第22話
今までのところ、サラ中佐とは時折顔を会わせるくらいでじっくり話し込んだことはない。一応UGOCに招いたこともあり、様々な情報の一括管理システムにしきりに感心していた。だが、恐らく内心はさほど驚いてはいないだろう。
彼女は飽くまで米国の軍人なのだ。国防総省の警備システムに比べれば、UGOCの対外システムなどおもちゃ同然、と言われても仕方がない。
数回のノックの後、
「武田信義少佐です」
と名乗る。すると少したどたどしい日本語で『どうぞ、お入りください』とのことだった。
「失礼いたします」
制帽を脇に挟み、入室する。ここから先は英語だ。
「我が国防軍付属生命医療センターから、怪獣の生態について詳細な情報が届きました。一度ご報告を……ン?」
俺は言葉に詰まってしまった。サラ中佐は、俺がUGOCで見たのと同じ画像に見入っていたのだ。
「ご用件をどうぞ、武田少佐」
「あ……」
サラ中佐は立ち上がり、丁寧に俺を迎えた。だが、俺は呆気に取られていた。洒落ではないが、一本取られた気分だ。やはり米国の方が、生物学的にも研究・解析のスピードは早いらしい。
念のため、尋ねてみることにする。
「この画像は、一体いつ……?」
「昨日の夕刻、国防総省のとある部署から送られてきました。残念ですが、これ以上の詳細はお話できません」
なるほど、さっぱり分からない。
『とある部署』というのも、国防総省に手を貸す大学や研究所、ベンチャー企業の数は日本の比ではあるまい。そんなところで研究されてしまっては、未知の怪獣の生態とはいえ、あっという間に丸裸にされてしまうだろう。
「武田少佐はお休み中とのことでしたが……。我々米軍スタッフの間でミーティングを開きました。怪獣の背びれの細胞の隙間を走る、毛細血管よりも細い管いついて。結果を武田少佐にもご報告します」
だが、そんなサラ中佐の言葉の後半は俺の耳に入ってこなかった。日本の研究技術が劣っていることを示されてしまったような気になっていたのだ。
ぎゅっと拳を握り締める。
決してサラ中佐に怒りを覚えているわけではない。しかし、先ほどの洋子のことを思えば、何故もっと早く分析できなかったのかと悔やまれる。
最高司令官は俺だ。どうして俺に情報が回ってこない? いや、確かに休息は大事だと、佐々木准将に諭されてはいたが……。
「武田少佐?」
「は? は、はッ! 失礼しました! 怪獣の生態について、ですね」
「はい」
サラ中佐は俺が正気に戻ったのを見届けたのか、仮執務室のソファを薦め、すぐにリモコンを手に取った。サラ中佐に続き、俺もスクリーンに視線を遣る。
受けた説明は、先ほどUGOCで防衛省の医療センターとほぼ同じだった。
未知のエネルギーと思われるものが、怪獣の体内、とりわけ背びれの付け根に分布しているということ。
さらに、そのエネルギーは身体中を巡り巡っていること、だった。
「熱線放射時に背びれが発光するのは、この謎のエネルギーを頭部にまで送り出しているためです。ここに我々が開発したAMPミサイルを撃ち込めば――」
「怪獣の熱線放射を止められる、と?」
「仰る通りです、武田少佐」
確かに、奴からの遠距離攻撃を防ぐことができれば、弾速の遅いAMPミサイルの誘導も高速でできるようになるだろう。
だが、実際にはミサイルは十発しか存在しない。一斉射してどれか一発でも命中すればよい、というわけにはいかないのだ。それに、怪獣の背後を狙ってミサイルを撃ち込むには、多大な困難は伴う。そもそも、一番最初のAMPミサイルをどうやって怪獣の背部に撃ち込むのか。俺は久々に剃った顎に手を遣り考えた。
どうやって奴を振り向かせるのか。それは片面からの集中砲火でどうにかなるだろう。だが、怪獣の後方を狙うにあたり、流れ弾で国防軍同士が撃ち合うことになりはしないか。
俺の懸念を汲み取ったのか、サラ中佐は
「AMPミサイルを撃ち込む際は、熱線追尾ミサイルを使用します。巡航ミサイルで目標の気を引いてからスモーク弾を浴びせ、視界を奪う。それからAMPミサイルを撃ち込む。ただし」
「ただし?」
すると、サラ中佐は何のためらいもなくこう言い放った。
「あなた方国防軍のおっしゃるところの、フェーズ3を発動する必要があります」
「な……!?」
俺は言葉を失った。
フェーズ3。人工的にメガフロートを爆沈させ、怪獣を足止めする作戦。俺が何としてでも避けたかった戦法だ。
「ど、どういうことです、中佐?」
「我々も独自に、怪獣の推定身長・体重・重心の位置などを分析しました。その結果、戦車隊や迫撃砲部隊など、陸上での作戦運用よりも、陸と海から挟み撃ちにする方が合理的との考えに至ったのです」
こともなげに、淡々と言葉を紡ぐサラ中佐。その目の前で、ガタン、と音を立てて俺は立ち上がった。
「そんな作戦は、断じて容認できない!!」
突然声を荒げた俺を前に、サラ中佐は目を丸くした。
すると、俺の前に差し出されていた水の入ったグラスが倒れた。テーブルの上に、水面が広がっていく。
どれくらい時間が経ったかは分からない。が、俺ははっとした。相手は特務中佐なのだ。こちらから提案はできても、感情をぶつけることは許されない。
「し、失礼致しました、特務中佐殿……」
するとサラ中佐は微かに笑みを浮かべ、
「私も、軍事作戦でマンハッタンを沈めろ、などと言われれば猛反対するでしょう。軍人としてね」
「それは矛盾が生じないようにするためでありますか?」
「矛盾?」
オウム返しに尋ねてきたサラ中佐に、俺は頷いてみせた。
「我が国の場合ですが……。日本国国防軍は、国民の生命財産を守るのが絶対の任務です。それが作戦とはいえ、国民の財産とも言えるメガフロートを爆沈させることは、財産の保護と矛盾します。ここ数週間、どれだけ悩んだことか……」
ゆっくりと腰を下ろした俺に、サラ中佐は
「米国は違います。多少の犠牲を孕んでも、作戦は遂行されねばならない。それが鉄則です」
「それを国防軍に強要するおつもりですか? 同調しろと?」
「作戦の最高司令官はあなたです、武田少佐。あなたの発言には、大きな権限と責任が伴います」
俺は両肩に漬物石を載せられたような気分になった。
あれこれ勝手に決められてしまうのに、司令官、言い換えれば責任者は俺ということか。とんだ貧乏くじを引かされてしまったものだ。
しかし、黙ってばかりもいられない。
「失礼しました、サラ中佐。私はUGOCに戻ります。中佐もお越しになる場合は、私にご一報ください」
そう言って、俺はイヤホンをつけ直した。
「了解しました」
サラ中佐も、一旦外していたイヤホンを耳に入れる。
その時だった。俺のイヤホンに、緊急連絡が飛び込んできた。
《武田少佐! 非常事態です!》
「どうした? 何があった?」
《首相官邸が……首相官邸が謎の武装勢力の攻撃を受けました!》
俺はすぐには返答できなかった。首相官邸が……何だって?
《鶴ケ岡首相他、政府高官数名が人質となっている模様!》
「機動隊は? SATやSITは何をやっている?」
《通信妨害が酷く、連携が取れません!》
俺とオペレーターがまともな会話に成功しているのは、防衛省が一つの内部通信装備を備えているからだ。逆に言えば、他の施設との遣り取りがどうなっているのか分からない。
俺は慌ててイヤホンを操作し、警視庁とのダイヤルの展開を試みた。
「こちら国防陸軍少佐、武田信義。警視庁、聞こえているか?」
《こち……庁……聞こ……不可……》
「くそっ!」
俺はダン、とその場で床を踏み鳴らした。
「武田少佐?」
不安げに声をかけてきたサラ中佐に、俺は現状を伝えた。
「であれば、我々米軍の衛星通信システムを使ってみましょう。お待ちを」
ノートパソコンを展開し、パタパタとコード入力していくサラ中佐。
俺は檻の中の熊のように、のしのしとこの仮執務室をうろつき回るしかなかった。
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