軍艦上のモルモット:3
EPISODE 032 「軍艦上のモルモット:3」
折れた刀を捨てた翠嵐は残るもう一刀に手を伸ばし、左居合抜きの構えを取ろうとする。アンシンカブルはそれをさせまいとスピアータックルを既に放っている。
アンシンカブルはダメージを受け、更に速く、強くなっている。それでも翠嵐は居合斬りが彼の加速に間に合うと予測して斬った。
一閃! 翠嵐の高速抜刀が闇夜を駆ける。波によって足場となる船が大きく揺れた。予測の難しい自然現象のアクシデントが加えられた瞬間、頭の中で扇状に広がってゆく未来の可能性の”色”が変わったような感覚を覚えた。
(基本となる乱数の”机”が入れ替わった――――不味い!)
それは「風が吹けば桶屋が儲かる」の言葉のように、ささいな自然現象が未来のカードデッキを大きくシャッフルしてしまった瞬間だった。
――――鈍化してゆく時間の中で、翠嵐は自分に向かってくる光の軌跡を見る。これらは全て被弾予測線、異常発達した超知覚力が幻覚めいてみせてくれる、アンシンカブルが仕掛けて来るであろう攻撃の予測ルートだ。
”乱数テーブル”が変わり、それらの被弾予測光の模様もまた変わった。辺り一面が光に包まれた。まさか回避不可能の広範囲攻撃を――――
アンシンカブルはスピアータックルを中断し、バランスを取るようにして急ブレーキを行った。
ここでアンシンカブルが空を震わす咆哮と共に固有能力を発動させた。
「YOOOOOOOOOOOOOOOOOOOUUUUUUUTH!!!!!」
能力者名:アンシンカブル
能力名:From FirePower
能力:ダメージ吸収&エネルギー変換 それに伴う肉体追加強化
アンシンカブルは自らの受けたダメージを吸収し、自らのエーテルに変換・獲得する。エーテルはすべての超能力者が異界の力を用い、神々の如き身体能力を振るうのに必要な霊物質である。アンシンカブルは、傷つけば傷つくほどに強くなる。
普段の大人しい様子からは想像もつかぬ巨人の咆哮の声量はエネルギー変換によって更に増幅され、殺人的な音響兵器となった。艦橋のガラスはひび割れ、空を見失った渡り鳥たちが墜落してきた。
戦いに巻き込まれぬよう離れた所から双眼鏡で戦いを観察していた登戸研究所からの出向研究員でさえ、鷺沼主任も含め次々に倒れた。
それをほぼ零距離で受けた翠嵐は不運そのものだった。兜の中で残響し続ける大音量が彼のエーテルフィールドを貫通し、彼の三半規管を破壊、その平衡感覚を奪う。
翠嵐は、なぜこの相手との戦いがこれほど不利であったのか、その原因の一つをここにきて遂に理解した。対処は難しいが、単に速いだけの能力者ならギリギリ対応できたはずだったのだ。
1フレーム60コマの紙芝居で送られてくる断片的な幻覚情報に音声情報は伴わない。例えば音や、放射線、細菌のような、視えない攻撃を行ってくるものは翠嵐の天敵なのだ――――。
次の攻撃のビジョンが視える。掴まれる。逃げなければ――――
わかっているのに、足元がふらつき逃げられない。おぼつかない足取りで逃げようとする翠嵐を、アンシンカブルの無慈悲な巨腕がついに捕らえてしまった。
アンシンカブルは甲冑と併せて100キロは軽く越えている翠嵐を掴んだまま、上空数メートルの高さまで飛翔。空中ファイヤーマンズキャリーを敢行した。
まるでゼロ戦が甲板に突っ込んで来たのではと勘違いしそうにもなるほどの強烈な振動が戦艦ノースカロライナを震わせた。
その衝撃を直に受けた翠嵐は、それだけでかなりのダメージを負った。甲板の木材を砕き、沈み込んだ翠嵐が小クレーターの中で身を起こす。凄まじい衝撃を受けた結果、バッテリー・冷却ファンなどを搭載した背中の機械ユニットが小爆発を起こし、発火を起こした。
「うおおおォ……ッ!?」
翠嵐は背を焼く炎に堪え、這いあがり、立ち上がった。電源を喪失した結果、試作当世具足の電子兵装はすべてダウンし、両目とヘッドランプの明かりも失われた。
勝負は決まってしまった。勝利はこの瞬間不可能になり、詰んだ。翠嵐がそれでもなお立ち上がったのは、ただの意地っ張りだった。
機械の当世具足が先に根を上げたというのに、翠嵐の未来予測能力は哀しいほどに機能し続けていた。
次はどうなる? ――――いや、次で終わりだ。
非常に強烈な打撃攻撃が飛んで来る。かすっただけで命にかかわるような、そういう破壊力、尋常ではない必殺の技だ。
動けない――――。三半規管を狂わされた翠嵐は刀を地面に刺し、それを支えにして立つ事が精いっぱいだった。
身長2メートルを超える巨人が暗い甲板上で、バッファローの頭蓋骨を模しているかのような親指と小指を立てるハンドサインを作ると、その左拳を天高く掲げた。
アンシンカブルの瞳は荒野の水平線の向こうの夕日のように燃え、突き上げた拳には莫大な量のエーテルが集まり、夜を終わらせる太陽の飛翔のように輝いた。
「WEEEEEeeeeeee.................................」
そして左腕をグルグルと回転させながらアンシンカブルは白い煙を口から、腕から、背中から吐く。
否、あれは煙ではない、アンシンカブルの人外の肉体が凄まじい熱量を発生させ、そこから発せられる熱気が冬の闇によって冷やされ、結果白い煙のように見えているだけなのだ。
その次の音と衝撃は、手榴弾の爆発よりもずっとひどかった。身長2メートル越えの大質量は生ける砲弾となり、衝撃波を発生させながら超高速で地を駆けた。
アンシンカブルの必殺技は「サンライズ・ラリアート」。そうだ、彼の必殺技は力任せに放つ”ただのラリアット”なのだ。そう、本気を出した際には第二世代戦車が一撃で”消失”する威力になるという事を除いては、まったく普通の――――。
戦艦砲の砲身かと見まごうほどに太く逞しい左腕ラリアートが直撃を果たした。直撃の瞬間、合気道の入身投げでも行うように翠嵐を真下に叩きつけたのは、アンシンカブルなりの不器用な優しさであった。もしそうせず水平に振り抜いていた場合、鎧を着ている翠嵐は遥か遠方の海の中に叩き落とされ、そのまま二度と浮いてこない所だっただろう。
真下に叩きつけられるラリアットの衝撃によって鋼鉄ブーツの踵が砕けた。翠嵐は命がけの後ろ受け身を取り、ダメージを出来るだけ分散させようとする。
衝撃分散のために鋼鉄の籠手が地面を打ち鳴らすも、その音は大砲音の如きラリアートの衝撃音にかき消され、受け身の分散衝撃にさえ小手は耐えきれず、指先の金属が分解、宙を舞った。
翠嵐は翡翠色のエーテルフィールドを展開し耐えるも、それがまるで用を為してくれない。一瞬でエーテルフィールドは粉砕し、翠嵐は地面に沈み込む。
それでも機械の当世具足はよくやってくれたほうだった。なぜならば、鎧よりも先に甲板の方が根をあげてしまったからだ。甲板の底が抜け、翠嵐は戦艦ノースカロライナの船内へと強制的に叩きこまれた。甲板に大穴が穿たれ翠嵐は真下の通路に激突したが、それでも止まらなかった。通路の床を貫通し、更に真下に落ちていった。
未来を視ているような余裕は既になかった。このまま勢いが死なず、自分は船底を貫いてしまうのではないかと翠嵐は危機感を覚えた。もしもそうなってしまったら、戦闘不能状態で鉄の塊を抱いたまま深海に叩きこまれ、二度と浮き上がって来られない。そんな恐ろしい事は出来れば考えたくなかった。
戦闘不能が必定であるどころか、死の危険さえ浮かんできた翠嵐に救いの手を差し伸べたのは、翠嵐にとってさえ予想外の存在であった。
船内の床を更に突き破りかけた翠嵐の身体が、空中で突如急減速したのだ。翠嵐の真下に現れたのは、三重に展開された光のシーツだった。
そのシーツが自身の身体を受け止め、その激突の衝撃を肩代わりしてくれようとしている事に翠嵐は気づいた。
サンライズ・ラリアートの勢いと引き換えに一枚目のシーツが破裂した。
二枚目のシーツが翠嵐を受け止めた。翠嵐を更に減速させ、二枚目のシーツが破裂した。
三枚目のシーツが翠嵐を受け止めた。…………そこでようやく、翠嵐は止まった。
――――粉塵がやがて晴れると、穿たれた大穴から夜空が見えた。夜空に輝く一等星が、今夜はとても憎たらしかった。翠嵐は兜の中で血を吐くと、自分が一体何に救われたのかを考える間もなく、その場で意識を失った。
アンシンカブルは、その大穴から真下を覗き込んでいた。左肩にはサンライズ・ラリアートを放った際に受けた刺突の傷があり、折れた日本刀の先端が突き刺さっている。
「……これで確信が持てた」
左肩の傷さえそのままに、無手のカウボーイは熱にうなされたような表情でこう呟いた。
「ヒメユリよ、お前にはまだ意思がある。そうなんだろう……? だというのなら、俺は……」
===
☘ ジェームズ・スタンレー / アンシンカブル
能力:ダメージレジスト
能力名:FFP(フロムファイアパワー)
1911年生まれのデンマーク系アメリカ人。元合衆国海兵隊員で太平洋戦争に参加。多大な戦果を挙げるも戦争に嫌気がさし、戦後すぐに除隊。
戦いを離れて暮らそうとするも、魔術結社サン・ハンムラビ・ソサエティからのスカウトを受けメンバーとなる。その後は本人の希望で日本で活動を行いながら、元合衆国軍の経歴を生かして米軍とのパイプ役も務める。
不沈艦の異名に恥じないタフネスとパワーを持つ純パワー型のサイキッカーで、必殺技はサンライズ・ラリアート。能力者「アンデッド・ジョー」は戸籍上は彼の養子にあたる。
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