第25話

 約三分後。

 俺と三つに分けた小隊は、夜の東京を走っていた。一列縦体形を取り、冬風の冷たさに頬を切られながら。あたりは自動車のクラクションとヘッドライトが交錯し、様子を見ようとする民間人がところどころに立っている。


「少佐、いや、隊長! 民間人はどうしますか? 走行に支障がありますが……」

「迂回路を使え! この先二百メートル地点を左折する!」

「はッ!」


 別ルートを辿ったチーム・ブラボーも同様に動くはずだ。これなら、立てこもり犯の予想より早く首相官邸に辿り着けるかもしれない。


「通信兵、ついて来ているか?」

「はッ!」

「車内に戻るように、民間人に呼びかけてくれ。ただし、慎重にな」


 車外に出ている民間人は、突如現れた俺たち武装集団を前に、慌てて道を譲り出した。それなりの喧騒は起こったが、クラクションに相殺される。メガホンやマイクを使って『車外に出ないでください!』と呼びかけるよりはまだマシなはずだ。敵に気づかれにくい、という意味で。


 首相官邸を制圧した『謎の勢力』が、大した人数でないことは明白だ。恐らく、首謀者が国防軍内からシンパを募って編成したのだろう。こちらの方が人数では負けないはず。

 問題は、首相官邸内に仕掛けられているであろうトラップだ。

 せめて爆薬だけでも解除できれば――。

 そう思った直後、脇道から機動隊員が現れた。警察犬の姿も垣間見える。俺は手信号で、後続のチーム・アルファに『待て』を指示した。向こうも同じようなサインを送っている。

 俺の方から声をかけることにした。


「こちら国防陸軍少佐、武田信義。そちらの官姓名は?」

「東京特区特殊警官隊警部補、長谷川亘。爆発物処理支援のために参りました」


 なるほど、彼らが連れている警察犬は、爆発物を発見するためにいるのか。

ところで、


「その命令は誰が?」

「それが、よく分からないのです」


 俺は眉をひそめた。それを見て取ったのか、長谷川警部補は


「だいぶ情報が錯綜していますからね。我々で力になれればいいのですが」

「もちろんです」


 俺たちは少しばかり打ち合わせをした。結果、俺ともう一人の兵士が先行し、長谷川警部補ともう一人が警察犬を連れて俺たちの背後を固めることになった。

 

 しかし、出来過ぎではないだろうか?

 こんな混乱状態でありながら警官隊と合流できるとは。

 何か裏があるように思われたが、俺はその疑念を、かぶりを振って追い出した。 今は任務に集中しなければ。


 俺の手信号に沿って、長谷川警部補ともう一人の機動隊員が前進を開始した。


         ※


《こちらブラボー、首相官邸裏口に到着。現在爆発物を設置中。時間合わせよし》

「了解。アルファ、突入する」


 首相官邸の正門前。俺は長谷川警部補に、警察犬を放すよう手先で指示をする。二匹の警察犬はしばらくその場でぐるぐる回っていたが、すぐに長谷川の元へ戻ってきた。爆発物は仕掛けられていないようだ。

 同時に鈍い爆発音が、遠くから聞こえてくる。ブラボーも突入を開始したようだ。


「チャーリー、どうだ? 敵と人質の位置は把握できるか?」

《こちらチャーリー、二階全体に、発熱反応》


 二階全体? そうか、暖房だ。暖房を最大限に活用すれば、人体並みの熱量で部屋全体を満たすことができる。つまり、熱線監視システムを無効化できるということだ。

 これでは、どこに誰がいるのか分からない。


「チャーリー、直ちに官邸全体の電源を切れ。非常電源に切り替わるまでの時間を知らせ」

《了解》


 その直後、首相官邸内の照明が消え去り、通信が不可能になった。もちろん、無線を持っている俺たち突入班には問題ないが。

 これによって、仮に敵が電気通信システムを使っていた場合、その耳目を塞いでやることができる。暖房で熱源反応を誤魔化すのも不可能になるはず。


《チャーリーよりアルファ、主電力システムの切断に成功。非常電源起動まで、残り三百から四百秒》


 これは敵武装勢力たちには意外であっただろう。

 首相官邸のような重要施設は、主電力が切られても、『即座に』非常電源に切り替わるのが普通だ。だが、今はこの東京という街の全てが、電力の突然のダウンに焦り、慌て、喘いでいる。緊急電源に切り替わるのに時間がかかるであろうことは、俺の計算の内だ。


「チャーリー、熱源反応は?」

《熱源捕捉。二階、第三中会議室》

「了解。突入する。ブラボー、現在位置は?」

《非常エレベーターより二階へ急行中。アルファとの挟み撃ちを提案します》

「了解。それでいこう」


 待っていてくれ、洋子、美海。今、お前たちを凶弾の脅威から救い出して見せるからな。


         ※


 俺たちは、同行を申し出た機動隊に爆発物の捜索を頼みつつ、素早く階段を上った。消音性の高い、接地部分が特殊ゴムでできたブーツで、互いの死角をカバーしつつ進行する。その間、俺たちの歩みを妨害するものは何もなかった。

 呆気なく、俺たちは目的の部屋、二階の第三中会議室のドア脇二メートルの位置に至った。


「長谷川警部補、ここから先は我々が制圧します。銃撃戦が想定されますので、退避してください」

「了解しました」


 機動隊員たちが屈み込むようにして、俺たち突入班に道を譲る。


「ブラボー、裏口の爆破準備は?」

《爆薬設置よし。カウントダウンの時間合わせを願います》


 俺は一旦、チーム・アルファの面々を振り返った。全員が、口元を隠すマスク状の黒い布を首に巻いている。しかし、士気の高まりはその眼力から十分に感じられた。


「ブラボー、爆破は三十秒後。時間合わせ」

《了解。カウント開始》


 それを聞いた俺は、胸元から手榴弾を取り出した。といっても、これはフラッシュ・バン。目くらましだ。

 俺はぐっと唾を飲んでから、身を屈めてドアの前を横切った。もう一人、バールのようなものを握った兵士が後に続く。俺は軽く、その兵士の肩を叩いた。

 俺はヘッドセットのマイクを口元に遣り、


「突入準備完了。カウントダウンを」

《了解。十、九、八――》


 ちょうど十秒前からのカウントダウン。先ほどの防衛省での十秒間に比べると、それは身体にしっくり馴染んだ、親しみのある時間経過に思われた。

 状況が全く違うということもあるだろう。だが、これで家族を救出できる。敵を叩くことができる。そんな熱い感情が湧き上がり、俺の弱気や不安を拭い去っていく。


《――三、二、一》


 直後、そして同時に、扉をぶち破るバールの音とくぐもった爆発音が聞こえてきた。

 俺は思いっきり右腕を伸ばして、ピンを抜いたフラッシュ・バンを放り込む。さっと身を翻し、


「我々は国防陸軍急襲部隊だ! 抵抗を止めて、投降しろ!」


 俺には、敵が混乱に陥る様子が目に見えるような気がした。

 しかし、否、やはり、敵は一歩も引かない様子であるようだ。


「処刑する人間の順番は決定済みだ! すぐに我々の前から去れ!」


 その言葉に、俺は違和感を覚えた。

『自分たちの前から去れ』? 何の要求もなしに、か?


 止むを得まい。


「アルファ、ブラボー、突入!」


 全員が立ち上がり、自動小銃の部品の擦れ合う音がする。雪崩れ込むように、しかし互いに援護体勢をとりながら、俺たちは突入した。敵はろくに動けず、鶴ケ岡総理を始め、政府高官たちが連れ出されていく。

 その手際は流石だった。

 ワンテンポ遅れて、俺も会議室に飛び込む。

 洋子は? 美海はどこだ?


 俺は自動小銃の照準に目を合わせて、部屋の四方に目を凝らした。

 小学校一つ分の広さの会議室。するとその隅に、


「!」


 目隠しと猿ぐつわをされた洋子と、わけも分からず泣き叫ぶ美海の姿があった。ぺたりと座り込んでいる。


「洋子! 美海!」


 俺は慌ててそちらに駆け寄った。

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