『眞白の過去』 その8

 ちょっと変わった番組が放映される。



 ネットでまことしやかに流れる噂を目にしてから、テレビ欄に目を通すと、その噂は真実であると確認することができた。



 星影学園。



 アイドル養成に特化した専門学校が、夕方の特別番組で特集される。



 テレビ欄の番組概要には、そんな文字が躍っていた。



 眞白は現在の自分が持つ情報量に満足することができていなかった。アイドルが好きだ。アイドルを愛している。けれど、木虎姫がライブ中に起こした事故によって、現在、新たなアイドルが誕生しづらい世界ができてしまった。だから、必然的に眞白は過去のアイドルを――生のパフォーマンスではなく映像を追うことになってしまう。それでは満足できなかった。



 好きだから会いたい。愛している存在がいる空気を味わいたい。全身が痺れるようなライブをこの目に焼き付けたい。



 欲望がどんどん肥大していくのを抑える方法が見つからなかった。



 ちょうどそんな時に、この番組が放映される。僥倖と言えた。



 自分の知らないアイドルの卵に出会えるかもしれない。テレビの前で期待に胸を膨らませて待ち続ける。普段はただ時間が流れていくばかりなのに、この時ばかりは、アイドルのことを想い、考え、ときめいている時間ばかりは、本物なのだと、自分は生きているのだと眞白には実感することができた。



 しばらくして、一人の生徒が映った。綺麗と可愛いの中間を具現化したような、純真無垢な女の子のような少年。少し誰かに似ているが、それが誰なのか即座に思い出すことはできない。



『それでは、僕がこの学園を案内させていただきますね』



 あらかじめ決められていた台詞なのだろうか。少年はすらすらと喋る。淀みのない真っ直ぐな声と少し鋭さを含む眼差し。外見はふんわりとしているのに、どこか芯の通った、強い人間である印象を受けるのはそのせいだろう。



『それでは、案内してくれる君の名前は?』



『……木虎旭姫といいます。よろしくお願いします』



 返事に少し間を置いてから少年は名乗り、学園の中庭や講堂、校舎といった主だった施設を案内していく。



 名乗る直前の躊躇いで、眞白は事情を呑み込むことができた。木虎旭姫。あの、アイドルが絶滅危惧種となるに至った事故を起こした張本人である、木虎姫の一人息子。ネットにはそう載っていた。



『旭姫くんは、すごい『魔力』の持ち主だって聞いたよ』



『そうらしいですね。僕にその自覚はないんですけど。そのおかげで、現在は


『Nacht』というユニットで活動することが許可されています』



 しばらくして、カメラの映す場所が学園内のレッスン室に変わった。ここで一生徒のリアルな声として、案内役である木虎旭姫のインタビューを始めるらしい。



『大丈夫? 自分の中に、まだ世界の科学者ですら解き明かすことができていない謎の力を飼ってるんだ。不安になることはないの?』



 ネットの情報は事実だったらしい。卑劣な質問者はそのことを知っていて、木虎姫の事件を揶揄し、旭姫を不愉快にさせるだけの下卑た質問ばかりがぶつけられる。



 ひどいな、と眞白は思った。眞白の中では、アイドルとは愛され、崇拝されるべき存在であって、卑しい好奇の目を向けていいわけがない。自分が座っているのがテレビの前でなかったら。自分が彼の近くにいたのなら。何とかして助けられないかと模索していただろう。今の自分では、テレビの前から頑張れ、という念を送ることしかできないが。



『不安が無いと言ったら嘘になりますが……それでも、その力を飼い慣らすためのこの『星影学園』です。何が起ころうとも精神の安定を図る能力が身につけられるプログラムが組まれ、実施されています。卒業して、第一線の舞台に立つころには、きっとそんな不安なんてなくなっていますよ』



 けれど、旭姫はそんなインタビューアーに怯むことはなく、正々堂々と模範解答を返していた。



 あらかじめ質問を予測し、回答を考えてきていたのだとしても、この対応はすごいと思えた。眉一つ動かすことなく、不快感を微塵も滲ませることはなく、笑顔のままに正解を導き出す。人によってはすかしていて気に入らないと思うこともあるのだろうが、眞白にとっては、旭姫がプロに思えた。ストイックな、プロのアイドルに。強い輝きを放つ、理想のアイドルに。



『そんな強い『魔力』だけど、旭姫くんはこれからどう使っていきたいと考えてる?』



『なかなか難しい質問ですね。具体的にこうと断言することはできないんですけど……』



 旭姫はそれからちらりとカメラに目線を向けた。まるでこちらを射抜くような、カメラ越しにすべてを見透かすような、強く気高い眼差しだった。



『僕は、この力を、人を笑顔にするために使いたいですね』



 それは、眞白が、いつか、どこかで聞いた言葉であり、眞白が持て余している『魔力』に対するひとつの答えだった。



 木虎旭姫は、あの木虎姫の息子だ。現代において『魔法』が忌み嫌われるひとつの原因を作り上げた出来事の渦中にいた存在だ。



 この子も、自分と同じように虐げられていたのだろうか。罵られ、傷つけられ、拒絶され……怖がられてきたのだろうか。



 それでも、この少年と自分は違う。他人を傷つけ、拒絶し拒絶されを繰り返してきた自分と、強く、気高く、アイドルとしてカメラの前に立つ木虎旭姫ではすべてが違う。



 彼に会いたい。



 彼のことを知りたい。



 ――星影学園に、行きたい。



 ぐっと拳を握りしめたところで、画面がインタビューからライブの映像に移り変わった。正確には、『プレライ』のリハーサルをしている『Nacht』の映像だ。



『ここで、テレビをご覧の皆様にお知らせがあります』



 『Nacht』の曲と共に、旭姫の声がやけにはっきりと眞白の耳に届いた。



『この度、僕達のユニット『Nacht』は、新メンバーを募集することになりました。それに伴い、『星影学園』にて、オーディションを開催いたします。ある程度の『魔力』と『対象年齢』によって限定はされますが、基本的な経歴は問いません。また、合格者は自動的に『Nacht』に加入することになり、『星影学園』の特待生枠に入ることになります。特待生枠では授業料をはじめとして教科書代、寮の費用など、『星影学園』で学ぶために必要となる費用がすべて無料となり――』



 旭姫の声を聞いて、『Nacht』のライブ映像を見て、眞白はいてもたってもいられなくなった。



 ダークでありながらもアップテンポなかっこいい曲調と、それに合わせた『魔法』を拾うする『Nacht』の二人は、ライトを受けてますます輝いているように見えた。



 自分もあそこに近づきたい。



 木虎旭姫に、少しでも近づきたい。



 それは眞白が初めて誰かに憧れ、動いた瞬間だった。

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