第六章 Back to the Future.

28 ~見知らぬ、見慣れた天井~

 視界をく光。

 無機質な、暖かな日光とは違う光。

 その眩しさに、眉をひそめ。

 そうしてあたしは、自分が目を開いているのだと、気が付いた。


 ――眼が、覚めたのだ。



「……え?」



 それは、見知らぬ天井だった。

 パターン化された模様の、真っ白な、極めて近代的な――だけれど、どうしようもないほどに、懐かしさすら覚えるほどに、

 そうだ。

 それは、病院の天井だった。

 あたしは、カーテンで鎖された真っ白なベッドの上に、横になっているのだった。

 腕には点滴のチューブが繋がり、身体の至る所には計測機器の端子が張り付いている。

 服装も、小袖から緑色の入院着になっている。

 ……おそろしいほど懐かしい、文明の利器の数々だった。

 わけが解らないまま身体を起こすと(全身がひどく重く、起き上がるのには苦労することになった)、まるで見計らったかのようにカーテンが開いた。

 現れたのは、やはり見知らぬ女性。

 でも、平安時代の女性の姿ではない。現代的なその服装からして、看護士さんだと一目でわかる。

 そのひとが、大きく目を見開いて、ひどく慌てた様子で枕元のナースコールを押す。


「306号室の信田さんが、意識を回復されました! 至急先生と、ご親族のかたを――」


 そこからは、ひどく慌ただしかった。

 黒縁眼鏡のお医者さんがやってきて、MRIや心電図やら、たくさんの検査をたらいまわしにされて、終わったかと思ったら、実家から家族が泣き顔でやってきて。


「あんた、会社で倒れてるとこ見つかって、それから2週間も意識不明だったんだよ!?」


 と、母に泣き付かれてしまった。

 いや、2週間も意識不明って。

 それ以前に、会社で倒れていたって。

 あたしは、屋上から係長に投げ落とされたはずで――


「なにを意味の解らないことを言ってるんだおまえは……そうか、怖い夢でも見ていたんだな、辛かったろうなぁ」


 そんな風に、父親は何度も目元をぬぐいながら言う。

 夢。

 いや、意味の解らない事を言ってるのは、お父さんとお母さんのほうだ。

 だって、あたしは、夢なんかみていない。

 あたしは、ただ、屋上から転落して、そして、そして平安時代に――



「――?」








   Noise\

微笑み、あるかなしかの、微笑み

         \Noise







 あたしは頭を抱える。

 全身から脂汗が噴き出す。

 両親が狼狽した声をかけてくる。

 うるさい。

 黙ってください。

 わからない。

 なんで?

 見えない、解らない、おもい、出せない。

 会社で倒れた後のことも。

 その原因も。

 脳裏を席巻するのは、無数の羽虫のざわめきのような、不愉快な、気持ちの悪い、幾つものおぞましい雑音と砂嵐。

 そのはざまに垣間見える、誰かの、柔らかで、やさしい口元だけの笑みは。


 あたしは――



 その笑顔のあるじが誰であるのか、まったく思い出せなくなっていた。

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