サムライ大空に君臨す:1


EPISODE 019 「サムライ大空に君臨す:1」




 呑龍どんりゅうはフォーティーエイトの斬撃をかわすと二連続バック転で距離を取り両腕を短機関銃へと瞬時に変形させる。しかし彼が撃ったのはフォーティーエイトではなく、彼をアシストするテルヤマモミジの分身兵だった。


 分身兵の放ったトカレフ弾が頭のすぐ横の闇を抜け、呑龍の薙ぐように放った短機関銃弾は分身兵たちを抉り取り消滅、あるいは負傷させ無力化に至らせる。


 またこれだ、と呑龍は内心舌打ちする。好機が来ると分身兵が決まってそれを潰しに来るのだ。


 そこへフォーティーエイトがサーベルで斬りかかる。呑龍は武器化した両腕をクロスさせ斬撃を受け止める。鍔迫り合いになるが力が思うように入らない、リコーの銀の矢を受けた右胸から呪いが周り、エーテルの喪失と身体が痺れてゆくような感覚だった。


 一歩、また一歩と呑龍は押し込まれる。


「我が同志に受けた呪いの具合はどうだ? ……そろそろ限界のようだな」

「まだだ……ッ!」

 雨に濡れた呑龍の額には脂汗が滲み、顔からは血の気が引いている。呑龍のそれが単なる強がりの痩せ我慢である事は明白、肺の損傷によって喀血かっけつは止まらず、呼吸の阻害によって物理的スタミナは勿論の事、呼吸による魔力エーテルの補給循環も満足ではない。逆転の機を掴めぬ呑龍の敗北はもはや時間の問題だった。



 だが! 幸運の女神は呑龍をまだ完全には見離してはいなかった! 能力者同士の争う苛烈な戦場に一台のバイクが接近するとまばゆいヘッドライトが殺し合いの最中の二人を照らした。


 呑龍もフォーティーエイトも一瞬新手に目をやった。そのバイクはGHQの日本占領以降散々見た米軍の軍用ハーレーであったが、燃料タンク側面にあるはずの合衆国の白き星の紋章はそこに無く、代わりに「丸に剣片喰けんかたばみ」の家紋が描かれていた。


 バイクはそのまま無謀に戦場へと高速進入を行うと、呑龍を包囲していた分身兵たちを容赦なく跳ね、ドリフトを行うと背中に差した二振りの日本刀の内の一本を左手で抜いた。


 ドリフトで雨を散らしたハーレー乗りの能力者は再度アクセルを強めるとバイクを突進させ、左の刀で分身兵を真っ二つにしながらフォーティーエイトへと襲い掛かった!


「!」

 気づいたフォーティーエイトは後方宙返りで斬撃を躱すと、天地逆の状態からバイク搭乗者にサーベルで斬りかかる。だがハーレー乗りの能力者は上空のフォーティーエイトを見上げる事さえもなく、自らの頭上に刀を構えると冷静に斬撃を受けきったのだ。


 切り結んだハーレー乗りはそのまま加速しフォーティーエイトとの距離を離すが、その加速の勢いの矛先は呑龍にも向けられていた。

「うおおっ!?」

 危うく巻き添えで撥ねられかけた呑龍は危機一髪、渾身の力で飛び避けて轢死を免れる。


「危ねえなこの野郎!!」

 カっとなった呑龍が顔の見えないハーレー搭乗者に向かって怒鳴りつけるも、 顔の見えないハーレー乗りは静かに

「お前が避ける事は判っていた」

 と、答えた。その声は呑龍が想像していたほどよりもずっと若い声であった。



「貴様が呑龍だな。応援に来た、下がっていろ」

 そう告げると彼は乗機であったハーレーを降り、文京区の戦場に二本の足で降り立つ。


 背丈は166センチの呑龍よりずっと高く、霊銀並、もしくはそれよりも高い背丈の大男だったが……それ以上に目を引くのは彼の外見だった。

 男は全身に漆黒の鎧を纏っていたが、それは中世の騎士というよりアメリカの科学漫画雑誌に出て来る機械人間のような風貌で、首や脚部からは格納しきれないチューブが露出し、鋭く尖って刃の取り付けられた肘や膝部分などからは翡翠ひすい色の輝きを放っている。


 ハーレー乗りの能力者【翠嵐スイラン】は右手で背の刀を抜くと、正中線の通った二天一流の中段構えを取り、フルフェイスヘルメットのバイザーを翡翠色に輝かせた。


 翠嵐の二刀の構えはその若い声に反して熟練の戦士と死地での経験を想起させる。敵の力量を悟ったフォーティーエイトも先ほど同様半身を大きく開いた上段の構えを取るものの、迂闊に踏み込むことはしなかった。


 翠嵐が摺り足で一歩踏み込み、血の混じった水溜まりを波立たせた。フォーティーエイトと翠嵐は同時に仕掛ける。翠嵐は敵のサーベルを左の刀で受け止めると右の刀で小さく切り払おうとする。フォーティーエイトは後ろに跳んで斬撃を躱す。


 踏み込んだ翠嵐は左の刀で敵の心臓を突きにかかる。だがその瞬間、刃は心臓を捉えることなく、フォーティーエイトは突如として翠嵐の視界から消えたのである!


 そして! 翠嵐の真後ろを取って後方に出現したフォーティーエイトは片膝をつく低空姿勢でサーベルを水平に振り、その膝を刈り取ろうとした。初見殺し攻撃!


 だが翠嵐はその瞬間、既に高く跳躍して斬撃を回避していた。

「避けただと!?」

 初見の者では到底避けきれないであろう一撃をこれほど素早く回避した事に流石のフォーティーエイトも驚きを隠せない。彼は空中から投剣を行って来た翠嵐に対しサーベルを構えこれを斬りはらったが、それと同時に背中に衝撃を受けた。


「グウッ……!」

「お前さんが赤い雨衣あまいを着てるのはよお……背中を撃たれすぎたせいかい?」

 攻撃の主は呑龍、彼は満身創痍ながらも不敵な笑みでフォーティーエイトを野次る。彼の両腕は散弾銃に変形しており、そこからは小さく煙が立ち昇っている。


 フォーティーエイトのエーテルフィールドを減衰させると、更に追撃の弾丸を浴びせて殺害に追い込もうとしたが、呑龍がそうするよりも早くフォーティーエイトは彼の視界から姿を消した。やはり錯覚の類ではない、彼の固有能力か、フォーティーエイトは確実にその姿を消している。


「チ、また消えやがった」


 再出現したフォーティーエイトは着地した翠嵐に激しい斬撃を仕掛けた。しかし翠嵐は彼の手を全て読み切っているかのように冷静かつ精確な防御でこれを防ぎきる。翠嵐は刃を横に払ったがフォーティーエイトは側宙で斬撃を回避するとそれ以上の深追いを行わず、四連続バック転で翠嵐と、隙あらば射撃を加えようとしてくる呑龍から距離を取った。


 それから数秒フォーティーエイトと翠嵐は睨みあったが、雨天にも関わらず松竹館の側の遥か向こうに輝く星の輝きに気付くと、ただでさえ半分ほどの焼けただれて醜くなった顔を余計に歪めた。


「飛行能力者か……潮時だな」

 敵の増援が手練れの能力者、それも複数名の増援であると理解した時、フォーティーエイトは十年式信号拳銃を取り出すと信号弾を天向けて放つ。銃声と共に火花が散り、飛翔した緑白色の信号弾は星のように輝いていた。



「……どうやら命拾いをしたようだな。だがこの戦い、必ずこちらが勝つ。狼煙はやがて上がるだろう、呑龍、貴様ら帝國の亡霊は指を銜えて我々が為す世界の変革を眺めているといい」


 フォーティーエイトは呑龍向けて不遜に言い放つと、最後に二刀で構える翠嵐を一瞥し、彼らに背を向けた。


「追うか?」

「いや、無理だ。逃走先に罠を張っている、捕まえられない。貴様の体力も持たん」

「……知ったような口を」

「ああ、そうだ」


 翠嵐の不躾な口調に呑龍は少しだけ眉をひそめたが、自分の周囲にはもっと不躾な奴がいる。今更気にするほどのことでもなかった。それに彼のお陰で命拾いしたのも確かだ。命のある以上の事など世の中そうそうあったものでもない、そう考えれば彼の態度など些細な事だった。


「ゴホッゴホッ……ふー……ともあれ、助かったぜ。お前、見た事のない奴だな。元軍人か?」

「そうだったとも……そうでなかったとも言えるな」

 翠嵐は曖昧な返事で言葉を濁した。


「妙な奴だな」

 翠嵐の事をそう評価した呑龍はその負傷にも関わらず煙草に手が伸びた。この雨だから吸おうと思っても吸える訳ではない、完全な習慣だ。自身の悪癖に気付いた呑龍は取り出しかけた煙草を戻すと重く苦し気な血の咳を吐いた。リコーの放った矢は未だ胸に突き刺さったままであった。


「病院まで運ぶ」

「いや……それよりもう一人の様子を見にいかなきゃならん。今頃遊びすぎてるだろうからな」

「それなら心配は要らない。手練れが一人行ってる」

「誰だ?」

 一体そいつは何者か、呑龍が尋ねると翠嵐はその名を明らかにした。

「【天空テンクウ】だ」





EPISODE「サムライ大空に君臨す:2」へ続く。

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