第20話

 酔ったのか疲れたのか、俺には医務室にまで足を運んだ際の記憶がない。ただ、気づいた時には俺は制服の上着を脱がされ、ベッドに横になっていたということだ。病人でもないのに、点滴を打たれている。


「ん……」

「お目覚めですか、武田少佐」


 カーテンの向こうから看護師と思しき男性の声がする。いかにも優男といった声だ。


「はい」


 続ける言葉が思いつかず、俺は中途半端に喉を鳴らすに止めた。


 佐々木准将は俺に休息を命じたのだ。そのことを念頭に置きつつ、ゆっくりと現在の状況を確認してみることにする。


「現在時刻は? 私はどのくらい眠っていたんです?」

「今は朝の九時三十分です」


 そうか。ざっと五時間ほどか。


「奴は……怪獣はどうなりましたか?」

「怪獣は東京湾に入ろうとしているところで、なんとか空軍が高高度爆撃で食い止めていますが」


 ふむ。いや、それよりも、


「住民の避難は完了していましたか?」

「そのように聞いています」

「そう、ですか」


 俺はほっとして胸を撫で下ろした。


 ちょうどその直後、


「まだ面会謝絶中ですが」

「いや、武田は目を覚ましたのだろう?」


 この声は中村だ。


「私も佐々木准将に休息を申しつけられたのだ。武田少佐が私と交代する前に、二、三話しておきたいことがある」

「わ、分かりました」


 恐らく、看護師たちは中村の襟元に光る『中佐』のバッジに驚いたのだろう。すぐにスリッパのパタパタという音と、軍靴のカツカツという音が聞こえてきた。


「カーテン、開けても構わんか? 武田少佐」

「ああ、構わんよ」


 俺は尻の位置をずらして上半身を起こした。


「具合はどうだ?」

「ただの過労だ。何ともな……っておい!」


 中村は、これほどかと思われるほどにやつれていた。自慢の肩幅はしょぼんと落胆しており、頬も目の下も、休息を渇望しているように見える。そんな状態でずっと指揮を執っていたのか。


「まあ、座ってくれ。話はそれからだ」


 すまんな、と言いながら、中村はベッド横の丸椅子に腰かけた。膝を折りながら、


「既に聞いたことと被るかもしれんが……」

「構わないから聞かせてくれ。そしてお前も早く休め」


 中村が俺に聞かせたところでは、彼もまた米軍の参戦を耳にしたらしい。注射器型ミサイルの件も承知している。

 その後、怪獣は房総半島を横断するルートで東京湾に向かって侵攻、空軍機と小競り合いをしているということだ。


「それにしても、目障りな連中だ。我々国防軍もまだまだやれるというのに」


 ああ、きっとサラ中佐やそのボディーガードたちのことを指しているのだろう。

 中村は顔をしかめ、腕を組みながら


「せっかく軍事力強化に基づく東アジアの安定を手に入れたというのに、これでは離島防衛作戦の演習じゃないか」


 国防軍がまだ自衛隊と呼ばれていた頃、俺たちはずっと米国の庇護下にあった。もちろん、今も多少はそうだし、ましてや日本が極度の軍事国家に様変わりしたわけでもない。

 だが、曖昧な定義である『隊』から、明確な目的を持った『軍』という組織へと呼称を変えたのにはわけがある。

 謎の電波妨害事件によって日本の国防システムが機能しなくなったことがあった。十年ほど前のことだ。三分ほどで空軍の対空システムは復旧したが、東アジアの中で丸裸にされたのも同然の状態だった。

 もし、下手をすれば――最悪中の最悪にあたる事案だが――、大陸側の国々からのICBM、大陸間弾道ミサイルを撃ち込まれ、戦争状態になっていたかもしれない。

 そんな恐怖感の中、国民世論は大きく動いた。

 何としてでもこの国を守れ。

 そうして、抑止力としての軍備が整えられることになり、結果自衛隊は国防軍と名前を変え、予算も増えた。

 それはそれで構わない。問題なのは、


「軍事衛星がハッキングされたことだ」


 と中村は言った。


「武田、お前も気づいてはいるだろうが、先日の軍事衛星からの映像が切られたのも、十年前の件と関わっているようだ」

「そうだな……。日本の国防システムを一気に無効化させられる人間はそうそういない。もしかしたら、同じ犯人、いや、第三者的機関が関わっている可能性は高いな」

「怪獣の存在と無関係には思えない。武田、警戒してくれ」


 俺は頷きながら、航空管制オペレーターの増員を要請することを告げた。


「よろしく頼むぞ」


 そう言って、中村はカーテンで仕切られた隣のベッドに横になった。


         ※


「オペレーター、状況は?」

「怪獣は高高度爆撃に反応するのを止め、東京湾に入りました。十分ほど前の映像です」


 俺は相変わらず、立ったまま映像に注視した。

 怪獣が前傾姿勢をとり、そのまま倒れ込むようにして東京湾へとその身を沈めていく。


「現在、軍事衛星と広域哨戒機の二つの手段をもって、目標を追尾中です」

「了解」


 上空からの映像を捉えるために、二種類の手段を用いるわけか。片方がハッキングされてブラックアウトしても、もう片方で怪獣を追尾できる。そういう狙いだろう。


「で、現在の怪獣の様子は?」

「静かに海中に潜航しました。ソナーによる探知を実行中。背びれが熱を発していないので、赤外線は役に立ちません」


 なるほどな。だが、ここで逃がせばまたエネルギー源をどこからか摂取してくる可能性もあるし、かといって、それこそ本当にマリアナ海溝にでも行かれたら流石に追尾しようがない。

 しかし、その前に。


「武田少佐、お座りになられては?」

「ああ、失敬。黒崎少佐」


 俺は腰を下ろしながら再び考えた。

 何故奴は東京を狙う? 事実、最初に上陸したのは京浜メガフロートだし、航行進路からしても、品川区を狙ってきている。千葉県館山市から上陸したのが、怪獣の仕掛けたフェイントだったとしても、事実奴は再び東京湾に潜入したのだ。

 確かに、東京湾沿岸には様々な『モノ』がある。観光名所にショッピングセンター、映画館に舞台劇場などだ。

 だが実際、東京の小さな面積で考えれば、怪獣はもっと内陸にある『モノ』を求めているのかもしれない。

 一体何だ? まさか証券取引所を狙っているわけではあるまい。何か『モノ創り』をしているところに惹かれているのではないか。各大学、研究機関、エネルギー関連施設。

 そうだ、エネルギーだ。あれだけの巨体を保ち、さらに熱線まで放射するのだから、エネルギー摂取は必須だろう。

 しかし、東京で行われているのは飽くまで『研究』であり、エネルギーの量産は別な場所、工業地帯で行われている。それでも、奴は真っ直ぐ東京にやって来る。

 目的は一体何だ?


「哨戒機、目標に異変を確認!」


 というオペレーターの叫びに、俺は慌てて顔を上げた。


「UGOCより哨戒機、目標を刺激しないよう、水平距離をとって高度を落とせ。異変の発生部を拡大」

《了解》


 しばらく、ヘリの回転翼の轟音だけがイヤホンに入ってくる。


「カメラ、寄ってくれ」

《了解》


 どんな変化も見過ごすまいと、俺は目を細くしてスクリーンを睨みつける。すると、怪獣の首筋あたりが一斉にばっと逆立った。硬質な鱗と表皮、それに僅かな筋肉が展開し、開いたり閉じたりする。

 これはエラだ。奴は、傷を癒すためか、エネルギーを補充するためか、とにかく海中での活動を試みている。


「武田少佐、攻撃は?」

「いや、今は追い帰せただけでよしとしよう。これ以上犠牲は……」


  俺は、自分の声が小さくなるのが否応なしに実感された。

  おっと、これではいけない。士気の低下は防がなければ。

  俺はUGOCの室内用マイクを手に取った。


「こちら武田少佐だ。諸君、友軍の果敢な猛攻にも関わらず、その生命を踏みにじり、平然と生きながらえているこの怪獣を、決して許せはしないだろう」


 私も同じだ、ととりわけ大声でマイクに吹き込む。


「しかし現在、米軍の支援により、この化け物を駆逐する特殊計画が進行中だ。次に怪獣が現れた時、怪獣の生命力と我々の科学力、どちらが勝っているかの判定が下る。結果は神のみぞ知るところだ。それまでどうか、諸君には持ちこたえてもらいたい」


 俺は語りながら思った。体力的には交代で休めるから問題ないにしても、精神力がもつだろうか。それは俺自身にとっても怪しいところだ。

 以上、と告げて俺はマイクを置いた。

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