『眞白の過去』 その4
人と人が離れるのに、時間はいらない。ただ本人の意志と、ちょっとしたタイミングさえ合えば、人は簡単に人から離れていく。たとえ、それがどれほど信頼しきった相手であっても。
そのことを、小学校の高学年になりながら、眞白は知らなかった。誰も教えてくれなかった。だって、最初から眞白に近づいてくる奇特な人間なんて、ほとんどいなかったのだから。最初から、眞白と他者との距離は、離れきっていたのだから。
眞白と「先生」は、遠足中のちょっとした出来事以降、簡単に疎遠になってしまっていた。
まず、会うことがなくなった。彼女は遠足の後しばらく学校を休んでいた。復帰したと思ったら、生活のパターンを変えた。新任である彼女は副担任という扱いだったので、受け持つ授業の数は多くない。眞白と同じ時を過ごしていたのは主な休み時間だったが、その休み時間の過ごし方を変えてしまった。彼女は眞白以外の生徒と、運動場や体育館で過ごすようになった。
廊下で会っても、会釈のような軽い挨拶だけ。休み時間にひとりでいても、放課後、机に突っ伏して眞白がひとりで泣いていても、彼女が声をかけてくることはもはやなかった。
一度だけ、眞白は彼女と話すことができた。職員室で「質問があります」と言ってしまえば、彼女は眞白に応じるしかない。眞白は夕陽が射しこむ放課後の薄暗い空き教室で彼女と話すことにした。
「先生、どうして……」
そこから先、眞白は言葉を思い浮かべることができなかった。
どうして、俺と一緒にいてくれなくなったの?
そんなことを聞いたところで、「元から約束などしていない」と言われてしまえば、眞白は何も言えない。
端的に言えば、怖くなってしまったのだ。信頼しきっていた先生にまで、拒絶の言葉をぶつけられるのが。
「ごめんなさい。先生ちょっと用事があるから……」
眞白と目も合わせようとせず彼女は去っていく。眞白は咄嗟にその腕を掴んだ。
「……嘘だったの?」
俺の力になりたいって言ってくれたのは、嘘だったの?
責めるつもりはなかった。詰め寄るつもりはなかった。けれど思いのほか言葉が強くなっていたのは、今まで彼女と話せなかったからだろうか。話せなかったから、様々な感情が渦巻く。怒りと、悲しさと、寂しさと、それでいてなお、彼女に縋りつきたいという感情が。
彼女は何も言わなかった。何も言わず、眞白も何も言えないまま、ただ時間だけが音もなく流れていく。
無意識に、眞白は彼女を掴む腕に力を込めた。このまま何もなければ、彼女はすぐ職員室に帰ってしまうだろうと思ったから。
「痛……っ」
力が強すぎたのだろう。彼女は声を上げて、思いきり眞白の手を振り払った。その瞳には恐怖が滲んでいる。
自分が眞白に何かされるのではないかという恐怖。
「ごめんなさい……私、魔法を見たのは初めてなの……」
怯えている。震えている。眞白より大きく、頼りがいのある人間であったはずの彼女が、眞白に、怯えている。
テレビもない眞白の家では知る由もなかったが、ちょうどその頃、木虎姫のライブ中の事故が大々的に報道されていたらしい。憶測が憶測を呼び、恐怖と中傷が渦巻き、『魔力』への無理解と『魔法使い』に対する世間の風当たりが最もひどかった時期であったとも言える。
「……ごめんなさい。私は、眞白くんのことが……怖いの」
それだけを言い残し、彼女は去っていった。眞白にとっては、その一言だけで充分だった。
この世界には、光なんてない。そのことがよく分かったから。
光がなくなれば、彼女を失えば、泣き虫である自分はどうなるのだろうと、今日、彼女と話すまではずっと考えていた。泣いて、喚いて、叫んで、涙を止めることもできず、泣きすぎて、身体中の水分という水分が外へと流れ出し、自分は枯れ果てて死んでしまうのではないか、そんなことすら本気で考えていた。
けれど、涙はもう出ない。
彼女の言った「ごめんなさい」という言葉に、眞白はもう、何も感じることができなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます