第5話

 間違いない。『奴』だ。予想より遥かに早く、東京湾内を北上してくる。

 このままのルートからすると、品川方面に向かっているようだ。


「武田少佐、攻撃を?」

「いや、まずは怪獣と『いそかぜ』を並走させろ。フラッシュ・バンを側面から連続射出し、視界を奪う」

「了解」


 海軍のオペレーターが『いそかぜ』に指示を飛ばす。。

 先程からずっと、俺は立ったままだった。最前列の席が用意されていたが、とても座ってはいられない。左足のつま先をパタパタと床に打ちつけながら、メインスクリーンに見入った。


「武田少佐、『いそかぜ』との直通ラインが結ばれました! イヤホンをお使いください!」


 俺は手渡されたイヤホンを右耳へ入れ、自ら指示を繰り返した。


「こちらUGOC、武田信義・陸軍少佐。『いそかぜ』に告ぐ。フラッシュ・バンを目標頭部に集中射撃、以後状況を知らせ」

《こちら『いそかぜ』、了解。フラッシュ・バン、射出準備完了まで三十秒》

「了解」


 メインスクリーンには、哨戒機が捉えた怪獣と『いそかぜ』の真上からの映像が映されている。互いの距離は、およそ一・五キロといったところか。海上に出ているのは背びれだけが、今回使用されるフラッシュ・バンは昼間の海中でも強烈な光を発する。

 怪獣とて生物だ。何らかのリアクションを起こすだろう。最初から主砲やミサイルを使いたいのは山々だったが、まずは相手の反応を見なければ。

 すると、哨戒機からの映像に黒い霞がかかった。遮光フィルムを展開したらしい。下手をすると、『いそかぜ』や哨戒機の乗員は元より、UGOCのオペレーターたちまで視界を奪われてしまう。それを防ぐ処置だ。


《こちら『いそかぜ』、カウントダウン開始――五、四、三、二、一、てッ!》


 音は拾えなかった。しかし、曳光弾のように光の尾を引く砲弾らしきものが、斜め前方へ向け発射されたのは確認できた。直後、怪獣のいる方、スクリーンの左側を中心に、真っ白な光の輪が連続して花開いた。

 反応はどうだろうか。


「UGOCより哨戒機、赤外線レーダーリンクを構築せよ。『いそかぜ』は現状報告」

《了解、レーダーリンクを開始する》


 先ほどまでは目視していた怪獣の姿。だが光学で怪獣を捕捉できなくなった現状において、頼れるのは熱源探知によるレーダーシステムだ。メインスクリーンは真っ白な状態から切り替わり、青から赤へ、グラデーションを為すような画面となった。怪獣と『いそかぜ』のいる部分だけが赤く、周囲より水温が高くなっていることを示している。

 そこに映されていたのは、


「……無反応?」


 一旦減速した『いそかぜ』のことなど気にも留めずに、怪獣は航行を止めない。

 もしかすると、


「こいつ、瞼があるのか?」


 海中での生活が主だと考えていた俺は、少しばかり意表を突かれた。零距離とはいえ、眩しいと感知した時点で目を閉じていれば、フラッシュ・バンの効果は一気に下がる。


「こいつは、陸上生物の特性も備えているのか……」


 海中だけで過ごすのであれば瞼は不要だ。目は常に水にさらされ、乾くことがないのだから。

 逆に、その瞼を有しているということは、陸上での行動を想定してのことだろう。初めて遭遇した時は、思いの外上陸時間が短かったし後ろ姿しか見えていなかった。瞼の有無など気にも留めなかったが……。


 いずれにせよ、作戦要綱フェーズ1の迎撃態勢が為されていない状況下で、怪獣の上陸を阻止するには『いそかぜ』の火力で排除するなり追い返すなりしなければならない。


「UGOCより『いそかぜ』、近距離戦闘火器で怪獣の頭部を集中攻撃。同時に退避運動用意!」

《た、退避ですか?》

「ある程度離れなければ、ミサイルもロケットランチャーも使えない。怪獣を足止めしつつ、距離をとれ」

《了解》


 少なくとも俺は、近距離火器で怪獣が倒れるなど、はなから思ってはいない。かと言って、わずか一・五キロの距離でミサイルを使えば、『いそかぜ』も爆風に晒される恐れがある。今は、機銃弾や短距離砲に頼るほかない。


《目標、怪獣の前方十メートル付近、頭部! 火器管制システム、正常稼働を確認!》

「よし、攻撃開始!」

《攻撃開始!》


 すると、スクリーン画面が一瞬乱れた。哨戒機の捉えた光学映像に戻ったのだ。

 俺はぐっと唇を引き締めながら、『いそかぜ』の左舷が火を噴くのを見守った。 弾丸のうち数発に一発仕込まれている曳光弾が、いかに多くの弾丸が撃ち放たれているかを示している。

 怪獣の方はといえば、背びれが途切れた前方、後頭部にあたる部分に無数の弾丸を喰らっているはずだ。水柱が轟々と立っている。

 これで頭蓋を維持していられる生物はいないだろう――常識では。


「怪獣の進行方向に変化は?」

 

俺がスクリーンの前に立ちながら尋ねると、


「ありません! これだけの弾丸を浴びながら平然と……!」


 驚くことはない。『奴』はこの程度でくたばるはずがない。俺の直感がそう告げている。


「怪獣と『いそかぜ』の間の距離は?」

「二・三キロ、シー・スパローが使えます!」

「よし、『いそかぜ』、シー・スパローの使用を許可する。このまま距離を取りながら、回避運動を続けろ」

《了解》


 シー・スパロー――短距離艦対空誘導弾。『対空』の誘導弾を海中の目標に使うというのは多少乱暴ではあるが、使えるものは何でも使う。本番はここからだ。

 やや右斜め方向に進路を変えた『いそかぜ』。その船尾の箱状の部位が、怪獣の方へと向けられる。


《シー・スパロー、攻撃カウント開始。五、四、三、二、一、てッ!》


 発射と共に、船尾が白煙に包まれた。対空兵器だけあって、発射後はやや高度が上がる。しかし、寸分の狂いなく弧を描いて、誘導弾は上方から海面に突入した。一気に沸騰した海水が、先ほどとは比較にならない勢いで巻き上がる。


「シー・スパロー、全弾命中!」

「目標の動きは!?」

 

 俺の目には、スクリーン上で白煙に包まれた怪獣の姿が映っていた。


「目標、停止!」

「停止?」

「はッ!」

 

 振り返ることなく確認をとる。報告を耳にしている間にも、じっとスクリーンを睨み続けた。すると、


「ん……?」


 海面が、赤く染まっている。まさかシー・スパローに演習用のペイント弾が搭載されていたわけではあるまい。明らかに、これは怪獣の血だ。

 おおっ、というどよめきが、UGOC内に立ち込めた。


 効いたか。いや、まだ油断はできない。

 俺は再び哨戒機に通信を試みた。


「再度レーダーリンクを要請する」

《了解》

 

 すると、再びスクリーンが赤外線映像になった。攻撃の直後で、怪獣のいる画面左側は全体的に赤く染まっている。

 仕留めたのだろうか。しかし、それはまだだという直感が俺の脳内を刺激する。

 一気呵成に攻撃を継続すべきだ。


「UGOCより『いそかぜ』、とどめだ。そのまま目標から離脱する航路で、安全域に入り次第、アスロックを叩き込め」

《了解》


 アスロック――対潜ミサイル。海中の敵を撃破するのに適した兵器だ。


《アスロック攻撃カウント――》


 続いて数字が並べられる、その直前だった。


「目標、北北東へ転進! 再度標的のロックオンを……!」


 俺の背筋に、冷たいものが走った。


「攻撃中止! 『いそかぜ』は直ちに戦闘海域より離脱せよ! 繰り返す! 即刻離脱せよ!」


 次の瞬間、俺は自分の目を疑った。

 全長百メートルはあろうかという怪獣の航行速度が、急速にあがったのだ。上空から見てなめくじ並みに思われていた怪獣の進行速度は、今や獲物を狙う肉食獣のそれに見えた。


《目標、急速に接近! UGOC、指示を請う! 繰り返す、目標急速に――》

「離脱だ! 総員、艦を捨てても構わん! 直ちに脱出を……!」


 陸軍所属とは言え、海軍の人間が自分の船を捨てるのがいかに苦渋に満ちた決断であるか、俺は分かっているつもりだった。

 しかしそんなこともお構いなしに、怪獣は猛スピードで『いそかぜ』に接近しつつある。


《アスロック、てッ!》

「止めろ! これ以上は……!」


 直後、赤外線映像が真っ赤に染まった。


《こちら哨戒機、リアル光学映像に戻します!》


 直後、恐ろしい映像が、俺とオペレーターたちの頭蓋を揺さぶった。

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