第二章 平安京の奇妙な生活
03 ~美味しくない朝食~
夢を見ている。
夢だ。
どうしてそれが夢だとわかるのかといえば、
眼の前で、狐が喋っているからである。
狐は言った。
妙に若々しい女性の声で。
「狐じゃないワン」
……ひどく名状しがたい気分に
狐じゃないなら、なんだっていうんですか?
「
……はぁ?
と、要領を得ることができず、取合えず頷く。
お稲荷様って、狐じゃないのか。
えっと……それはともかく。
なんで、そのお稲荷様があたしの夢の中に?
「深い意味はないのよ。ただ、今後いろいろ見定めさせてもらうことになるから――そうしてそれが、この国の未来を大きく変えるから――だから、ちょっとばかし
報酬?
いったい何の?
「難しく考えなくともいいわ。
そんな風に、一方的に会話を打ち切って、そうして狐――もとい、お稲荷様は消えていったのだった。
かわりに――
「――姫――葛葉姫――」
聞き覚えがあるような、柔らかい声が聞こえてきて――
◎◎
――そして、あたしは目を覚ます。
ぱちんと目を開ける。
あるかなしかの微笑みを口元に浮かべた、優男の顔がそこにあった。
「まもなく
スマホを引っ掴む。
時間は、早朝4時39分。
あたしはとりあえず、こう言った。
「死ね!」
「ふぎゃふ!?」
優男――保名さんの顔面を殴り飛ばし、そしてあたしは安眠の世界へと再び落ちていった。
お寝坊さんとか、わけのわかんないこと言わないでよ、もう……
◎◎
「……保名さん」
「なんでしょうか、葛葉姫」
「姫じゃないです、葛葉呼びもやめてください。信田でいいです」
「では、信田姫、ご用件は」
「……朝ご飯、ないんですか?」
「だから、起こしたではありませんか。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「マジかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
あたしは、天を仰いで絶叫して。
そう、ここは現代ではない。
ここは、平安京の外れにある、保名さんの屋敷。
平安貴族の平均起床時間が午前3時(
◎◎
あれから。
保名さんに悪右衛門から助けられてなにがあったのかといえば、特になにもなかった。
――いや、あったといえば、あった。
行く当てのないあたしは、保名さんの好意で屋敷に泊めてもらうことになった。
森をぬけて、街道筋に出て、そこからは
牛はいなかった。
でも、牛車は進んだ。
あたしが目を
どういうことなのかと訊ねると、
「私は、これでも陰陽師なので」
と、変な回答が帰って来るだけ。
正直、やはりここは現代で、この牛車も電動で動いているんじゃないだろうかと疑ったけれど、そんな疑惑は屋敷に着くころには吹っ飛んでいた。
月明かりがぼんやりと映し出す美しい町並み――いや、
……京都に、旅行に行ったことはある。
そのときに見た光景と、その町並みは似ているようでやはり決定的に違っていた。
あたしの生きていた時代のものとは比較にならない建造物の群れ。
寝殿造りの大邸宅と、ボロ小屋同前、ホッタテ小屋同然の住居が線引きされたように並ぶその町並みは、否定しようもなく自分が生きてきた場所とは違っていたのだ。
そうして否応なく理解する。
……本心を言えば、そのときまであたしは期待していたのだ。
これが何かの――そう、ドッキリじゃないかって。
係長に屋上が投げ捨てられたことも含めて、一種のサプライズじゃなかったのかって。
だけれど、もう否定できなかった。
こんな大がかりな仕掛けまでして、あたしなんて一介の小娘(25歳)を騙す理由なんてない。
だから、つまりはそういうことだった。
あたしは。
信田葛葉は、本当に平安京にタイムスリップしたのだと――!
……と、まあ。
そんな風に驚きはしたものの、結局睡魔には勝てず眠ってしまい、先ほどのようなドタバタがあって。
改めて、朝食の時間と相成った。
「で、これは、何ですか?」
「なにと言われても、私が我慢してとっておいた信田姫の食事です」
「姫じゃないです」
そう断わりをいれながら、あたしはまじまじと手元の御膳を見る。
たぶん川魚っぽいものの干物、これはいい。量は少ないけれど、それは問題じゃない。
問題なのは、その他ふたつ。
「これは、なんです」
「見ればわかるでしょう。ははぁ、やはり信田姫はどこぞのもの知らずな姫であったか」
「姫じゃないです」
「うん、大根のつけものです」
「……これが、《つけもの》」
繰り返しながら、思う。
どう見ても干からびた野菜くずだと。
そうして、もう一方。
「ちなみに、これは」
「
「…………」
もはや言い返す気力も湧かないほどに、それはそういうものだった。
粒々とした黄色いものや緑のものが、水で薄めた
香りは、嗅いだことがある代物だ――ほら、雑穀米とかの、あの匂いをきつくしたような……
ともかく、用意してもらったのに手を付けないのはいくらなんでも失礼だと。
あたしは箸を手に取り、一番
……塩味ひとつ、しなかった。
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