『あの日の約束』 その7
扉の向こうから二人の気配がする。物音から察するに、意識は朦朧としながらも空翔が目を覚ましたのだろう。会話をする声も壁越しで不明瞭ではあるが聞こえる。
だったら……と、夕は主治医からもらった薬を空翔に呑ませなければと、処方箋と表に書かれた白い袋とコップ一杯の水を持ってきた。
その時ちょうど、空翔が発した、決して聞き逃してはいけない単語が聞こえてきたのだ。
「兄さん」と呼んでいた。空翔は、熱に浮かされながらも、はっきりと、木虎旭姫を「兄」と呼んだ。それは目が覚めた今でも変わらない。
もしかしたら、という可能性を考えなかったわけじゃない。でも、それを打ち消す要素もいくつかあった。だって、旭姫は「ただの昔馴染み」だと言ったじゃないか。近所のお兄さんだって、「兄」と呼ばれることもあるだろう。
けれど、もしかしたら。
苗字は違えど、名前を見れば納得できるじゃないか。
旭姫と空翔は、木虎姫と木虎空の息子だと。
「あ……」
扉が飽き、危うく旭姫とぶつかりそうになった。
「……頼む。今の話は、他言無用でいてほしい」
声が震えていた。指が肌に食い込みそうなくらい、旭姫は強く夕の肩を掴む。
これはまるで、頼まれているというよりは、縋りつかれているみたいじゃないか。
「……夕にも、学園の誰にも、このことは知られたくない」
俯いていた彼の表情は見えなかった。けれど、きっと寂しそうな顔をしていたのではないかと、夕は思う。
「……大丈夫だよ。オレ、口は堅い方だから」
そんな夕の言葉に少しだけ安心したのか、旭姫の手が離れる。それから、「すまない」とだけ言い残し、彼は足早に去っていった。
美琴は独自の情報網から、空翔を取り巻く事実を知っていたのだろう。そして、自分だけが知らなかった。
だからといって、それを重い裏切り行為だなんて思わない。
誰にだって、いくら同じユニットだからって、言いたくないことのひとつやふたつはあるものだ。
夕だって、彼らにまだ言っていないことはある。
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