サムライ大空に君臨す:2


EPISODE 020 「サムライ大空に君臨す:2」




 霊銀とクロガネは未だ戦闘を継続中だった。クロガネが霊銀を殴りつけると、霊銀はクロガネの股に膝蹴りを打ち込みながら顎に掌底を加える。

 クロガネは霊銀の肘関節を破壊すべく脇固めを狙ったが無謀が過ぎた。肘を取りに来たクロガネを圧倒的腕力で持ち上げると壁に何度も叩きつける。

 それでもクロガネの強固な金属ボディは破壊に至らず、今度は三角締めからの腕ひしぎ十字固めに持ちこんで霊銀の腕をしつこくねじ切ろうとしている。


「ウガアアアアアアッ!!!」

 野獣の如き咆哮を闇に轟かせる皇国の狂戦士は裏に停車したままであった保安局のフォード・クーペまで歩むと、パワーボムの要領でしがみついたままの状態のクロガネを何度もクーペのボンネットに叩きこむ。


 クロガネの状態たるやさながら腕に巻き付いた鉄の棍棒、そして振るうは鬼である。叩きつけられるクロガネよりも先に車の方が悲鳴を上げ、ガラスは容易く割れ、ライトは砕け、エンジンからは火花を噴いた。


 だが霊銀はそれを意にも介さない。クロガネが身動き不能、車と一体化するレベルになるまで何度も彼を車両に打ち付ける。仲間を救出すべくテルヤマモミジの分身兵が複数覆いかぶさって来るが力で強引に振り払う。


 激しく振り回され、打ち付けられたクロガネがグロッキー状態になり、自らの腕さえ抜けなくなるほどまでに身体を押し込んだ段階で、霊銀は決断的に右腕を手刀によって自切!



「派手に逝こうぜ!!!」


 ボンネット部分から離れた霊銀は残った左腕を刃状に変形させると車両後部を突き刺し、その後M1911ピストルを引き抜くと車体後部の傷めがけて.45ACP弾を連射!


 そして――――KABOOM!!!


 銃弾が燃料タンクから漏れ出したガソリンに引火、大爆発を引き起こす!! 一瞬にして愛すべき40年型フォードは爆発四散! 爆心地に強制的にねじ込まれていたクロガネはその爆発被害を最も受け、そうでなくとも霊銀を止めようとしていたテルヤマモミジの分身複数名が爆風に巻き込まれ消滅。

 この暴挙を行った霊銀自身さえも例外ではなく、近距離からの爆発を受けて路上へと吹き飛ばされた。



 ――――キインとした耳鳴りが頭の中で残響し続ける。爆発を受けた事で霊銀の視界は強いウイスキーをストレートで飲みほしたように揺らぎ、戦闘の興奮によって生ずる脳内麻薬が狂戦士の魂を満たしている。


 これだ、これが欲しかったのだ。この瞬間だ、浴びる返り血と爆炎はどんな美酒にも勝り、硝煙や炎の入り混じった空気はどんな煙草にも勝る。

 極限の状況で敵と対峙し、打ち負かし、その命を奪い取る瞬間、その瞬間だけは米国人もソ連人も中国人も日本人も、等しく愛おしくさえ思える。


 霊銀が笑った。立ち上がると炎を背に、月星を覆い隠す漆黒の雨雲に向かって笑った。ちょうどその時、闇夜に緑白色の信号弾が撃ち上がった。



 あかい超常の輝きの灯る狂気の笑顔が炎に向く。クロガネが地を這いながらも再び立ち上がろうとしていた。


 関心すべきは霊銀の容赦なき暴力と自動車爆発の直撃、その併せ技を受けても立ち上がれるだけの耐久力と、それを為しえるだけの防御力を誇るクロガネの硬化能力である。


「まだだ、戦いはまだこれからッ……!」

「クロガネ! 信号弾だ! 撤退するぞ!」

「去らば去れ! 俺はやる!」

 空に上がった信号弾はフォーティエイトからの命令に相違ない。テルヤマモミジの放った分身兵の一人が声をあげてクロガネに撤退を促すが、若き青年能力者は聞く耳を持とうとしない。


「逃げたければ逃げても良い。ただし……首だけは置いていって貰うが」

「ガンバーーーローーーウ!!!」

 クロガネは雄々しく革命のチャントによって喝を入れると自らを奮い立たせる!


「やめろクロガネ! 死ぬぞ!」

「平気だ、俺の鉄の皮膚は誰にも打ち破れない! 同志フォーティエイトも資本主義の犬を斬って出世したんだ! 俺だって! 俺だって!」




「威勢が良いな小僧、だがそれだけで殺し合いに勝てるのなら苦労は何一つ要らんのだ」


 霊銀は失笑すると首をポキポキ鳴らし、左拳を後ろに下げた半身の状態で構える。自ら切断した腕からは液体状の銀色の金属がボコボコと泡を立ててせり上がり、緩やかな自己再生を開始している。


 炎上するフォード・クーペと半壊した松竹館を背に二者は向かい合う。超常の能力によって金属体へと変化した二者の身体が闇の中、しとしとと降り続ける雨を弾き続けていた。



 先に動いたのはクロガネの方である。彼は地を蹴ると渾身のテレフォンパンチを振りかぶった。彼の能力がもたらす硬度と、その身体能力の相乗効果によりその威力たるや自動車との正面衝突にも匹敵する破壊力となるだろう。


 だが、先に攻撃を到達させたのは霊銀の方であった。


「南蛮殺到流拳法「改変」……必殺拳「スメラギ」」

 それは後方勤務要員時代、南蛮殺到流拳法に着想を得て個人的に試作を行った格闘術である。


命致イチの型……!」


 「必殺拳スメラギ」には四つの型がある。その内、命致イチの型は最も単純な技である。己が身体の流体化、および硬化能力によって右手を刀の如く鋭く尖らせ、超高速の貫手を加える。それはつまるところ、ただの地獄突きに過ぎないと評する事も出来る。


 ――――だが霊銀は過酷な鍛錬によってその貫手を人体のどこに当てても一撃必殺、致命のわざと為す域にまで昇華させた。これこそが敵の必殺技に対する反撃技カウンターとして放つ一撃必殺の貫手「命致イチの型」である。



 必殺の左貫手は金剛の如きクロガネの胸を貫いた。その一撃によって心臓が貫かれ破壊されると、力と命が失せていくのをクロガネは感じた。だが、自身の能力を「絶対に破られない無敵の防御」と信じてやまなかった青年は、そのことを信じられなかった。



「馬鹿な……無敵のは……ず……」


 大量の血を口から吐くと、その言葉を最期に若者の命は夜のとばりの向こうへと消えた。


「お前はそれには程遠かった。来世で圧倒的精進して出直して来い」

 霊銀は最早返事を返さぬ死肉の塊に向かって辛辣な言葉を浴びせると、若人の亡骸を水溜まりの中に投げ捨てる。



 人は誰でも死ぬ。それは超能力者サイキッカーであっても例外はない。能力者の寿命は長い、軽く百年を生きる能力者も存在はするが、そうした者もやはり戦争で大勢死んだ。そいつらの多くは前世紀までは「無敵」と称されるような連中ばかりだった。


 クロガネを屠った帝國の狂戦士はキョロキョロと辺りを見渡す。まるで獰猛な肉食の獣が次の獲物を探しているようだった。


 背を向け散り散り逃げていくテルヤマモミジの分身兵が目に入った。追っても良いが、所詮は分身。骨折り損になる事が予想できる。既に能力者を一人殺った霊銀は深追いにあまり関心をそそられなかった。



「ふむ……今日はもうお開きか。まあまあ楽しかったな」

 ようやく再生した右手の指を握り、開いてを何度か繰り返す。左に比べて少し細くなってしまったが、また飯を食えばこれは明日にも元に戻るだろう。



 だが遠ざかり、闇に消えてゆくその背中を見つめていると分身兵たちは突如苦し気な声をあげると、膝をついては一斉に倒れ出したのである。



 ★




 松竹館への襲撃を終えたフォーティーエイトは途中で発見したリコーを担いで戦場からの撤退を図る。フォーティーエイトの傷は軽い、背中に受けた散弾もエーテルフィールドで受け止めたため、猫に引っ掻かれた程度の傷だ。


「面倒な奴を生かしてしまった」

「すみません同志、あともう一発、矢を当てられていればきっと……」

「いや、仕方がない。どうやら呑龍ヤツには秘密警察の類の後ろ盾がある。それがわかっただけでも十分だ」


 とはいえ、あの二刀流の男の邪魔さえ入らなければ呑龍を殺れていただろう、フォーティーエイトは口惜し気に思いながら雨の中を歩く。


「すみません、次こそは必ず……」

「シッ、気配を消せ」

 突如、フォーティーエイトはリコーの言葉を遮った。そして不意打ちされた時の危険を冒してまでエーテルの放出を抑え、身を低くして草むらの中に隠れた。


 それからすぐに、付近の草むらが空からの強力な光源によって照らされるのをリコーは見た。



 雨雲が空を覆う今宵にありながら、例外的にひとつ輝く星があった。その光源の正体は旧海軍が秘密裏に開発していた携帯式探照灯サーチライトである。


 戦時中、飛行能力者向けに開発されたものであるが開発当時の純粋な科学技術では光量、電池の持続時間等、性能面で軍の要求基準を満たすことが出来ず、不足部分は超能力者の生成した部品で補うという魔術テクノロジー的解決を図った経緯を持つ品だ。



「見よ東海の空明けて 旭日高く輝けば 天地の正気せいき 溌剌はつらつと 希望はおどる 大八洲おおやしまぁ~」(※1)


 敗戦に伴い禁歌となり果てた愛国行進曲を上機嫌に口ずさみながら、上空より探照灯を地上向け照射するのは日本軍の飛行服である航空被服に、晴れ渡る大空おおぞらの如き水色に染め上げられた縛帯ばくたいを身に纏っている。


 対照的に本来純白であったマフラーは自身と敵、両方の血によって真っ黒になるほどに変色しており、風にたなびくそれは彼が多くの屍の上に立つ絶対強者であることを知らしめていた。



「――っと! んん? 居たか?」

 能力者【天空テンクウ】は光を照らした先で揺れ動く茂みに異変を感じ取り、そこに向かって手に持っていた「ルイス軽機関銃」こと日本海軍の九二式七粍七機銃を地上に向けると、小刻みな射撃を行った。


 この武器を見る上で実に印象深く特徴的な皿のような弾倉が周り、吐きだされた.303ブリティッシュ弾が地上の草を貫き、木の枝を吹き飛ばすも手ごたえはない。


 地上へと降り立った能力者【天空】は怪しいと踏んでいた茂みを銃身で掻き分ける。足跡が二人分、新しい。


 降り立った天空の周囲には斥力場せきりょくばのようなものが展開しており、降り注ぐ雨粒一つ彼の身体を濡らすことがない。彼周りだけ空が晴れているかのようだった。


「おかしいな、居たと思ったんだが、逃げた後だったかなあ……」

 ここを通ったようだが、既に先に逃げた後か。検討の外れた天空はばつが悪そうな表情をすると飛翔し飛び去って行った。



 天空が飛びさって行った足跡とは全く異なる方角の闇の中からフォーティーエイトとリコーは現れた。能力を用いて足跡を瞬時に偽装し、逃走方向を欺いたのだ。


「助かりました。同志がいなければ私は……」

「礼は無事帰りついてからだ。それより……大物が出て来たな」


「あの航空服の男をご存じで?」

「ああ、奴は極めて危険だ」

「同志をしてそこまで言わしめるとは……一体何者なのですか」


 リコーが尋ねると、フォーティーエイトは空を睨んでこう答えた。

「大空に舞うサムライ……二代目「神風」”だった”男だ」





EPISODE「サムライ大空に君臨す:3」へ続く。



===


♪使用歌詞情報

※1:愛国行進曲 作詞:森川幸雄

著作権フリーにつき権利消滅済

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