25 ~悪右衛門、狂気地獄~

◎◎



「ぐ……あまり無益な殺生は――好まんな!」


 敵陣にて。

 太刀合っていた黒服を蹴り飛ばしながら、在雅さんが叫ぶ。

 群がる黒服を器用にいなしつつ、あたしを護ってくれている保名さんが大声で応じる。


「殺生を案じる必要はない! この兵たちはみな式神だ、気兼ねなく切り捨てろ、在雅!」

「はん、こいつら人ですらないのかよ! 一大豪族とも思えない布陣だな!」

「悪右衛門に――もはやその程度の人徳も、ない!」


 保名さんの断定に、違いないと在雅さんが声に出して笑う。

 そうして、その次の刹那には、彼の双眸が、手の中の真剣と同じ、鋭い輝きを帯びていた。


「ひとでないというなら手加減せんぞ。蔵の奥から引っ張り出してきたこの名刀――雷斬らいきり……おまえたちで、試し切りをしてやろうか!」


 雄叫びとともに振るわれた刃は、彼の前に立ちふさがった黒服を両断する。

 人体が切断され――だが、血飛沫が上がることはなかった。

 どろんと煙が上がって黒服の姿が消えてなくなる。

 あとには、真っ二つになった人型の紙切れが、ひらひらと散るばかりだった。


「おお、さすがは検非違使を束ねるかた! その調子で自分のことも守ってくだされ!」

「おまえは、ちったぁ戦えよ!」


 怒鳴る在雅さんに、あはははーと愛想笑いをする途綱さん。彼はちょこまかと逃げ回りつつも、しっかり黒服をひきつけ、在雅さんの前へと引きずり出して見せる。意外にも名サポーターな活躍をやってのけていた。

 そんな二人が先陣を切り、あたしたちが後方に続く。

 八咫姫さんが奮闘してくれているのだろう、次々に襲い来るとはいえ黒服――式神の数は少ない。

 途綱さん補助があれば、在雅さん一人でも十分対処できる数だった。

 そうして、その機を逃すほどあたしたちはおろかじゃなかった。

 一気呵成いっきかせいに進んで、進んで、進んで。



 そして――辿り着く。



 ――奥の間。

 明らかに様子の違う厳重な警護がなされた扉。

 その門番ともいえる式神を、保名さんと在雅さんが叩きのめし、その扉を蹴破る。

 見えたのは。

 見えて、しまったのは――



「――とうとう来たか、ここまで来たか。保名。そして……我が妻の生贄よ!」



 鎧具足に身を固めた、猿とガマガエルを混ぜ合わせたような容貌の男、石川悪右衛門。


 そして、その腕の中に抱かれる、醜悪な、あまりに醜い――だった。


 ぶよぶよとした肉が、いぼや腫れ物や腫瘍のような凸凹で醜く覆われ、色は腐れかけの肉そのもので、至るところから膿んだ汁となにとも知れない体液がこぼれ落ちている。その肉塊からは、長短五つの突起が生えていた。

 室内には腐臭が充ち、そのえた臭いに胃の中身が逆流しそうになる。

 でも。

 だけれど。


 そんなことよりも、よほど悍ましい事実が、あたしたちを打ち据えていた。



『ぎぃ……ぎぃ……』



 その肉塊が、

 悪右衛門が、わらう。


「おおう、おおう、おまえもうれしいか、そんなにうれしいのか、おおう、おおう」


 言いながら、彼はその顔を、肉塊へと近づける。

 気が付く、気がついてはならないことに。

 肉塊の、いま悪右衛門が顔を近づけている突起からは、無数の毛が、肉の間からこぼれ出ているのだ。


























 ――



























「おう、口を吸うてやろうな、。そうして、あやつらにみせつけやろうぞ」


 慈しむようにそんな言葉を紡いで、彼は、肉塊へと――肉塊だとあたしが思い込んでいた、思い込みたかったへと、口づけをした。

 そうだ、見ればわかった。

 それは――人間だったのだ。

 人間だった、ものなのだ……


「……これが真実です、信田姫。私の父は、ああなる前に彼女を殺してやりたかったのです」


 保名さんの声には、哀しげな響きがあった。


「悪右衛門の細君は、とうの昔に死んでいます。それを、蘆屋道満がムリヤリに。その結果があれです。死ぬことすら許されぬ、哀れな――」


 彼の説明の間にも、悪右衛門は執拗に肉塊と口づけを交わし、やがて、満足したのかそのを、床へと横たえた。

 優しく、慈しむような手つきで、だ。

 ……そうして、悪右衛門は声をあげる。

 その醜い顔を、更なる狂気に歪めながら。



「では、貰い受けるぞ信田葛葉。我が妻に永遠の命をさずけるため。真に永遠を齎し、いま一度生きてもらうため。道満の兄者の言葉の通り、貴様の――生き肝を奪わせてもらう!」



 狂人が凶刃を抜き放った。

 石川悪右衛門。

 口元を腐汁で穢した、もはや正気の欠片もない目付きの彼が、あたしへと向けて、床板を蹴った。

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