第16話

 ドン、というやや掠れた音が、絶え間なく響き渡る。これがもし、その場で聞いた砲撃音であったなら、一時的に聴覚が麻痺していたかもしれない。

 怪獣の様子に目を移す。どうやら怪獣は、砲撃されるまで部隊の存在に気づかなかったようだ。

 誘導用の照明弾が消え、誘導ヘリは退避した。そんな中、照準を合わされた滑空砲弾が、これでもかとばかりに怪獣の頭部に殺到した。


「戦車隊A組、退け! 迫撃砲部隊、目標側面より攻撃開始! 顔を上げさせるな! ヘリ部隊A、B組、正面から熱線追尾ミサイル一斉射! 一発喰らわせて、すぐに旋回しろ!」


 画面は赤外線映像に切り替わっていた。こんな夜間に、真っ黒な怪獣の姿が光学で捉えられるわけがない。

 怪獣は足を止め、上半身をよじって砲弾やミサイルの嵐から頭部を守ろうとする。


「戦車隊C組前進! 地雷原から距離百メートルを維持! 砲撃待て!」


 中村がそう言い切った直後、怪獣が歩を進めた。奴にとっての敵、すなわち戦車隊のいる方へ。

 重苦しい一歩が踏み出された瞬間、ズズン、と地面が唸りを上げた。

 直後、爆炎が怪獣の足元から噴き上がる。作戦開始前に埋設された地雷に引っかかったのだ。


「戦車隊C組、砲撃開始! ヘリ部隊、フラッシュ・バンを目標の頭部に叩き込め!」


 スクリーンが一週間ぶりに真っ白になる。目が眩んだのか、怪獣はよろめき、さらに前方へ足を着いてその先の地雷を踏んでしまった。危険を察したのか、怪獣は後退しようとしたが、ちょうど迫撃砲が怪獣の脚部をすくい上げる形になり、ついに怪獣は転倒した。


「油断するな、戦車隊A組、C組と共に砲撃! 地雷を誘爆させろ! B組はその場で待機!」


 俺は、中村がまるで水を得た魚であるかのように思われた。

 狙い通りなのであろう、怪獣の周囲に着弾した砲弾が、地雷を起爆させる。怪獣は苦しげに呻きながら、横倒しになった身体でのたうち回り、さらにその先の地雷に引っかかり――。

 にもかかわらず、中村は怪獣への攻撃中止命令を出そうとはしない。まさに情け容赦がなかった。その口元に、幾ばくかの安堵感が浮かんでいるように見えたのは気のせいだろうか。

 全く意外なことだった。中村は、常に冷静、時に冷徹な男だ。そんな男が、どうして任務中にこんな歪んだ笑みを浮かべるのか。


「な、中村?」

 

 おかしい。黒崎のようなタイプなら、まだ嗜虐的になるのも分かる。というより、そんな表情をするのが容易に想像できる。

 しかし、今俺のそばで命令を出しているのは中村だ。感情的になりすぎる俺を、常に嗜め、注意し、時に導いてきてくれた男なのだ。

 

「一体どうしたんだ、中村?」


 呟くように俺は言葉を紡ぐ。しかし、中村の耳には届かない。

 地雷がゴルフ場全体を揺さぶる中、彼には、自らの発する命令しか聞こえていないようだった。

 その時、ヴン、という何かが鳴動するような音を立てて、爆炎の中に青白い光が溢れた。


「何だ? 移動指揮車、状況知らせ」

《こちら移動指揮車、特に影響は――うっ!?》


 どうした? と言いかけた中村の言葉は、しかしそれ以上続かなかった。


《謎の振動が戦車隊を襲っています! こちらにも地震が……》


 地震だって? 俺は俄かに信じがたい思いに囚われた。怪獣掃討作戦中に、こうも都合よく地震など起こるものだろうか。

 確かに、可能性がゼロではない。しかし、何故今なのか?

 その答えは、耳をつんざくような爆音の連鎖で明らかとなった。


 軍事衛星からの映像を見ていた俺には、怪獣を中心に光の輪が広がるのが見えたのだ。それは地面を這うようにして進み、地雷を起動させていた。つまり、自らの足元に危険があると判断した怪獣は、エネルギー波を四方八方に広まらせることを考えついたのだ。自分の周囲の安全を図るため、あらかじめ地雷を起爆させてしまおうと。

 これは飽くまで俺の憶測だが、怪獣は今まで、様々な兵器に対して対抗手段を会得してきた。そんな奴にとっては、もはや地雷程度のトラップなど『一度体験してしまえば』すぐに対応できてしまうものなのかもしれない。それは奴が、相当な知力と順応力を持ち合わせていることを意味する。こいつは正真正銘の人類の脅威、化け物にして悪夢の体現者だ。


《こちら戦車隊C組、振動により照準が定まりません!》

《地雷が勝手に起爆しました! 全回路切断!》

《目標の背びれと思われる箇所に、青白い光源を確認! 衝撃波の発生源と思われます!》

「全車及び全機、攻撃中止! ゴルフ場脇に入り、その場で待機!」


『了解』の復唱が続く中、さすがの中村も額に汗していた。

 

 怪獣は、少なくともまだ熱線を吐くだけのエネルギーは摂取していないはずだ。だからこそ、エネルギー消費の少ないであろう『振動波の放出』という攻撃方法を使ったに違いない。

 しかし、そんな推論が立てられたところで、状況が好転するはずはなかった。爆煙が薄れ、再びその姿を現した時、怪獣は突っ伏していたものの、生きていた。

 その身体のところどころは鱗が剥がれ、生々しい傷跡を露呈していたが、それが治癒するのも時間の問題だろう。既に背びれの発光は収まっており、立ち上がったその姿に、弱々しさは感じられない。


「何て奴だ、核爆弾でも使えと言いたいのか!?」


 実に、本当に珍しく、中村が狼狽している。

 しかし彼はすぐに眉間に手を遣り、ぎゅっと目をつぶった。冷静さを取り戻すための癖、ルーティンと言ってもいい。その姿勢のまま、中村は肩を上下させると


「全部隊、直ちに砲撃を再開せよ」

《し、しかし地雷原を突破されています!》


 悲鳴の混じったような声で指揮車からの通信が入る。


「怪獣を照明弾で、反対側へ誘導する。振り返ったところを、後方から攻撃しろ」

 

 中村はさらに、


「戦闘ヘリ部隊、目標の後方へ回り込め。照明弾に接触しないよう、水平距離をとりつつ残りの全火器で目標を誘導しろ」

《了解》


 再びパン、という軽い音を響かせて照明弾がまたたく。怪獣の後方、五百メートルほどのところだ。眼球だけを動かして、怪獣は一瞥をくれる。しかし、怪獣の闘争本能はその程度で揺るぎはしなかった。


《目標、照明弾を無視して侵攻を再開! 戦車隊に接近します!》

「最寄の戦車隊は?」

「C組です!」

「了解。C組、後退しつつ砲撃開始! 迫撃砲部隊は目標の足元を狙って――」


 と中村が述べた、その時だった。

 怪獣が、前傾姿勢を取った。砲弾が顔を逸れて、背びれに着弾する。しかし、そんなことは怪獣にとってはどうでもいいことだった。


 その直後、今までにない打撃音が、現場を通してUGOCに響き渡った。

 足音だ。しかし、それは今までにないほどのとてつもない勢いを有している。重量だけでなく速度をも兼ね備えた、誰もが目と耳を疑うものだった。


 グオオオァァァァァァァァアアア!!


 直立姿勢から思いっきり腰を折って、未だかつてない獰猛さで怪獣は吠え声を上げた。

 腕をぴったりと引きつける。

 屈強な脚部がぶるぶると震える。

 そしてギロリ、と真正面を睨みつける。


 凄まじい土埃を立てながら、怪獣は駆け出した。

 それは今までの体勢、すなわち上半身を立てていた巨人のようなフォームとは大幅に異なる。

 映画の世界で復元された、肉食恐竜――ティラノザウルスのような姿。


 現場指揮車からの映像は、凄まじい勢いで揺れていた。何せ、あの何千トンあるか分からない巨体が飛び跳ねを繰り返しているのだ。


《各車、走行に支障あり! 回避不能! 回避不能!!》


 そんな人間側の狼狽を全く意に介さずに、怪獣は寸分たがわず、戦車隊へと猛進した。慌てた戦車隊は、交互に射撃を繰り返しながら一気に後ずさる。しかし、怪獣は全く怯まず、ついに戦車隊の最前列に到達した。

 それこそ肉食獣のように、怪獣は戦車をくわえ上げた。噛み砕き、顔面に爆発が起こる。しかし、そんなことには頓着せずに、怪獣はくわえた戦車を放り捨てた。 さらに土埃を上げながら、怪獣は戦車を蹴飛ばしていく。泥に混じった戦車のオイルが撒き散らされ、引火爆発して、あたりは一瞬のうちに昼間のように明るくなった。

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