『星降る夜空に願うのは』 その3
司狼は家事が嫌いではない。他人、殊更美琴にはお坊ちゃん育ち故に日常生活のスキルは皆無だと思われがちなのだが、決してそんなことはない。家事も炊事も洗濯も、人並み以上にこなせる自信はあった。
両親が幼い頃に離婚し、司狼は父の元に引き取られたが、その肝心の父が多忙で、家のことを何もしようとしなかった。アイドルになるための英才教育を受けさせられていた司狼自身、幼少期から多忙を極め、家政婦を雇ったらどうかと父にも言われたが、彼は他人が自分のテリトリーに入ることを極端に嫌い、すべて自分ですると言って聞かなかった。さらにそこに両親を亡くしたからと言って父が友人の息子を引き取って来て弟分ができた。兄として彼の面倒を見なければと、司狼はますます身の回りのことをしっかりこなすようになったというわけだ。
生活の裏技も、おばあちゃんの知恵袋も、検索をかけたり自主開発をしたりして覚え、すべて頭の中に入っている。手が届きそうで届かない細かい場所の汚れに対しては使い古した歯ブラシを使えばいいし、油汚れには米のとぎ汁を使えばいいし、窓を拭くには雑巾ではなく新聞紙だ。
滞在中に使う場所以外は見過ごすことにして、また、「生活に支障のない程度に掃除する」という建前、「めんどくさいところの掃除はやめよう」という本音のもと、一か所の掃除にかける時間は十五分。すると午後三時にはすべて終えられるはずなので、あとはおやつでも食べながら写真撮影についてミーティングをすれば、一日のノルマとしては上出来な方だろう。
そう思い、三人で掃除場所を分担したのだが、それが不味かった。
眞白は上京前の血が騒いだのか、庭の草むしりを担当したいと言い出した。確かに、虫を見たら悲鳴でも上げてしまいそうな旭姫よりは適材だろう。いくら眞白でも草を抜いて一か所に集めることくらいはできる、と考えたのが間違いだった。
眞白はまず座り込んで数本の草を引き抜いたかと思うと、虫を発見した。そのまま置いておけばいいものの、その虫をつまんで葉の上に乗せ、おもむろに観察を開始した。そこに折よく野鳥がやってきて、虫を餌としてさらってくれればよかったがそうはせずあろうことか眞白の肩の上にとまって可愛らしい声で囀り始めた。それだけならまだよかったものの、最終的には野ネズミやらリスやら、おそらくコテージの裏に位置する森に生息していたと思われる野生動物までもが姿を現し、眞白の周囲に集まり始めた。
普通の人間なら狼狽えてもおかしくない状況だが、眞白は動物達の鳴き声を聞きながら頷き、最終的には優しい声で童謡を歌い始めた。ちょっとしたディ○ニープリンセス状態だ。楽しそうな彼らを邪険に扱うのもいかがなものかと考えた結果、司狼は庭の清掃に関してはすべて諦めた。
一方で、旭姫の方はどうだったのかと言うと、眞白に比べれば非常によく掃除にとり組んでくれていたと思うのだが、いかんせん彼は掃除に慣れていない。おまけに、彼は完璧主義と来ている。不慣れな彼にキッチンやバスルーム担当は酷だろうと考え、リビングのおおまかな掃き掃除と拭き掃除を頼んだだけだったのだが、彼は今、換気扇を掃除するに至っている。しかも、恐ろしく丁寧なので、進捗状況を問うことは躊躇われた。
最終的に、司狼がほぼ掃除を担当したと言っても過言ではなく、一段落着いた頃に綺麗になった窓から見た夕陽は美しかった。
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