戦いの鐘が鳴る:5


EPISODE 018 「戦いの鐘が鳴る:5」




 呑龍は弓使いの能力者「リコー」との射撃戦を継続していた。この間もテルヤマモミジの分身兵を狩り続け、三十体ほどは射殺したはずであったが分身の底は未だ見えず、ネズミのようにわらわらと押し寄せて来る。


 ――――松竹館の方から凄まじい爆音が鳴り響き、呑龍は思わずその場に伏せた。


「派手にやってんなあ……」

 霊銀は相当お楽しみのようだ。奴の実力は地上戦なら右に出るものがいないほどだが、戦闘を楽しむ悪癖がある。遊びすぎていなければ良いのだが――。


 とはいえ、霊銀の心配などしていても仕方がない。仮に応援に行ったとてこちらが巻き込まれかねない。


 立ち上がった呑龍は松竹館の方から目を背けると、曲がり角で出くわした分身兵を柔道技「跳腰」で投げ飛ばすと追い討ちの踵でトドメを刺す。その横から銀の矢が飛来してきたが、呑龍はまたも間一髪、後ろに退いて避ける。


「おっと……危ない危ない」

 呑龍も左腕をボルトアクション小銃に変形させると物陰から狙撃手へと反撃を行う。先ほどは上手く四発も決まってくれたものの、敵も警戒が強まってお互い弾が当たらなくなってしまった。


 反撃の矢を避けると、路地から向かってくる分身兵を撃ち殺し、腕を軽く振ってエーテル弾薬の生成と装填を行う。


 逃げるリコーだが呑龍も彼を追い、お互いの距離は現在180メートルほど。呑龍はもう少し間合いを詰め、機関銃状態で蜂の巣にしてやるつもりだ。


 物陰から飛び出した呑龍は全力スプリントで間合いを詰めに行く。リコーは狙撃し動きを止めようとするがスライディングによって回避し、舗装の進んでいない道で泥まみれとなりながらも間合いを確実に詰めてゆく。


 お互いの距離は50メートルに。リコーを守るべくテルヤマモミジの分身兵士が十体ほど列を為し人間の盾となってたちはだかる。


「邪魔だ! 突貫する!」

 分身兵士の放ったトレカフの銃弾が呑龍に命中するも、エーテルフィールドを展開し耐え、強行突破を行う! 呑龍は跳躍すると分身兵を踏み台にし、二段の跳躍を行った!



「死ね! アメリカの犬!」

「死ね! ソ連の手先!!!!」


 宙に舞い上がった帝國の龍と朱き革命の意志を宿す者の敵意の視線がぶつかり合う。呑龍は両腕を短機関銃へと変形させ、リコーを狙った。リコーもまた迎撃の矢を放った。


 呑龍は初弾を横に向かって撃ち、射撃の反動によって僅かに身を捻らせる。飛来した銀矢のやじりが頬を浅く裂き、闇夜に吸い込まれていった。



 そして……両目を朱く輝かせた戦争の英雄は憤怒の表情で両腕の短機関銃を斉射した!


 命を焼き滅ぼす暴力の雨がリコーへと降り注ぐ。リコーはエーテルフィールドを全開にし耐えようとするが、その全てを防ぎきることは出来なかった。


 心臓や頭部などの急所は限定的に守りつつも、弾丸の雨はリコーの腹、足、腕を貫き焼いた。リコーは弓を取り落とし、バランスを崩して路上へと仰向けに倒れ込んだ。



 呑龍が空中で両腕を軽く振って短機関銃の弾薬を生成補給した。あと数秒もしない内に敵が自分を殺すであろう事をリコーは悟った。死の恐怖を、恐怖の中に淀んだ無念の情にリコーは怯えた。


 だが彼は信じた、仲間を――。



 突如、トドメを刺しかけていた呑龍の背中に怖気が奔った。



「貰った」


 その乱入者は突如として現れ、呑龍と同じように分身兵を踏み台にして飛ぶとサーベルを抜刀し、背中から呑龍を斬ったのだ。


 エーテルフィールドを以てしても相殺しきれないダメージが呑龍に振りかかり、斬撃に遅れて鮮血が闇夜に散る。


「なんだとッ……!」

 呑龍の表情は苦痛よりも驚愕に近かった。大東亜戦争の英雄、もっと言えば中国戦線での英雄だった彼はいわば中国国民党の便衣兵ゲリラ狩りの専門家、それがこうも簡単に背中を取られ隠密攻撃ステルスアタックを受けるなど――――。



 ステルス・アタックを成功させ呑龍を斬った男の焼けただれ、喪われた左眼の闇の中にあかい超常の輝きが灯る。男は不敵な表情を浮かべ、その後にリコーを呼んだ。


「同志リコー! 団結の力を見せよ!!」

「同志! 御意に!!」

 血を長し水溜まりに沈み意識の遠のきかけていたリコーであったが、信じた味方の声を耳にすると気を確かに保ち、上体だけを何とか起こして腰のピストルクロスボウを構えると、墜落中の呑龍を撃った。


「うぐうっ……!」

 呑龍が精いっぱい身を捻って致命傷を回避するも、今度こそ銀のクロスボウボルトが呑龍の胸に刺さった。その背に襲撃者が覆いかぶさると頭を押さえつけたまま呑龍の顔面を地に叩きつける。その衝撃で胸のクロスボウボルトが更に奥まで突き刺さると、呑龍は喉から血液がせりあがって来る感覚を覚えた。



 呑龍は前受け身を取ると、血を吐きながらも憤怒の形相で逆立ち姿勢となり、彼の頸椎に介錯の斬撃を加えようとする襲撃者を無理やりに振り落とす。



 素早く右腕を短機関銃に再変形させた呑龍が片手逆立ちの状態で襲撃者を撃つ。襲撃者はサーベルを手にしたまま二連続のバック転回避を行うと最後に一度後方宙返りし着地した。


 現れた襲撃者の正体は共産主義反政府赤色テロ組織「赤の楔」の幹部にして能力者【フォーティーエイト】である。


 フォーティーエイトとリコーに挟まれる形となった呑龍は構えるも、不意打ちによって受けた背中の裂傷と、矢による片肺の損傷が重く、血の咳を吐きながら片膝をついた。


「リコー、平気か」

「だ、大丈夫です……まだやれます」


「ここはもう十分だ。先に撤退しろ」

「同志、しかし……」

「革命とは一度切りの花火に非ず、心得よ」

「はい、同志フォーティーエイト……!」


 呑龍の背後で座り込み血まみれとなったリコーはクロスボウの装填作業を行いながら後ずさりしてゆく。

 フォーティーエイトは大きく幅を取った半身の状態で、サーベルを頭の高さで高く水平に掲げ、その刀身のしのぎ部分に左手を当てて構える。剣道の構えではない、どちらかといえば「霞の構え」に似ている。古流剣術の構えである事は呑龍にもわかった。



 後一歩でトドメを刺せた所を、背のリコーが地を這いずり遠ざかってゆくのがわかる。しかし背を向けてリコーを撃てばフォーティーエイトが襲ってくるだろう。そして能力不明の敵に対し、自身の負傷は決して軽くない、呑龍は血に染まった歯をぎりぎりと忌々しげに食いしばる。


 フォーティーエイトの深紅の雨衣レインコートが風にはためく。フォーティーエイトの格好を見て呑龍は顔をしかめた。


「貴様……」

「死ね!」

 フォーティーエイトが素早く踏み込み袈裟斬りで呑龍の首をねようとした。呑龍は右腕部を太刀へと変形させるとサーベルの一撃を防いだ。


 フォーティーエイトは素早く二の太刀、三の太刀を繰り出すも、呑龍は斬撃を受け止め左腕短機関銃で応射する。銃撃は敵を捉えたはずであったが突如としてフォーティーエイトは呑龍の視界から消え去った。


 直後、側面からフォーティーエイトが斬りかかる! 呑龍は跳んで避けようとするも肩から二の腕にかけてを斬られる。エーテルフィールドが生じたお陰で切断を防いだものの無効化には至れず、裂傷個所から血を噴き出し呑龍は転がった。



 泥まみれ、血まみれの呑龍は立ち上がりフォーティーエイトと対峙する。人間離れした身体能力が未だ継戦を可能にしているものの、呑龍の劣勢は明らかだった。


「このっ……!」

「首を避けるとはな、腐っても軍神ということか」


 雨の中、フォーティーエイトがおもむろに口を開く。


呑龍どんりゅう、お前の事は知っている。人間兵器呑龍、日中戦争の英雄、軍神……それが今では無様なものだな」

「知った口を……俺はお前の事なんて知らんね」


「ああ、知らんだろうな。だが知る事になるのだ、貴様のその死を以てな」

「抜かせ……!」


 呑龍は左腕短機関銃でフォーティーエイトを狙い撃つ。弾丸がフォーティーエイトの深紅の雨衣を貫くが、敵は超人的脚力で地を駆けるとサーベルで刺突する。呑龍は左腕で刺突を受け流すと右腕の刀で斬る。

 フォーティーエイトは体捌きで斬撃を避けると次の攻撃を出されるよりも早く呑龍の脇腹に中段回し蹴りを叩きこみ彼を吹き飛ばす。


 転倒した呑龍は左腕の短機関銃を撃つと共に右腕を散弾銃に変形させフォーティーエイトに射撃を行ったが、命中の直前に輪郭をゆらめかせたフォーティーエイトは突如として射線から姿を消してしまう。


(消えた!?)

 しかし次の瞬間、フォーティーエイトは頭上に出現し首を両断するための刃を振り下ろしていた。

呑龍は地を転がってトドメを回避するとフォーティーエイトの足首を取り転倒させた。そして寝技グラウンドからの至近距離銃殺に持ちこもうとする。


 だがフォーティーエイトに膝をつかせた所までは良かったが誤算があった。足首の破壊を試みる直後に呑龍はめまいと力の虚脱を覚えたのだ。その隙をフォーティーエイトが見逃すはずもなく、呑龍を蹴り飛ばすと体勢を立て直してしまった。



「そろそろ回ってきたようだな」

「くそ……毒……いや、呪いの類か……?」


 不調を感じた呑龍の顔色が曇るとフォーティーエイトは喪われた左目の闇を一層あかく輝かせ、不敵な表情を浮かべた。


「さあ、どうだろうな?」

「知れた事を、あの弓使いの能力か……!」

 負傷の事もあるが、それ以上の倦怠感、寒気、エーテルの巡りの悪さを呑龍は感じた。思い当たる原因はある。恐らくはあの弓使いの仕業、一種の呪詛を矢に込める弱体化能力の持ち主か。



「であったとて、貴様にそれを知る術はない。ここで死ぬからな」


 されど、そこに立ちはだかるのはフォーティーエイト、恐るべき使い手だ。時間をかければ失血とリコーの能力による弱体化で不利になるばかり、敵の能力は依然として全貌不明、周囲には分身兵、どこかに突破口を見いだせなければ……殺られる。




 ――――しかし、呑龍の運はまだ尽きてはいなかった。この時、窮地に陥った霊銀と呑龍を救うべく応援が向かっていたのである。



 同刻、文京区本郷に降り立った帝國の戦士が居た。顔までを覆う漆黒の機械鎧を身を纏った戦士は雨の中改造ハーレーを走らせる。もとはアメリカ兵の使っていた軍用WLAだが、彼が在日米兵から奪い取った代物で、米軍の白い星の紋章の代わりに武家の家紋である「丸に剣片喰けんかたばみ」が機体には描かれていた。


 微かにだが、雨音の中に銃撃音と爆発音が混ざったのをバイク上の男は耳にした。戦場は近い、派手にやっているようだが”予測通り”なら救援は間に合うだろう。



 危険ではあるものの、そこまでは急がなくても大丈夫だ。彼はふとハーレーを一時停止させ後ろを振り向いた。星一つないはずの闇夜であったが、小さな星が一つだけ輝いて視えた。


 保安局の能力者【翠嵐スイラン】は雨降る夜空を見上げると再びアクセルを握り、バイクを走らせた。






EPISODE「サムライ大空に君臨す」へ続く。

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