14 ~モテるOLと紅顔の美少年~

◎◎



「おう」

「おおう」

「たれか」

「あのうるわしき姫は、たれか」


 保名さんの白い狩衣や、途綱さんの質素なそれとも違う、鮮やかな朱色の、ほうと呼ばれる衣装を着用した、幾人のもの男性――平安貴族たちが、口々に声をあげる。

 そのなかには在雅さんも混じっていて、口元こそ檜扇ひおうぎで隠してはいるが、完全に眼が笑っているのだった。

 え、なんです、これ? 羞恥プレイ!? つらいです、これはつらいですよ!


「保名ぞ、陰陽博士の保名がおるわ」

「なんぞあの姫と関わり合いがあるのかえ?」

「わからぬが、しかし夜天にも似た髪を持つ姫君よ」

「ちぃーと、齢を重ねておるが、目付きも悪いが、しかし髪の美しさの前では無意味じゃの」

「肉付きもよい」

「肌も白い」

「太陽のような後光が見えるわ」

「なかなか見ぬ器量よしじゃ」

「尻」

「乳」

「けっきょく誰か?」

「たれそ、知るものはおらぬか」

「たれそ」

「たれそ」


 そんな周囲のざわめきというか、出刃亀でばがめ的で下世話なセリフの応酬は、あたしが指定された席に案内されるまで続いた。

 広い屋敷の庭に――急造りだろうか――これまた広い座敷が作られており、そこに畳が敷かれ、下座と上座に別れている。

 あたしは上座のほうに、おえらい貴族さんたちを差し置いておかれてしまい、保名さんは背後へと控えてしまった。

 不安から周囲の人々の様子をちらちら伺うと、見知った顔がふたつあった。

 向かって左側に、10人ほどの貴族。その末席に途綱さん。

 向かって右側に、9人の平安貴族。その中程に在雅さんがいた。

 ちなみにあたしは、右側の一番上座側だ。


「在雅は本来、中納言ちゅうなごんの管轄する武官。右側にいるのもおかしな話ですが、こたびの歌詠み合戦、よい歌を吟じられるものなら誰とも構わず呼び寄せた様子。恐らく、、細かいことは気にもしていられないのでしょう」


 保名さんがそんなことを、こっそりと教えてくれるけれど、はっきりいって今のあたしはてんぱっているのでよく解らない。

 へーとか、ふーんとか、品のない相槌が漏れないよう、みごとな松の絵が描かれた扇で口元を隠すので精いっぱいだった。


「ふむ……なにかあれば私に。或いは、下座のさらに後方に控えている舎人とねりにお声掛けを。あれは雑用や貴族の身辺を護るもので、加えていえば悪知恵のはたらく在雅の息がかかっています」


 なるほど。

 言われた通りさらに後方まで視線を伸ばすと、数人、脇に控えているものたちがいる。

 格好も、貴族たちとは違う。

 なんとなく数えると右に2人、左に2人で、4名ほどいるようだった。控えているとはいえ、なにかあればすぐに動けるようにだろう、片膝立ちになっている。

 と、そんな風に観察している間にも、貴族がたの視線は、あたしにざくざく突き刺さっているのだった。

 平安時代のお姫様たちは、素顔を人前にさらしたがらなかったというけれど、ここまで熱視線を向けられてしまえば、なんとなく理由も解ろうというものだ。

 或いは、それこそ女性の顔を見慣れていなから、あたしなんかに興味津々なのか……


「……色々と理由は、それこそ私ぐらいしか理解していないだろう理由はありますが……しかし信田姫。もう少し、ご自身のあいらしさを評価しても、罰は足らないと思いますよ?」

「あ、あいら……けふん! それより保名さん、まだ始まらないんですか? あたし、実を言えばあまり長時間座っているのって、得意じゃなくって。その……正座椅子とか、ないですかね?」

「おそらく未来の品物の名前を口に出されましても、私にはどうしようも――いえ、どうやら始まるようです。少し視線を下げておいてください」


 そう忠告され、はっと頭を下げる。

 軽快な足音を立てながら、誰かが上座へと入ってくるところだった。

 下げた視線に映るのは、足。

 それは、予想していたよりも、或いは女のあたしよりも、ずっと小さな足で。


「今日はよく、みな集まってくれました! 父の病をいやすために、こんなにもお力添えを頂けて、僕は、とても嬉しく思います!」


 その声は甲高く、若々しく、少しばっかり舌足らずなものだった。

 あまりに思っていたものと違う声音に、反射的に視線が上を向く。

 脚、太もも、腹、胸――すべてが小さなその上には、溌剌はつらつとした笑みをたたえた、少年の顔が乗っていた。


「こ、こど――」

「大江景麟さま。よわい13にして、殿上人。この場の誰よりも身分の高い、私たちとは一線を隔すおかたです」

「……っ」


 思わず指射して叫びそうになるところを、背後から絶妙なタイミングで機先を制され、なんとかこらえる。

 そう、そこにいるのは子どもだった。

 まだ年端もいかない、幼さのしっかりと残る、天真爛漫な笑顔の少年だった。

 花のかんばせ、紅顔こうがんの美少年。

 そんな言葉が相応しい、そんなショタっこだった。

 その少年が、まばゆい笑顔のままに言う。


「皆も知るとおり、僕の父は悪夢にうなされ、とてもよくない具合です。折角戻った黄金の烏帽子も、まるで呪われているみたいだ。バケモノを見たという家人もいるし、坊主も播磨はりまの陰陽法師も役には立たなかった! しかし、今日は陰陽頭どのの直弟子に、また歌に秀でた諸兄らに来ていただいた! きっと父も安泰でしょう!」


 ひとの陽の気を集めたような。

 たぶん、保名さんならそう言うのだろう。

 そのぐらい、いま熱弁をふるう少年は、眩しく映った。

 父親の無事を案じ、目の前の人々を信じ、まったくと言っていいほど疑うことを知らない。

 一切のてらいなく、善人。

 そうとしか言いようがない、なんとも言えない雰囲気が、その小柄な体を取り巻いているのだった。

 この人物になら委ねてもいい。そう思えるような徳の高さみたいなものが、そこに確かにあるのだ。

 その彼が――大江景麟くんが、高らかに告げる。


「では、これより歌合せを始めたく思う! 時はこれより日暮れまで。題は返歌。父が受けた柿本人麻呂どのの歌に対する、素晴らしい返歌を。祟りすらはねのけるような、みごとな返しの歌を、皆、どうか詠んで欲しい!」


 それでは。


「ここに――開始を宣言する!」



 少年の掛け声とともに、貴族たちは、ゆったりと筆をった――

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