サムライ大空に君臨す:3


EPISODE 021 「サムライ大空に君臨す:3」




 フォーティーエイトとリコーを見逃した天空であったが、その後も文京区上空を飛行し敵の捜索を継続する。

 その最中、彼の携帯式探照灯サーチライトが路上を走る影を捉えた。それがテロリストであるか民間人であるかを問う事もなく天空は九二式七粍七機銃を撃った。



 弾丸が目標を貫くと背中や頭部から血を流して倒れたが、それはすぐに土塊つちくれと落ち葉のひとやまへと変じ、それも雨に溶けるようにして消滅していく。


「分身の術か、小癪な事を」

 探照灯を照らすと、それが分身能力者の生み出した幻である事はすぐにわかった。一体を倒すと、付近に隠れていた分身が姿を見せた。彼らは上空の「天空」向けて拳銃を撃ったが、ろくに命中さえしない。


 子ネズミをいくら倒してもキリがない、どこかに親ネズミがいるはずだ。彼は真下の分身兵を無視して高度を上げると探照灯をかざし、念入りに地上の動きを見る。


 すると、多数の分身がこちらを撃ってくる中、小銃などという他の分身よりも上等な武器を持ちながら、撃ってこずに背を向けて逃げる男を探照灯が見つけ出した。



 鬼の首でも取ったような気分になった天空はニッと白い歯を剥いて笑みを浮かべると、急速飛行し逃亡者へと向かった。



 多数の分身兵を操っていた能力者【テルヤマモミジ】は大戦中のソ連の主力小銃であったモシンナガンのM1891/30小銃を大事そうに抱えて走る。

 小太りながらも超能力者であると同時、身体能力に優れた超越者でもあったため走る事は苦でなかったが、フォーティーエイトの撤退指示と、分身を通じて知ったクロガネの最期が心の重圧となって彼の額に汗を掻かせる。クロガネは殺られた、追手もこちらに迫っている。一刻も早く戦域を離脱しなければ。


「本体はお前だな」

 走るのに夢中になるあまり、テルヤマモミジは声をかけられるその瞬間まで、敵の飛行能力者が地上スレスレを並走している事に気が付かなかった。


「うわああああっ!?」

「ハハハハハハハハ!! そんなに驚くな、肝の小さい奴め!」

 驚き転倒するテルヤマモミジの前に降り立った天空は敵の無様さに大笑いする。


「我が名は【天空】! 大空に舞うサムライと人は呼ぶ! 赤軍のしもべよ、その名を名乗れい!」

「な、なんだって……?」


「んー……名乗ってくれんと困るなあ。いつか戦記を書こうと思っててな、そのために戦った敵の名前は知っておかんといかんのだ」


「ふ……ふざけるな!」


 馬鹿にされていると感じたテルヤマモミジは震える声を振り絞って怒鳴った。そして急行したパンツァーファウスト装備の分身兵に天空を狙わせた。この至近距離で撃てば本体もろとも巻き込まれるが、テルヤマモミジは相討ちも辞さない覚悟だ!


「革命万歳!」

 分身兵のパンツァーファウストが発射された。テルヤマモミジは直接戦闘向きではなく、エーテルフィールドも肉弾戦向けの者に劣る、恐らく相討ちになるだろうと死を覚悟した。


 だがパンツァーファウストは天空への命中直前で急激にその角度を変え、遥か上空へと不自然な飛翔を行うと、空中で炸裂した。


「なんだ……と……」

 テルヤマモミジは思わぬ光景に唖然とする以外に術が無かった。直後、彼は下肢に痛みを覚え、悲鳴をあげた。



「うあああああああああああ!!!」

 テルヤマモミジの周囲の地面が深く陥没し、彼の両足は工業機械にかけられるよりも無惨な形で圧潰し、千切れた。


 叫びをあげたテルヤマモミジは本能的に手を使って這い逃げようとした。すると左手首から先が圧潰し、ねじ切れた。



 天空は無惨な姿となったテルヤマモミジへ近寄ると、冷たい表情でその後ろ髪を掴でこう言った。


「言っておくが俺は至極真面目だ。後で俺が考えても良いが、お前が言ってくれた方が苦労もない」


 テルヤマモミジは答えなかった。天空は彼の顔面を地面に叩きつけた。

「だから、言えよ」

「言うものか……」

 天空は再び彼の顔面を地面に叩きつける。テルヤマモミジの後頭部の上に乗った天空の力は能力者をして常軌を逸しているとしか思えない力で、まるで戦車に轢かれているかのようだった。


「言え」

 テルヤマモミジは、やはり答えなかった。苛立った天空はテルヤマモミジの左耳を引きちぎった。慟哭の叫びが闇夜に響いた。


「言わなきゃ次は、目を抉るぜ」

「くたばれ」

「そうかよ」

 もはやその行為にはお互い意味が無かった。拷問を行う側も、行われる側も意地の張り合いだった。天空は予告通りテルヤマモミジの左眼球に指を突き立てると、まるでスクランブルエッグでも作るかのように軽快に掻きまわした。


 テルヤマモミジの左眼球が爆ぜ、その光が永遠に失われた。


 拷問の痛みに意識が遠のく。

 走馬燈が駆け巡った。晴れ渡る故郷の空、何もない故郷だったが、秋になると美しく赤い紅葉が咲き、山を美しく染めあげた…………。



 父さん、母さん。





 ――――さらば同志、革命の成就あれ。




 テルヤマモミジは失神する寸前で踏みとどまり、砕けるほどの力で奥歯を噛みしめた。非常に強力な劇物の入ったカプセルが割れ、毒薬が漏れ出すとテルヤマモミジの喉に落ち、その臓腑を焼いた。


「言えって言ってるだろ」

 三度相手の顔面を地面に打ち付けた天空だったが、突如苦しみ悶えて痙攣するテルヤマモミジに異変を感じ取るとその手をようやく放した。


「待て待て待てまだ名前を……ああ……しまった……。ハァ、自決用の毒を隠してやがったな……ちゃっかりしてやがる……」


 天空は慌ててテルヤマモミジを仰向けに戻すも、彼は既に事切れてしまっていた。その死に顔は壮絶そのもので、口からは泡を吐き、凄まじい力によってひび割れた頭骨は歪み、片目の無い顔面は潰れきって彼がかつて何者であったかの判別は最早不可能となり果てていた。



「まあいい……お前はよく戦った。良い戦いだったとも、実際惜しかった。ええと名前は……そうだな、名前は後で考えてやる」


 それは到底戦いとさえ呼べない一方的なものであったが、若い連中に語って聞かせる武勇伝が今晩も一つ増えた事に満足した天空は、その生前の扱いとは裏腹にテルヤマモミジの無惨な亡骸を両手で丁重に抱きかかえると、闇夜へと飛び去った。




 自身の装備であった機銃を簡単に捨て、代わりに戦利品代わりの敵の亡骸を抱えて飛行する天空は東大近くの旅館そばで炎上する車を目視する。雨の中、上半身裸の男がその炎で暖をとっていた。

 天空の存在に霊銀が気づき振り返る。互いの視線が交錯すると、天空は地上に敬礼を送った。霊銀もまた、事務的に敬礼を返す。天空は地上に降りたたず、敵の亡骸を抱えたままどこかへ飛び去っていった。


「奴が殺ったのか、やるな」

 手足の欠損した死体の顔は視えなかったが、抱えられた死体の着用物から、あの飛行能力者が敵の分身能力者を殺害した事を悟った。その後も、霊銀は雨の中に輝く星をしばらく見つめ続けていた。




「終わった……のか?」

「ああ、そのようだ」

 同刻、そこから少し離れた所から飛び去ってゆく天空の姿を呑龍たちも見ていた。呑龍は、翠嵐の低速で運転するハーレーの後部に後ろ向きに座っている。

 先ほどまではあれほど騒がしく感じたのに、分身兵が消え去ってからというもの、今では周辺はとても静かだった。


翠嵐スイランとかいったな。礼に今度――」

 続きを言おうとした所で呑龍は咳と共に血を吐いた。リコーの矢に込めた呪いの力は呑龍の命を奪いはしなかったものの実際危うい所だった。もしも翠嵐がこの場に現れなければ、彼の命は此処までであったかもしれなかった。


「余り喋るな、死ぬぞ」

 翠嵐は振り返らず言った。

「それと礼は良い。――もししたいと言うのなら”彼女”にする事だ」

「……なん、だって?」

 呑龍が訝しむと、翠嵐はこう告げた。


「お前はここで死ぬ未来だった。”彼女”が未来を変えた」

「……お前、もしや予知能力者か?」

「語弊のある表現だ。そんな万能な能力の持ち主は地球上に存在しない」

 その”含み”のある言い方に能力の察しをつけた呑龍は尋ねるも、翠嵐の返しは「当たらずとも遠からず」といった風で、どこかはぐらかされているようにも感じた。


「訳がわからんな」


「その話は後にしよう。それより呑龍、貴様の意見を聞きたい」

「なんだ……?」

「あの赤マントの”軍人”の事だ」



 翠嵐が聞くと、呑龍はみるみるその表情を硬くした。

「詳しくは知らんだがお前の考え通り、奴は皇軍の兵士だ」



 呑龍は自身が対峙した赤軍の能力者「フォーティーエイト」と呼ばれていた男の事を思い出していた。深紅に染めた官給品の雨衣レインコート、旧型の陸軍下士官用サーベル型軍刀、そして階級章の外された陸軍の軍服、身のこなし……彼が元日本軍の兵士である事は明らかだった。



 それ以上の正体はわからない。呑龍はもう一言、闇に向かってこう付け加えた。

「……少なくとも、かつては…………」




・暗黒街のヒーロー

★ DarkGray Warmonger

 第一章【戦争狂ウォーモンガーたちのアンコール】終


 第二章【秘密結社ハンムラビ!(仮題)】へ続く。

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