04 ~虚しい現実、その認識~

◎◎



「姫がなにに憤慨ふんがいしているか、私には皆目見当もつきませんが……しかし出掛けたいというのならついていきましょう。検非違使けびいしがいればまた話は違うでしょうが、遷都以来、なにせ京の都は物騒ですから」


 あたしはタイムスリップしてきました!

 なんて、荒唐無稽な話を上手いこと切りだせるわけもなく、それでもなんとか事態を把握したいと思ったあたしは、彼に町へ出かけることの許可を求めた。

 予想していたような難色を示されることもなく、簡単にそれは了承されたのだけれど、当然と言えば当然の条件が一つ。

 歴女でもなく、そうして京都の地理(それも自分が生きていた時代からさかのぼって1000年以上だ)に詳しい訳でもないあたしは、いろんな軋轢を水に流して、保名さんに同行してもらうしかなかったのである。

 同行してもらうまでは、なんでもなかったのだけれど……


「……ひどい、ですね」


 あたしは、ポツリとつぶやいた。

 道――大路や小路は、恐ろしく整備されている。土は均等にならされ、整然と建物は立ち並び、行きかう人々の量よりも広い。

 でも。

 だけれど。


「これが――いまの京の現状ですよ、信田姫」


 姫じゃないです。

 そう返す気力もなえるぐらい、やはりあたしが見ている光景は酷いものだった。

 人が、道に寝そべっている。

 一人や二人ではない。

 大勢。

 寝そべっているというより――倒れている。

 ハエが、たかっている。




 ――死んでいる。




 それを、どこからかやって来た人々が、戸板に乗せて運んでいく。

 その人が、死者が身に着けていた身ぐるみを、すべてはがして。

 道は整然としていた。

 そうして、汚れていた。

 糞尿や吐瀉物と見えるものが、その辺りに散らばっている。悪臭がひどく、その中で生気のない人々が動いて回っている。

 その誰もかれもが痩せ細り、お腹だけがポッコリと、まるで古典の文学で読んだ餓鬼のように膨らんでいるのだった。

 どこかで喧嘩けんかが起きていた。

 金銭を奪われるものがいて、その辺にはえている雑草をちぎって口に入れるものがいて、人間の糞尿を食べる、いぬすらがいた。


「――――」


 言葉も、なかった。

 昨日の夜に感じた美しさなどない。

 それはただ、人の世の中の貧しさや苦しみが凝り固まってつどっているだけなのだった。


「……信田姫は京には不慣れの様子。すこし休める場所へ行きましょうか」

「…………」


 気遣うような彼の言葉が、だけど上手く聞こえない。

 あたしの前に、ぼろ衣のような服を着た、小さな子供がよろよろとやってくる。

 倒れ込む。

 思わず。

 ほんとうに反射的に、抱きとめる。


「――ッ」


 ……あたしは、たぶんわすれない。

 その感触を、きっと忘れない。

 ぐにゃりと潰れ、そのまま崩れ落ちる、子どもの肉の感触を。


 ――その子は、死んでいた。


 あたしの手の中で、息絶えた。

 保名さんを見る。

 腕の中に子供を抱いたまま、彼を見上げる。

 昨日、あたしを救ってくれた彼を。

 彼は。

 保名は。



 ――無言で、首を振った。



 ……あたしは、そこではじめて、ここがどういう場所なのかを、知った。

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