15 ~歌合せ(序)~
◎◎
「……で、どうすればいいんですか、あたし?」
「どう、と言いますと?」
いや、どうもこうもない。
あたしの後ろに控えている保名さんは、相も変わらず微笑んでいるけれど、どうにも憎たらしい表情に見えてならない。
困惑しているあたしを見て、楽しんでいるような、そんな気さえしてくるのだ。
疑心暗鬼かもしれない。
でも、いきなり筆と短冊を渡されて、そこになにか歌を書き出せと言われれば、そういう気分にもなろうというものだった。
この歌というのは、つまり短歌である。
5・7・5・7・7の文字数で、まあ季語とか、よくわからないけど気の利いた言い回しとかを入れて、景観や心持ちを描写し、歌にするわけだけど、しかし、あたしにその手の才能はない。
まったくない。
そりゃあ義務教育は受けているから、基礎的なものは習っているけれど、それだってもう7年以上前の話だし、第一そんな難しいことを考えられるように、あたしのおつむは出来ていない。
ありていにいって大ピンチ。
あからさまに窮地なのだ!
だというのに、保名さんは笑っているのである。
さすがに腹も立ってくるというもので。
「まあまあ、落ち着いて。お酒もありますし、肴もあります。なんなら菓子もありますよ、信田姫。これなど、こんぺいとうという
「知ってます! そんなことより、あたしはなにを読めばいいんですか!? ちゃんと保名さんたちが、考えて用意してくれているんですよね!?」
そんな感じで、小声で怒鳴るという器用な会話をしていると、
「保名どの、調子はどうだい?」
と、甲高い声が、聴こえてきた。
ハッと振り向くと、そこに美少年がいた。
大江――景麟!
彼が、保名さんとは根本から違う爽やかな笑顔で、陽光を背負いそこに立っていた。
「はい、こちらは順調でございます。大江景麟さま」
「あははは! それはよかった。陰陽頭どのがね、きみに任せていれば上手いこと
「いえ、私はただの、陰陽博士でございますから、過分なご期待には」
「『甕の水を移すようにとはいかないが、係累に無二のものが現れても不思議ではない
「――――」
「彼はそう言っていたよ? 僕、期待しているから」
「――はい」
あるかなしかの笑みを浮かべたまま、こうべを垂れる保名さん。
「ところで」
それをうんうんと見届けて、少年の眼が、あたしへと向く。
「ところで保名どの。この
「――は。こちらは、とある家のご息女であり」
「それにしては、僕が知らない。見れば僕のように若すぎるわけでもない。太陽のように眩しく、夜の星々のようにうるわしいこのひとが、まるで魔的な魅力のあるのこの人が、これまで一度も宮中で噂にならなかったというのは……ねぇ、ちょっとおかしくないかな?」
――ヤバイ!
この少年、すごい頭が切れる。
いままでの色ボケ貴族たちのように、のほほんとは構えていない。
ジッとあたしを見詰める彼の瞳には正しい光があり、だからこそそれは、あたしの身分に対する嘘を、いまにも看破してしまいそうだった。
背筋を脂汗が這う。
顔が引きつるのを、必死で、扇で隠す。
保名さん……! ヘルプ、いまこそヘルプですよ!?
「…………」
保名さん!?
「――そのかたはね、大江さま。俺の
限界が顔ににじみだしそうになった刹那に、そう助け船をだしてくれたのは、他の誰でもない――源在雅さんだった!
「なあ、
精悍な顔に、ニヤリとした笑みを浮かべながら、彼はそんなことを言う。
美少年はそれを受けて、少し考えるよう唇に指を当てて、
「まあ、源氏なら……そういうこともあるよね!」
と、得心いったのか、弾けるような笑顔になって、そのまま、軽やかな足取りで去って行った。
ただ、去り際に、
「それじゃあ、お姉さん。すっごい歌を詠んでくれること、楽しみにしているからね! それが――」
陰陽頭どのとそこの陰陽師が僕に取りつけた、あなたをこの宴に呼ぶ、条件だったのだから。
そんな。
そんな、とんでもなく衝撃的なことを口にして。
今度こそ彼は、あたしの前から姿を消した。
去っていく彼を見届けて、へなへなと力が抜けるあたしに、
「まあ、がんばれ」
「信じていますよ、信田姫」
無責任な男どもの声援が、無責任に飛んでくるのだった。
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