『偵察に行きたい』

 『星影学園』の敷地は広い。ごく一般的な校舎から邸宅を思わせる様式で豪奢な校舎、それから最新設備を搭載したレコーディングルームの入ったタワー型の校舎まで、学校建築ここに極まれりといった校舎の集合体のような学園だ。



 その学園の敷地の端っこ。もう使われていないレトロ建築な木造校舎。そしてその中の陽も当たらない隅の部屋。



 この部屋――というよりはこの校舎全体――が、ユニットのリーダーが社長の息子であるという権限をフル活用して手に入れた、『Nacht』のミーティングルームだ。旭姫は埃っぽく喉がやられるからもっと別の部屋にしろと毎回文句を垂れているけれど。



 それでもリーダーである司狼がこの校舎のいずれか一室をミーティングルームとして使っているのは、完璧と謳われるユニットが他生徒の前で醜態を晒すことを危惧してのことだった。



「僕は反対だよ」



 僕「は」と、あくまで個人の意見であることを強調しながら、頑としてその主張を譲らないことを声音に滲ませているのが、不機嫌そうな顔をした旭姫だ。



「でも……」



 彼に何か反論しようとして、結局できずに口を噤んだのが眞白。



「…………」



 そして、リーダーとしてこの意見のぶつかりをどう仲裁するかで頭を抱えているのが司狼だった。



「『星影祭』なら去年も出た。その成功も『プレ・ライブ』としてカウントしてもらえた。それで十分。今さら出る必要が感じられない」



 『プレライ』には困難が付き纏うものだ。それが学園側の用意した人為的なものであれ、偶発的に発生したものであれ、それに対処できなければアイドルとしては生き残るどころか、生まれさせてももらえない。



 だからこそ、『プレライ』に挑むと決めたアイドルは、前もって入念に準備してから挑むことが多い。授業で学んだ演出やトラブル対処法を応用しながら。



「だけど、今回は時間が足りない。当然だよね。もともと『プレ・ライブ』に出るなんて話、僕達はしてなかったんだから」



「でも……俺は、見たい」



 他のユニットが人を魅了するために編み出した魔法、演出、パフォーマンスを。



 それもまた、アイドル好きの眞白らしい意見だった。



「眞白の意見は感情論でしかないんだよ。見たいから、何? そんな私情を挟んでステージの上で無様な姿を見せることが許されるとでも? 『プレ・ライブ』は予測不可能なステージだ。だからこそあらかじめ入念な準備が必要とされる。僕達もその伝統にのっとって、これまでのステージを完璧な成功に導いてきたんだ。本当にアイドルが好きで、自分達がアイドルとして世間に誕生したいなら、もっと考えてから発言――」



「旭姫」



 言いすぎだ、と、彼の発言を司狼が遮る。



「眞白も。矢継ぎ早に何か言わなくてもいい。ゆっくりでいいから、自分の言葉で、今の考えを俺達に伝えてくれ」



「俺、俺は……」



 去年、地方から上京してきたばかりの眞白は、方言を出すことなく無難に会話を終えたいと思っているのか、単語だけで、端的に話してしまう癖がついている。普段の三人であればそれで事足りるのだが、ユニットの方針を決める議論の場ではそうもいかないと司狼は考えていた。



「俺が、『星影祭』に出たいのは……皆の、……特に、『Bell Ciel』のステージが、見たくて……」

ただでさえ不機嫌だった旭姫の表情が、『Bell Ciel』という名前を聞いてからさらに歪んだ。



「でも、それは、私情なんかじゃ、なくて……今の俺達は、順調だけど、順調だからこそ、もっと意識しなきゃいけないことが、あるって、思ってて……」



 ゆっくりと話す眞白の言葉は覚束ない。もとから頭の中で組み立てた文章に声を乗せることが苦手な眞白でもあった。



 そして、そんな眞白に言葉を付け足して、彼を支えるのが、司狼が持つ役割のうちのひとつだった。



「つまり眞白は、マンネリ化を防ぎたい、と?」



「マンネリ、というか……今の俺達は、俺達で、学園、には……認められてて、でも、もし、ステージに観客がいたらって……その人は、いつも同じ、いつも同じで完璧な、俺達のライブに、どう思うかって……考えたら……」



「新しいことに、挑戦したい?」



 司狼の言葉に、「それだ」と眞白が勢いよく首を縦に振る。



「新しいことに挑戦するなら、なおさらだよ。自分達を分析して、計画的にプランを練る必要がある。そしてそれには時間がかかる。一朝一夕の努力で、ましてや『星影祭』に参加するだけでなんとかなるなんて――」



「違……っ! 違っ、て……。それだけでも、なくて……。この前見た、『Bell Ciel』のリハーサル、が……すごく、よくって……!」



「確かに、彼らのステージはあの時に一度見ただけだが、粗削りだからこその面白さが感じられた」



「あれを、もう一度、見たくて……。でも、ただ見たいって、だけじゃなくて……。もう1回見たら、もっと、何か、起こるんじゃないかって……」



「つまり、刺激を受けたい、と? 『星影祭』で刺激を受けて、それで新しい俺達『Nacht』を作り上げたい?」



 もう一度、眞白は大きく頷いた。



 『星影祭』のステージといっても、行われるのが『マジライ』である以上、観客席で堂々とふんぞり返って見るわけにはいかない。学園関係者にはカメラで中継が行われるし、後日、取材結果が雑誌などに掲載されて『一般人』の目にも触れられることになるのだが、『魔法』をリアルに感じたい、もしくは映像で見たいというのであれば、舞台袖か、あるいは楽屋に設置された舞台カメラか――要するに、『星影祭』の出演者であることが条件になる。



「……分かった。『星影祭』には参加しよう」



「司狼!?」



 可愛らしい顔をますます歪める旭姫と、本当にいいのかという顔で司狼を見つめる眞白。そのどちらにもある気持ちは「信じられない」の一言だ。



「ただし、冒険はしない。俺達の6回目の『プレライ』として学園関係者側が数え、何らかの妨害作業があることも考えられるが、奇をてらった策には出ない。あくまで授業でならったマニュアルに則ってトラブルの対処をする方式でいこう。ライブの演出も、曲も、『魔法』のパフォーマンスもいつも通りだ。『星影祭』での目標はあくまで「他のユニットのライブを見て刺激を受けること」に限る。そうすればよほどのことが無い限り、大きな失敗はないだろう。



「でも……っ!」



「旭姫の「どんなステージでも最高のパフォーマンスを」というプロ根性には恐れ入るし、『Nacht』にとってそれは重要な心意気だと思っている。今回はその「最高のパフォーマンス」をさらなる高みへ導くための過程として、我慢してほしい。

 それから、眞白も眞白だ。お前の言いたいことは分かったし、一理あるとも思う。ただし、旭姫の言う通り、ライブは『プレライ』であろうとなかろうと、本来は演出の計画からレッスン、リハーサルまで含めて、膨大な時間を要するものだ。いきなり提案して普通は受け入れられるものじゃないことを、これを機に覚えておいてほしい」



 リーダーの采配に、2人ともしぶしぶといった形ではあったが頷いた。



 こうして、星影学園にしては小さな校舎の片隅で、学園内一のアイドルユニットである『Nacht』の、2年連続『星影祭』出演が決まった。

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