第10話
間もなくフェーズ2が開始された。
青森県三沢空軍基地から緊急配備した、F-16J二個小隊によるミサイル攻撃だ。戦闘機を都内の空軍基地に配備するにあたり、通告に出向いた将校たちは、これならやれると思っていたという。何と楽観的なことか。そんな噂をオペレーターたちが真に受けていなければいいのだが。
「その程度で奴を倒せるのか? いや、そもそも通用するのか……?」
と、俺の頭は疑問符で一杯だった。
相手が生物であるならば、一瞬の爆発よりも、表皮をえぐり取るような貫通性の高い弾頭を使うべきだ。それも、機雷による傷口を狙えるような、精密誘導弾に搭載して。しかしそれができない今、戦闘機のパイロットたちも、ヘリ部隊の兵士たちと同じ目に遭うのではないか。
俺の心配はその一点だった。
かといって、ここで怪獣を食い止めなければならない。さもなければ、フェーズ3が発動してメガフロートが爆沈させられることになるのだ。
込み合った都内から誘導弾を発射するにあたり、ミサイルの発射場所は極めて限られたものとなる。そのギリギリの有効射程を使おうと考えた場合、どうしてもメガフロート一帯は戦場と化す。
「頼むぞ、空軍……」
俺はスクリーンの隅に映されたバッジシステム、すなわち敵と味方の位置を識別する地図を見ながら腕を組んだ。
※
23:50。F-16J二個小隊が、都内の二十三区外に設置された空軍基地から発進した。
テレビでは、離陸する戦闘機に向かって手を振る民間人や、怪獣の迎撃に失敗してヘリ一個小隊が全滅した旨を告げるニュース番組が流れている。
フェーズ3については、どのテレビ局も報じていない。要はバレていない、ということだろう。
黒崎がうまく処理したのだろうか。あの無表情、何を考えているか分からないが、案外やり手なのかもしれない。
《こちらファウンド1、目標と思われる熱源を確認。東京湾を、先ほどの作戦区域から真っ直ぐ北上中》
「了解。Yラインを展開しつつ、目視可能な部分に機銃弾を撃ち込め。第二ラインの機雷まで誘導せよ」
《了解》
俺たちはしばし、引き続き哨戒中ヘリからの映像に見入っていた。どうやら怪獣の放つ火炎弾は、見かけ通り多分の熱量を発するらしい。あたりは真っ白な水蒸気に包まれていた。これでは、目視確認は難しいかもしれない。
「ファウンド1、目標を視認できるか?」
《こちらファウンド1、高さ五十メートルほどに及ぶ水蒸気を確認。目標と思われる赤い発光体を目視。背びれと思われる》
「了解。機銃弾で様子を見る。攻撃を開始せよ」
《了解》
バルルルルルルルッ、っと機銃が唸り、怪獣の背びれを掠めていく。俺は戦闘機に乗ったことはないが、それでも操縦桿の振動が伝わってくるような錯覚に囚われた。
次々に機銃を浴びせては、ヒット・アンド・アウェイを繰り返す戦闘機部隊。その様子を哨戒機からの映像で眺めながら、俺は怪獣の反応をまだかまだかと待った。
「ファウンド1、目標の進路に変化は?」
《確認できない。以前品川方面にむけ進行中。繰り返す、目標は進路を変えずに北上中》
その時、別な回線から通信が入った。
「こちら武田少佐」
《哨戒機より報告。燃料僅かのため、横須賀に一時帰投する。GPS及びバッジシステムを活用されたし》
「了解」
俺は回線が切れたのを確認しながら、
「メインスクリーンをバッジシステムに切り替えろ!」
「了解、GPS経由のバッジに切り替えます!」
すると、急にスクリーン映像は素っ気ないものになった。碁盤の目のように縦横に線が引かれ、怪獣の現在位置と進行方向が表示される。その付近で、一回り小さなバッジが編隊を組んで飛行している。戦闘機部隊を表したものだ。
《代替哨戒機、現場到着まで約五分》
「三分にしてくれ。目標の動きは極めて流動的だ。何をしでかすか分かったものでは――」
と言いかけた、その時だった。
バチン、と音を立てて、メインスクリーン、及びサブスクリーンが真っ暗になった。照明を設けていないUGOCは、淡く青い光に包まれる。
「何事だ?」
俺は振り返りながら声を張り上げた。
「何か把握している者はいるか?」
すると、一人の手が挙がった。よく見えなかったが、あの席は確か、航空衛星通信担当オペレーターのものだ。
「たった今、東京湾を監視中の軍事衛星と、UGOCを結ぶラインが切断されました! 復旧まで約二時間!」
「な……」
つまり、次の哨戒機が来るまで、こちらは何もできないということか。この五分間、戦闘機部隊に指示することも、その安否を確かめることもできない。
それに、最後に捉えたバッジシステムの映像も気になる。怪獣が直進した場合、機雷の合間を縫って、ほぼ無傷で上陸してくる可能性すらある。無論、作戦はフェーズ3に移行し、国防軍は『メガフロートを沈めた』という汚点を残すことになる。
薄闇の中で、しかし黒々とした沈黙が立ち込める。
俺が立ち上がり、デスクに手をついて唸っていると、
「参りましたな」
涼しい声音で声をかけてくる。間違いようがない、黒崎少佐だ。いつの間にUGOCに入ってきたのやら、スライドドアの擦過音も全く聞こえなかった。それだけ緊張感に包まれていたということだろう。
それにしても、黒崎恭也……。こいつは一体、今回の事態を何だと思っているんだ?
俺が訝しげに黒崎の横顔を見つめていると、
「武田少佐、そう慌てても事態は好転しません。今は戦闘機部隊が上手くやってくれることを祈りましょう」
祈る? こいつの口から出る言葉とは思えない。だが、黒崎の言葉が的を射ているのは確かだ。
俺は唇をぐっと噛み締めた。
長い長い、五分間だった。
《こちら哨戒機、目標上空へ到達。戦闘機部隊、編隊を維持したまま攻撃を継続中。映像を回します》
映された映像は、あまり変わり映えのしないものだった。凄まじい勢いで水蒸気が立ち昇っている。戦闘機部隊はフォーメーションを保ったまま、低空飛行を繰り返していた。
《こちらファウンド1、全機機銃弾切れ。ミサイルの使用を申請する》
こうなっては仕方がない。
「了解。各機増槽を外し、空対海ミサイルの発射に備えよ」
《了解》
増槽を外した戦闘機部隊は、今まで以上に高みへと舞い上がる。
「怪獣は遠距離攻撃手段を持っている。くれぐれも高度には気をつけろ」
《了解。全機、ミサイル発射準備よし。――ファイア》
ドゥ、ドゥとミサイルが火を噴く音が聞こえてくるかのような臨場感。
哨戒機からの超高画質映像からは、ミサイル尾部から放たれる火炎の光がはっきりと見えた。それが一つ、二つと背びれに直撃していく。その直後、
「!?」
怪獣の周囲の水蒸気が、唐突にその勢いを増した。五十メートルだった水蒸気は、目測だが二百メートルほどにまで盛り上がっている。
《こちらファウンド1、目標を捕捉できない!》
「赤外線誘導は可能か?」
《極めて困難! 目標の周囲はより高温の蒸気に包まれており――うっ!》
何があったのかは、俺には見えた。真っ白で不定形な水蒸気の中から、怪獣の火炎弾が飛び出してきたのだ。
散開し、これを回避する戦闘機部隊。
俺は、ヘリ部隊がやられた時のことを思い返していた。怪獣は直立姿勢から火炎弾を発射する。今現時点で直立姿勢を取ろうとすれば、胸部の傷口をさらけ出すことになる。
「今だ、やれるぞ! 火炎弾の発射地点を逆算できるか?」
《可能です!》
「多少精度に欠けても構わん、そこにありったけのミサイルを撃ち込め!」
《了解! 各機、第二波攻撃準備! ――ファイア!》
再びのミサイル一斉射。俺は、今度は自分の尻や脚部から、パイロットの感じている振動が伝わってくるように思われた。
哨戒機を経由して、怪獣の呻き声が聞こえてきた。重苦しくも弱々しさが露呈している。怪獣は、鯨が身を翻すような挙動で、水蒸気を切り裂きながら南下を始めた。
《UGOCへ、追尾して攻撃を続行しますか?》
「深追いは無用だ」
俺はきっぱりと言い切った。
「ご苦労、本日の作戦はここまでだ」
それから室内を振り返り、物資運用担当オペレーターに
「明朝、現在の戦闘水域から海水を採取してくれ。怪獣の血液や細胞片を採取して、解析に回すんだ」
「了解しました」
そして、
「状況、一時停止」
疲れを伴ったため息が、UGOC全体に広がった。
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