーンに染みを作るかのように真っ暗になっている。


「全地上部隊及びヘリ部隊へ。作戦中止。繰り返す。作戦中止。攻撃体勢を解き、目標から距離をとれ。地上部隊は、一旦車両を置き、搭乗員のみ脱出せよ。目標を刺激するな」


 様々なところからの『了解』という復唱を耳にしながら、中村は耳に装着していた小型イヤホンを外し、ぎゅっと拳を握り締めて、バラバラになるほど潰してしまった。


 俺は中村に声をかけてやりたかったが、かけようがなかった。まるで自分自身の『こうあってはならない』という姿を眼前に突きつけられたようで。

 一つ違うのは、中村は放心状態になりはせず、俯いて次の作戦を考え始めている、ということだ。

 殉職者やその遺族を気遣うことよりも、自らを軍人と規定し、目標の撃滅に全力を傾注しようとしている。その姿を軍人の鑑と見るか、それとも血も涙もない男と見るか。それは、中村秀樹という人間と出会った人が、それぞれに違った印象を持つところだろう。

 

 俺はと言えば、今だに呆けたままだった。あれほどの友軍が命を落としたというのに、その実感が湧いてこない。思考が浮ついて、現状に全くついていけない。自分が何故今ここにいるのか、それさえも危うく認識しかねるような状態だった。


「……少佐、武田少佐」

 

 そう穏やかに声をかけてきたのは、


「ああ、黒崎少佐……」

「司令官交代の時刻です。どうぞお休みになってください」


 その時の黒崎の顔は、確かに気遣わしげな雰囲気があった。それこそポーカーフェイスなのかもしれないが。

 しかし、俺はそんなことに頓着することなく、


「は、はッ……」


 と締まりのない復唱をして立ち上がり、UGOCの出入り口へと向かう。その時だった。


「武田少佐!」


 珍しい。黒崎が大声で他人を、それも俺を呼んでいる。

 黒崎は、室内の段々畑のような階段を駆け上がり、


「これを」

「何です?」


 くしゃくしゃになった紙の感触が掌に当たった。


「これを、私に?」

「はい。武田少佐にお渡しするようにと、ここに来る途中に衛兵に頼まれましてね。私も何が書かれているかは私も存じません。そのご様子ですと、少しお休みになってからの方がいいかもしれませんが」

「構いません」


 俺はすぐに紙を開こうとして、黒崎が目を逸らすのが視界に入った。


「ああ、失礼。黒崎少佐は関知すべきことではありませんね」

「そういうことです。では、ご無理をなさらずに」


 口早にそう言うと、黒崎は中村の隣の席へと歩んでいった。


         ※


 UGOC及び認証システムを抜けて、俺は手渡された紙を開いた。破り散らすわけにはいかない。しかし、急いで内容を確認したい。俺には、この紙を託した人間の目星がついている。確信していたと言ってもいい。

 するとそこには、


『この紙片を確認次第、私の執務室へ』


 という達筆な筆書きでの文字と、四角形の赤い判子が押されていた。


「一体何事だ……?」

 

 俺は首を捻った。しかし『この方』からのお呼びとあっては、よっぽどのことなのだろう。半分ほど脳みそがスッキリしたような気分で、迷彩服から制服に着替えた。

 防衛省の二階に上がり、両側に扉が並ぶ廊下を歩く。窓がないので時計を見ると、時刻は午前三時五十一分だった。まあ、『この方』も眠らずにお待ちなのだろうから、ノックに遠慮はいらないだろう。

 一旦唇を湿らせた俺は、『この方』と一対一で対面するのは久しぶりだな、と思い、背筋が固まるような錯覚に囚われた。しかし、いざノックしようと拳を上げた瞬間、


「入ってくれ」


 重くてよく響く声が返ってきた。いや、こちらはノックすらしていないのだから『返ってくる』も何もないのか。

 そんな声音の中に、一抹の優しさを感じた俺は、ふう、とため息をついてから、失礼します、と声を上げて木製の大きな扉のノブを捻った。


「夜分遅くにすまんな、武田信義・陸軍少佐」

「いえ、自分は全く構いません、佐々木佑蔵・陸軍准将閣下」

「いやいや、『閣下』は止めんか、『閣下』は」

「はッ、失礼しました」

「まあ、その真面目なところが君の美徳の一つだがな、武田少佐」


 快活で余裕のある口調で、准将は言った。豊かな白髪の下、顔に皺を寄せるようにして笑みを作っている。しかし、そのしっかりと張った肩は、いかに彼が熱心に身体を鍛えてきたかを窺わせる。


「一杯、どうかね」


 煙草を嗜むことのない准将は、そこそこ値の張るウィスキーの瓶を掲げていた。


「いえ、自分は任務中でして」

「そう固いことを言うな」


 言いながら、准将はショットグラス二つにウィスキーを注ぐ。

 

「武田くん、中村くん、黒崎くんの三人に今回の怪獣騒動を任せたのは、半ば私の独断なのだ」


 慎重にグラスを口元に遣っていた俺は、思わずむせ返りそうになった。


「じゅ、准将がご自分で、わたくしのサポート役に二人を?」

「うむ」


 一杯目は既に空けてしまったのか、准将は同じグラスに二杯目をなみなみと注いだ。


「おっと、失敬。適当に座ってくれ」

「は、はッ」


 佐々木准将の部屋の造りは簡単だ。

 正面奥に准将の執務机があり、手前に左右対面型に置かれたソファと、その間に低いテーブルがある。古めかしいが、綺麗に、丁寧に扱われてきたらしく、軍事施設にあるのが稀有に思われるくらいの輝きを放っている。


「奇妙なものでな、こんな国難にある時こそ、酒が美味い。全く、指揮官には向いとらんことこの上ないないな」

「はッ、あ、いえ、そんなことは……」


 今が戦国時代ならばちょうどいいのだが。そう言って、准将はグラスを揺らした。それから、おずおずとソファに腰かけた俺の顔を、じっと落ち着きのある態度で見つめた。

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