『星降る夜空に願うのは』 その5

 目的は夜だ、と美琴は言った。その言葉に嘘はない。



 時刻だけを明かして、彼らをおびき寄せて、最終的に自分に都合の良い手駒として動いてくれたら好都合だなあ、なんて思った末の発言だった。



 しかし、寝不足を解消してすっきりとした頭で考えてみれば、犬色眞白はともかく、天生目司狼と木虎旭姫はそう都合よく手駒になりそうもない人間だということがはっきりと分かる。



 結果、美琴は彼らの興味だけを煽ってしまい、あの発言は何の利益ももたらさなかった。



 目的が知られるだけならまだしも、隠しておきたい秘密まで彼らに知られてしまったら、面倒なことこの上ない。



「……夕、起きてるよね?」



 声を潜めて、静かに扉をノックする。別の部屋からは、息をひそめてはいるものの明らかにまだ起きている人間の気配がある。



 夕はすぐに扉を開けて出てきた。彼の格好はパジャマではなく、ホワイトスカートにTシャツ、スニーカーというスポーツミックススタイルだった。腕には、必要最低限の荷物だけを詰め込んだらしいマリンモチーフの小さなトートバッグを提げている。まるで、これから二人で出かけるのを待っていたとでもいうように。



「じゃあ、さっそくだけど、行こうか」

「えっ……?」



 強引に肩を抱き寄せ、二人は歩き出す。それから耳元に唇を寄せて、わざとらしく「やっと二人きりになれたね」と囁いてみる。ただただ混乱する夕に、美琴は周囲に聞こえないほど小さい声で「逢瀬を楽しむ恋人同士に見えないかなあと思って。そうしたら、よっぽど野暮な奴でない限り、邪魔しようとは思わないでしょう?」と付け足した。



 それ、ついてこられると迷惑だ、とかじゃなくて、ただ楽しんでるだけだろ。



 そう言いたいが、美琴の反感を買いたくはないので、夕は従順に頷いた。



 そして、部屋のドアスコープから、そんな彼らを見ていた人間が三人。



 司狼と、眞白と、空翔だった。ちなみに、旭姫は自室でぐっすりとお休み中。

 彼らの姿が廊下の奥へと消えていくのを見送った後、もう耐えられないとばかりに、三人同時に部屋から飛び出す。



「……何、あれ」

「眞白さんって、数ページ前から疑問しか口にしてないですよね」

「……メタ?」

「恋人同士、だったりする可能性は?」



 司狼の最後の発言に、空翔は慌ててかぶりを振った。



「いや、ないですよ。だって、二人とも、男じゃないですか」

「偏見はよくない。それに、男同士だと言っても、相手はあの瀬ノ尾夕だろう?」

「……何か、知ってる?」



 眞白の疑問に、やや躊躇った後、司狼は思い出すのも忌まわしい記憶を語る。



「いや、前……夕がソロで活動していた頃に偶然、彼が体育館倉庫に入っていくのを見たことがある。部活に所属していない彼が何の用だろうと思ってしばらく観察していたのだが、そうしたら中から物音と悲鳴のような怒号のような声が聞こえ、危険を察した俺は急いで体育館倉庫の扉をこじあけたら、そこには大柄な男が三人と夕が――」



 そこまで語ったところで、眞白が慌てて司狼の口を塞いだ。



「……R指定、ここではダメ。ゼッタイ」



 空翔といえば純粋なもので、この展開から不良漫画も真っ青な熱い男の拳の唸り合いが始まると思いこんでおり、「血を血で洗うほどの激闘だったのか……」というひどくずれたコメントを残した。



「安心しろ。そんな状況になる前に俺がちゃんと止めた。今のことを学園長に報告すると脅しをかけたらあっさり逃げていったが……要するに、彼は同性からそういう目で見られることもあるというわけだ。男子校内での恋愛なんてファンタジーだと思っているのなら、その考えは改めた方がいい」

「じゃあ……夕と美琴は……?」

「デキてる可能性がなきにしもあらず、だろう」



 その言葉を聞くや否やダッシュで二人を追おうとしていた眞白を、司狼が襟首をつかんで止めた。



「今日はもう遅い。船旅での疲れもある。大人しく寝ろ」

「だったら、明日……?」

「……お前が起きていられたらな。旅行中のカップルはリミッターが外れやすいと聞く。もし推測通りなら、明日もいちゃつくはずだろう。そこのお前は……」

「俺も起きてます! メンバー内の事情は、やっぱ把握しとかなきゃと思うし……」



 こうして、明日の夜の予定が決まってしまった。



 島に滞在できるのは三日間。その間、実験やら撮影やらで無駄にできる時間など一秒もない――はずなのに。



 既にかなりの時間を浪費してしまうことが決定したことに気づき、司狼はその後、一人頭を抱えるしかなかった。

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