第五章 石川悪右衛門討伐録

20 ~その死のサダメ~

「信田葛葉どの。君が持つ、すべての事情は把握している。なればこそ――未来へ戻る方法を、知りたくはないかね?」




 顔を紗幕しゃまくで覆った黒衣の男性が、そう言ったから。

 だから。

 故に。


 あたしたちは、因縁深いあの場所へと――摂津の国へと、ふたたび出向くことになったのだった。



◎◎



「石川悪右衛門に、国家転覆の疑いありと、公家くげの方々は判断された」


 悪右衛門が保名さんの屋敷を襲撃したあくる日のこと。

 奥の間に集められたあたしたちに、その言葉は投げかけられた。

 集まったのは、あたし、保名さん、在雅さん、そして何故か、景麟くん。

 座敷の上座には、二人の人物が座っている。

 ひとりは昨日見た、白拍子の女性。

 もうひとりは、黒衣の――顔を一枚の布で隠した、恐らく男性。

 その人が、事態のあらましについて、朗々とした声で語っていた。


「私は陰陽師、賀茂忠保かものただやす。いやしくも帝より、陰陽頭おんみょうがしらの役職を賜り、すべての陰陽師を束ねるもの――そして、そこに控える保名の、後見人でもある」


 彼、加茂さんの顔が、わずかにあたしの隣へと向く。

 そこに座り、ジッと畳を睨みつけているのは、保名さんだった。普段の微笑みは何処にもなく、ただただ苦渋を噛み締めるような表情で、彼は沈黙を貫いていた。

 その様子に、加茂さんは小さな息を吐く。

 そうして、気を取り直したようにあたしへと向き、お話を再開した。


「……さて、信田葛葉どの」

「は、はい」


 保名さんの後見人という割に、彼の声は若々しく張りがある。ただ、その落着きは尋常ではなく、ある意味では保名さんよりも底が知れない奇妙な人物だった。

 顔が隠されており、表情がうかがえないことも、それに拍車をかけている――と、そんなあたしの心中を察してか、彼は小さく頭を下げてみせる。


「事情を話すという段になってなお、顔を見せない非礼を、どうか許して欲しい。私の顔は、いまや人には見せられぬものなのだよ。ある陰陽法師とのいさかいの結果、ふためと見られぬまじないを懸けられてしまったからね。重ねて言おう、許して欲しい」

「そ、そんな。問題ない、です」


 頭を下げる彼に、慌てて面を上げてくれるように頼む。

 このひとが、大変な要職に就いていて、かつ権力者であり、同時に命の恩人であるということぐらい、いくらあたしでも理解できていた。

 そんなひとに、頭を下げさせたままにさせるわけにはいかなかったのだ。


「そうかしこまるものではないよ。私はあくまで役人、そして保名の上司に過ぎない。君や、保名に課せられた運命を思えば、なんと端役であろうか」

「運命?」

「……単刀直入に言おう。信田葛葉どの」


 彼は。

 この時代最高の、稀代きだいの陰陽師、賀茂忠保は、厳かな声音で、言った。




「信田葛葉と保名は、いまのままでは死別するサダメにある」




 ――そう、言った。


「し、死別って」


 そんなの、ただ事じゃあない。

 少なくともあたしか保名さん、悪くすればどちらもが死んでしまうと、そういうことを眼の前の陰陽師は口にしているわけで。

 この時代で、誰よりも優れた知識人であろう彼がそう口にしたということは、ある意味で実感を伴う恐怖として、あたしに襲い掛かった。

 酷い怖気に、思わず両肩を抱くと、ポンと手を乗せられる。

 大きな、ごつごつとした、だけど温かい手。


「……姫さん、心配しなくたっていいぜ」

「在雅さん」


 源在雅さんが、いつの間にかあたしのそばで、武骨な笑みを浮かべていた。


「大丈夫さ」


 彼は繰り返す。


「そのふたりは、そんな馬鹿げたことが起きないように今日まで準備をしてきたんだからさ。大丈夫、なんとかなるって。そうでしょう、陰陽頭さま?」


 在雅さんの気安い言葉に、加茂さんは小さく肩を揺らす。

 どうやら、笑っているようだった。


「ああ、その通りだ検非違使佐どの。私と、それに保名。そうしてここにいる

白拍子の姫――八咫姫やたのひめは、そのサダメを変えるために、今日まで努めてきたのだから」


 努め、悪足掻きをしてきたのだからと、彼は語った。

 真摯な響きが、そこにはあった。


「えっと……ちょっと待ってください。あたしはバカなんで、よく解らないんですけど」


 つまり、このひとたちは、あたしか保名さんが死に別れる運命だということを、事前に知っていたことになる。

 でも、それはどうやって?


「それについては、の口からお話ししましょう」


 涼やかな声。

 見遣れば白拍子のひとが、八咫姫と呼ばれた女性が、たおやかに微笑んでこちらを見ていた。


「お初にお目にかかります。信田姫。吾は、故あって八咫姫と名乗っております」

八咫やた……?」

「はい、ヤタガラスの八咫。ひとを導く鴉でございます。或いは、時代に選ばれたものを導くと言いますか」

「また、運命だとかなんかですか……」


 うんざりと呟く。

 自分でも思ってもみなかったことだけれど、どうやらあたしは、運命という言葉が嫌いで仕方がないらしい。

 いや、じつを言えば、知っていた。

 だって、そいつは。

 あたしが現代で生きていたころ。

 あたしを――


「まあ、落ち着きになって。お気持ちは解りますが、お聴きになって。これは、とても重要なお話なのです。なにせ――」


 あなた方が死ぬという託宣を下したのは――


「吾、なのですから」


 八咫姫さんの告白に、あたしは言葉を失う。

 そんなあたしを――あたしたちを見て、加茂忠保さんは、こう問うた。


「信田葛葉どの。君が持つ、すべての事情は把握している。なればこそ――未来へ戻る方法を、知りたくはないかね?」


 そう、言った。

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