戦いの鐘が鳴る:2


EPISODE 015 「戦いの鐘が鳴る:2」




 最初の敵を屠った霊銀は一歩下がって構えを取り廊下の闇を見据える。能力の全身発動が行われ、髪が、瞳が、肌が、全てが銀色に輝く金属的質感を持った超常物質へと変質してゆく。


 すぐに敵が来ないとみるや霊銀は浴衣の上着を脱ぎ捨て、私服のカーゴパンツこそ履いていたものの、上半身は筋骨隆々銀色の裸の上にホルスターのみを着用した非常にマッシブな格好となった。その大胸筋は逞しく眩しい。



 霊銀は左脇からM1911を一丁引き抜き、向かい側の部屋にまず銃口を向け、次に廊下側に向かって腕と顔の半分を晒す。閉所のため腕は伸ばさず肘を曲げ、短く拳銃を構えた。


 闇の中、廊下の先、階段から足音が聞こえた。霊銀は晒した身を引っ込める。直後、発砲音と共に廊下の闇が一瞬だけ照らされた。



 うまく銃撃を回避した霊銀は再び廊下に拳銃を向け、闇に向かってまず一発射撃。二階奥にあるこの部屋に上がって来るまでの間取りの記憶と、発砲のあった音の方向を頼りにおおよその目星をつけて撃ったのだが、それはわりと良い線を突いていた。


「ぐあっ!」

 一瞬、そして微かでしかなかったが暗闇を刹那照らすM1911のマズルフラッシュが、それの放った45ACP弾が敵の右肩を撃ち抜く瞬間を霊銀に確認させてくれた。


 敵が拳銃を取り落とし頭を下げた瞬間、霊銀はマズルフラッシュの消えた闇に向かって更にもう二発を撃った。閃光が新たに闇に生まれ、男の額は撃ち抜かれた。


 ドサリ、と成人男性が床の上に倒れる音を霊銀は確かに聞いた。さらに一人殺った。



 霊銀が再度身を隠すと、先ほど霊銀が立っていた場所を目標に更なる敵が発砲を行って来た。敵の武装は貧弱、加えてエーテルフィールドを張っていない。となれば、多少訓練を受けただけの非能力者モータルだろうか?


 セオリーならば、そうだ。

 霊銀は確かに一瞬、そう思いかけたが判断を下す直前、回答を保留にした。


 M1911を握った自らの右手が霊銀の視界に入った。

 自身の能力の作用によって身体は指先まで銀色の金属物体に変質していた。


 指先まで銀色だった。



 それが一番おかしい事だった。



 ――――何故、指に返り血が付いていない?





 呑龍は向かい側の部屋を警戒して右腕の上下二連散弾銃を向けたままラジオの載った机へと近づき、同じく机上に置かれた魔術通信器具「澎湖ほうこの貝殻」へと手を伸ばす。貝殻の手前に置かれた灰皿では吸い終わった金鵄きんし煙草の一本がまだ小さく細い煙を立ち昇らせていた。


 呑龍は澎湖の貝殻を机に置いたまま器用に片手で操作すると、遠隔魔術通信を試みた。


「こちら呑龍、保安局本部応答願う! こちら呑龍! 保安局本部応答願う! 繰り返す――――」


 通信先は言うまでもなく保安局本部である。5秒、10秒、繰り返し呼びかけるがまだ本部は応答しない。夜中とはいえ戦闘中のレスポンスの悪さは呑龍の気持ちを苛立たせ、焦らせる。



 霊銀は廊下を挟んで銃撃戦を継続している。彼は何を思ったか、ガバメントの残り三発を牽制に撃つと廊下を飛び越えるようにして、向かいの客室へと飛び込み前転を行った。


 飛びこみ前転を行うと同時、空となったM1911のマガジンを放棄しズボンのポケットにねじ込んだ予備弾倉を引き抜く。



「一体何が起こってるんですか!? 助け――」

 そしてそれを拳銃に差し込もうとした時、自体を把握しようとした宿泊者の中年女性が霊銀に駆け寄ろうと――――


「邪魔だ」

「うげえっ!!」

 霊銀は近づいた民間人女性の腹部を殴りつけると、柔道技「肩車」を実行! 邪魔でこそあったものの罪のない女性を脳天から地面に叩き落としたのだ! 「戦いの邪魔する者は老若男女を問わず殺す」。それが霊銀の持つ憲法第二条本文である!


 一応の加減こそあったものの……脳天から叩き落とす受け身不能の肩車の「手加減」など、いかほどのものだろうか? 頸椎に凄まじい負荷を受けた女性は床に倒れると白目を剥き、口から泡を吹いて動かなくなってしまった。


「ひっ……!」

 その恐るべき瞬間を見てしまった男性は思わず悲鳴をあげかけたが、闇の中で朱く光る霊銀の鷹の如き瞳が男を見た時、彼は声を出せば殺される事を生物的直観として瞬時に理解した。


 抗いようのない暴力が人の姿をとって動く光景を目にした時、男の正気は蝕まれ瞬時に過呼吸となった。ゆえに彼は叫ぶことさえできずに胸を抑えて苦しそうに倒れたが、そのお陰で霊銀の手にかかることを避けられた。


 過呼吸となった男にとって幸運な事に、霊銀はそれ以上は定命者モータルに対して欠片ほどの関心すら抱かなかった。今の彼にはもっと面白い事が他にあるからだ。


 霊銀はマガジンを装填したM1911のスライドを引くと、廊下側から近づいてくる足音に気づいて闇の中に二発を撃った。男の悲鳴と倒れる音が聞こえた。


 次にポケットから取り出したのは米軍横流しのL 字懐中電灯、霊銀自身の私物だ。ライトの電源を入れたものの、彼が照らした先は敵の居る廊下奥ではなかった。


 彼の照らしたのは現在立っている室内、もっと具体的に言えば、最初に敵を蹴り飛ばして転落させた窓ガラス、その足元である。



 L字ライトが床を照らした時、彼の疑念は晴れた。部屋の畳のどこにも血の痕を見つけることはできなかったからだ。

 あの瞬間、鋼鉄の二指は確かに敵の頸動脈を切り裂いた。指に血の感触があった、命の感触があった。だが今はない――消えたのだ。


 この状況下で呑気に窓から頭を出し、地面に向かってライトなど当ててはいられないが、それをせずとも結果は想像できる。十中八九、地上あるはずの死体はどこにも見当たらないだろう。



 余計な被弾による魔力の余計な消費を抑える為、距離を取っての銃撃戦で闇の中の襲撃者を撃っていたが状況は変わった。このままでは恐らくらちが開かないだろう。解決手段は――――。


「呑龍」

 霊銀は左手に持ち替えたM1911を廊下側に向け三発ほど撃つと、宿泊部屋側の呑龍を呼んだ。まだ本部に繋がらないようだった。


「何だ!」

「行ってくる」

「そうか、勝手に行け!」


 呑龍が応えた時にはもう、霊銀はL字ライトを口に咥え、全身を硬化させた状態で廊下に向かって飛び出していた。


「GRRRRRRRRRRR!!!」

 日本人の平均身長がまだ160しかなかった時代、眼から超常の光を、口からは文明の光りを放ち、唸り声をあげながら殺気全開筋骨隆々全身金属175センチ近い大男が狭い廊下を突き進んでくる事を質量の暴力そのものと云わずして何としよう?


 襲撃者たちは霊銀の巨体を撃つも、全身超常金属となった霊銀は装甲列車の如き頑強さで、彼らのTT-33拳銃から放たれる7.62x25mmトカレフ通常弾程度では貫通はおろか満足に傷をつけることさえ叶わない。

  

 霊銀は走り間合いを詰めながらM1911の残り四発を撃ち、一人を無力化。残弾の尽きた拳銃を放り捨てると左手で敵の首を掴み、壁に叩きつけた!


 そして左手を離さぬまま、階段を上がってきた敵の首を右手で掴むと、まるで雑草という名の草でも引き抜くかのように容易く持ち上げ、同様に壁に叩きつけた!


(やっぱりな)

 銜えたままのL字ライトが壁の二人の顔を照らした時、霊銀はニィと、まるで鬼の首でも取ったかのように邪悪な笑みを浮かべた。


 壁に叩きつけられた男たちはまるで双子のように瓜二つだった。髪型や、この時勢にはやや珍しい若干の小太り体系までもが一致していた。


 彼らは双子? 否。では兄弟? 否。 では整形? やはり否。

 二人は口元のほくろの位置まで同じであった。霊銀は両手に力を込めると、二人の首はボキりと圧し折れた。判断に迷った原因はこの闇夜と、まるで人間のような脆さ。


 だが間違いない。こいつは――いいや、”こいつら全員”能力者だ。



 首を圧し折られ絶命した二人の襲撃者はその場で土くれと落ち葉に成り果て、それもすぐに闇の中で消滅した。階段を上がって更なる襲撃者が二人、三人、五人……だが近くで灯りを照らしてよく視れば、この者たちも全員同じ顔である事に気が付くだろう。


 聞いたことがある、西洋では「ドッペルゲンガー」、日本では古来、忍びの者にそうした使い手が居たとされることから「空蝉うつせみ」あるいはもっと有名なものとして「分身の術」として伝わる超能力の一つ、相対している敵がまさにその使い手である事は疑いようもない。


 敵戦力の全貌が掴めぬ以上はリスクを避け、かつ原則魔力の消耗には気を払ってゆくべきだが、分身能力者相手ではそれこそ消耗戦になりかねない。どこかに隠れて居るであろう本体を探し出し、抹殺せねば。



 一方、霊銀を送り出し客室に残った呑龍側はというと、ようやく本部との通信が確立したところであった。

『こちら帝國保安局本部。工作員「呑龍どんりゅう」へ、ご用件をお聞かせ願います。どうぞ』

「現在敵の襲撃を受けている! 規模、能力者の有無は不明!」


 呑龍は肩で貝殻を保持したまま這うようにして窓側へ向かうと小さな障子戸を開く


『応援は必要でしょうか』

「まだわからん。だが現場急行可能な工作員を探してくれ」

『しばらくお待ちください』


 障子戸を開いた呑龍は左手に灰皿を持っていた。中身は床にぶちまけた上で延焼対策として上に茶を撒いた。


 彼は頭を出さず、そっと灰皿を掲げた。直後――――


 大きな音を立ててガラス戸が割れ、雨と風が吹き込んだ。左手に重い衝撃が伝わり落としそうになったが、灰皿が歪むほどの握力で握りしめ、それが廊下に飛んで行ってしまうのを防いだ。



 呑龍は灰皿に何が起こったかを見た。呪文を刻んだ対能力者用の銀の矢が根元まで灰皿に突き刺さり、その原型を崩壊せしめていた。

 こいつは記憶に新しい、つい数日前に見たばかりだからの手口だからだ。稲船の捜査を行う折に仕事を増やしてくれた奴が敵の中に混ざっていると考えるのが自然だった。


「……まったく、相棒が喜ぶな。呑龍より本部へ追加情報! 敵能力者が確実に一名、まだ他にも居る可能性が高い」

『承知しました』


 油断ならない、外には狙撃手スナイパーが居る。弓矢といえど侮れない、超人的身体能力を兼ね備える能力者なら特注の強力な弓を使って300メートル程度の距離なら撃って来るからだ。中国戦線で弾の不足がちな小銃に代わって弓を持ち歩いてた超越者の兵士がいた事を呑龍は思い出した。


 呑龍は狙撃されないよう、伏せながら客室の外を慎重に目指す。


 廊下に出ると敵の”分身”の一体が霊銀の殺戮をすり抜けて階段を登りきっていた。足音と殺気を感じ取った呑龍は直感的に床を転がる。遅れてTT-33の放ったトカレフ弾が木の床に突き刺さった。


 そして……TRIGGER! 呑龍はすかさず変形させたままの右腕上下二連散弾銃の引き金を引く。散弾を胸と頭に受けた敵能力者の分身は断末魔とあげながら土くれと落ち葉に変じ、すぐに闇の中で消滅する。


 分身を一体倒した呑龍は右腕の変形を一旦解くと向かいの客室に入る。


 呑龍がL字ライトのスイッチを入れると、裸に剥かれ、布団の上で気を失っている哀れな中年男裸が一人と、口から泡を吹いて倒れている裸の中年女性の見るも無残な姿を認める事が出来た。


「おこ……おこして……」

 女性は息こそあるようだったが起き上がれないようだった。畳の陥没具合を見るに、頭から叩き落とされ頸椎を損傷したのだろう。裸なのは恐らくテロリストによる拷問や凌辱の一環、あるいは衣服を奪い取った結果に違いない。


「一体誰が……ひでえ事しやがる……」


 本部への呼びかけに必死で一部始終を見ていなかった呑龍はこれらの凶行を赤の楔の連中の仕業であると思い込み、その中の誰がやったにしろ彼ら二人の仇を取ると胸に誓った。



「同じ日本人として、お前らの仇は取ってやる……」

 呑龍は言い残すと割れたガラスの残りを蹴り飛ばし、建物の外へと飛び出していった。





EPISODE「戦いの鐘が鳴る:3」へ続く。

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