『星降る夜空に願うのは』 その15

 あっという間に合宿および実験は終わりを告げた。手早く荷物をまとめて、簡素な船着き場で、六人は迎えを待っている。



 特に会話はなかったが、出会い頭に、司狼は空翔に話しかけられた。彼によると、『Bell Ciel』の調査は今のところ大した結果は得られていないらしいが、古民家で役に立ちそうな資料を見つけたのだという。後は美琴が持って帰って家柄に物を言わせて研究者を雇うか自分で解読するかだろうということだった。「俺一人だけ蚊帳の外じゃなくて安心しました」、「これも司狼さんのおかげです」と爽やかな笑顔で挨拶してくるあたり、律儀な奴だと感動する。同じユニットにいるリーダーとは大違いだ。



 たった数日、おまけに後ほどPV撮影で再びここに来るかもしれない。そう思えば感慨がわくこともなく、司狼はただ海の向こうから船が着くのを待っていた。



 旭姫と眞白は、昨夜の撮影で疲労がピークに達してしまったのだろう。二人とも、木陰で、互いにもたれながら眠っている。こうして見るとあどけなさが勝りなかなか可愛く見えるものだが……と司狼が物思いにふけっていると、背後に小さい何かがぶつかった。



 うしろを振り返れば、ぶつかったのではなくぶつけられたのだと分かる。



 苦戦していた荷造りがようやく終わったらしい美琴が、いつの間にか司狼の背後にいた。



「何だこれ?」



 司狼はぶつけられた小さい何かを拾う。黒い粒のような何かだった。感触は硬め。用途はいまいち分からなかった。



「何だと思う?」



 美琴はといえば、ぶつけられたことを悪びれもせず、ただいつもと同じように笑っているだけだ。



「何って……黒豆か?」

「どうして僕がそんな庶民的なものを投げる必要があるのさ」



 馬鹿じゃないの? を語尾に付け加え、司狼への罵倒を忘れない美琴である。



「俺は好きだけどな。黒豆茶とか、健康にいいだろ」

「何それ? 『息子くん』はジジ臭いね」

「俺は何と言われようと構わんが黒豆茶に無礼なことは言うな」

「君は黒豆茶の何なの……」



 いつものように不毛な言い争いになりかけたところで、美琴は「違うよ。こんなことを言いに来たんじゃない」と話の方向性を変えた。だったら最初から喧嘩を売るような振る舞いをしなければいいと司狼は思うのだが、ここまで来るとかなり諦めもついてきたようだ。



「……それ、魔力制御装置だよ。うちの会社が開発したものだ」



 正確には、まだ僕の会社ではないけどね、いずれ僕の会社になるよ、と前置きをして、美琴は続ける。



「今回は君達の『魔力』が暴走してあんなことになったんだ。……本当にひどい目にあった。そのせいで予定も狂いに狂うし、最悪だよ。本ッッッッ当に最悪!」

「ちょっと待て。俺達のせいとはどういうことだ?」

「はあ……。そんなことも分かってなかったなんて、本当に馬鹿。君達というか、正確には、君のユニットのセンターの問題だよ。彼は暗いところが苦手だった、なのに夜間無理矢理外に出た。そこにはちょうど、彼の不安の種である空翔もいた。『魔力』が暴走する条件には持ってこいじゃないか」



 かつて、『魔力』が暴走した事件――そのほとんどが、発動者が精神的に不安定な状況に置かれていたという。表には見せていなかったものの、あの時、旭姫が不安に苛まれていたとしたら。そして、昨夜見せられた旭姫の『魔法』を考えれば、人を適当な場所にワープさせることなど、造作もないのかもしれない。



「こんな最悪なことに二度と僕達を巻き込んでほしくないから、君達全員、お揃いでそれ、つけておいてよ」



 黒色の小さな物体は、よく構造が練られているらしい。ピアスやブレスレットといったアクセサリーに加工可能だからと美琴は言った。



「……お前はつけないんだな」



 『Nacht』と同等の実力を持つと言われるユニット『Bell Ciel』――夕の持つ『魔力』が極端に低いことを考えれば、美琴と空翔の『魔力』は相当であることは予想がつく。けれど、この装置をすすめてきた美琴自身は、どこにもそれらしきアクセサリーを身につけていない。



 美琴は司狼の言葉を受けて、「本当に心外だ」と眉間に皺を寄せる。



「君達と一緒にしないでくれる? 僕くらいのレベルになると、それくらい簡単に制御できるんだよ」



 それから、気まずそうに司狼から視線を逸らせて呟いた。



「……これで、借りは返したから」

「借り?」



 こんな会話、美琴はさっさと切り上げてしまいたかったのに、司狼はそうさせなかった。「うるさい」とだけ言って終わらせることもできるけれど、これから先のことを考えると、こういうことはしっかりと清算しておかなければならない。ビジネスでは、嫌いな相手に礼をしなければならない場面なんて、いくらでもあるのだから。



「……夕のこと、プロデュースしてくれてたんだろう。結成前の夕の人気があるからこそ、今の『Bell Ciel』があると言っても過言じゃないんだ。だから、礼くらいはちゃんとする」



 早口で、ばつが悪そうにそう言ってから、美琴は完全に顔を俯けてしまった。だから、司狼が面白いものを見たと口角を上げたことは知らないままだ。



「プロデュースなんて、そんな大したことはしてないさ。暇な時間に、友人として遊んでいただけだ」



 そのまま、司狼は美琴と会話か喧嘩か分からない言葉を、いくつか交わした。






 迎えの船が来た。それぞれが宿泊に持つと共に船に乗り込む。空翔だけが、旭姫のことをぶしつけに見つめるスタッフの視線だけを気にしていた。彼らは旭姫を見ながら、「コイツが木虎の息子か……」と小声で話していた。

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