『あの日の約束』 その2

「もし僕達が合同でライブを開催することになったとしたら、互いに打ち合わせをする機会も増えるだろうし、この際だから言っておくよ。君達の……特にリーダーである美琴さんの言葉は、上っ面のものにしか聞こえない。本音を言ったらどう?」



 問い詰めるような口調になってしまった。けれど、そんな旭姫の詰問にも、美琴はどこ吹く風で肩をすくめるだけだった。



「さっきから僕は本音しか言ってないんだけど……。そうだね。この際だから、はっきり言うよ。僕は君達のライブの前座がしたいんだ。比べられることにも、躊躇いは微塵もない」

「……てめえのことだ。むしろ比較されることを望んでいるってクチだろ」



 美琴がたった一言発しただけで、司狼の纏う空気は一変する。



「そうだね。『息子くん』にはもう言ったと思うけど。僕達は、上に行きたいんだ」



 トップを狙ってるんだよ、と美琴は言った。



 そのためには、『Bell Ciel』が『Nacht』を抜かさなければならない。『プレライ』の点数でも、回数でも、世間の評判においても。



 だから、美琴の言葉は、実質、宣戦布告なのだ。

 司狼にだけではない。旭姫も眞白も含めた、『Nacht』への宣戦布告。



「それともうひとつ。『姫ちゃん』が本音でって言うから、この前の『星影祭』当日の出来事も振り返っておこうと思う」



 『星影祭』での出来事、という言葉に、旭姫は思わず身構えた。

 てっきり、自分が暴行を受けていた時の話をされるのかと思ったのだけれど――実際は、そうではなかった。後になって考えてみれば、すぐ分かることだった。空翔が、もし旭姫の知っている頃のままの空翔だったのなら、彼は旭姫が不利になったり、不快に思うであろう情報は、他人に何一つ漏らしたりはしないのだと。



「『星影祭』の時は、うちの夕がそっちの眞白くんにお世話になったみたいでね。……ううん。婉曲な表現は止めよう。うちの夕が、そっちの眞白くんのお世話をしたみたいだね」



 美琴の言葉に、今度は眞白がショックを受ける番だった。



「夕は、このために……?」



 消えてしまいそうなほど、か細い声だった。犬が信頼していた飼い主を失ってしまったような目をしていた。



 自分は利用されていただけ? あの時の「憧れ」という言葉は嘘?



 その目は、口ほどにそう言っていた。



「違うっ!」



 思わずと言ったように、夕は声を上げた。その大きく男らしい声に、旭姫は「こんな声も出せるのか」と目を瞠る。



「……失礼しました。私が眞白さんに協力したのは、その……彼を、尊敬しているからです。少しでも彼のお力になれればと思ってしたことです。だから、あの時のことを、条件としてだとか、利用するためだっただとか、ここでとやかく言うつもりはありません」

「せっかくだから利用すればいいのに」



 誰ともなしに呟いた美琴も、夕に睨まれ「やれやれ」という風に再び肩をすくめた。



「ちっ……。まあ、借りがあるのは事実、か……」

「アイドルが舌打ちはどうかと思うけど、話が早くて助かるよ」



 既に、二組が合同でライブを行うという方向に話は進みつつあった。



「でもいいの? 僕達『Nacht』と君達『Bell Ciel』のライブでのパフォーマンスは、かなり毛色が違う」



 『星影祭』で、『Nacht』が「芸術の秋」を演出したのだとすれば、『Bell Ciel』が演出したのは、「残暑の厳しい秋の初め」だ。



 彼らは、魔法を使い、舞台の上でウォーターバトルを行った。



 もし、舞台用の衣装に不備があった場合、教科書内で挙げられていたテンプレとも言える対応策は二つ。

 ひとつは、私服のままステージに上がること。

 そしてもうひとつは、ライブTシャツの使用だ。『Bell Ciel』はこちらの対処法を応用して舞台に上がったと言えるだろう。



 『星影学園』では、授業のひとつに、衣装デザインというものがある。プロとしてデビューした時、衣装は業者に依頼するのであれ自分でデザインするのであれ、基本くらいは知っておいて損はないという学園の教育方針らしい。衣装デザインの授業のうち、ライブTシャツのデザインは、一年生の内に単位を取らなければならない必修授業だ。



 『Bell Ciel』は、ライブTシャツにジーンズという軽装で、アクティブ感を演出でき、なおかつ魔法を使用したウォーターバトルを行った。それが高得点を叩き出した大きな理由だった。



 夏と秋。発想の段階ですら、『Nacht』と『Bell Ciel』は真逆を行っていた。



「違う色をぶつけたところで、観客は戸惑うだけだよ。当日、それなりの評価を得たいのであれば、ライブにつていはかなりの摺り合わせが必要になる」

「それも覚悟の上だよ。僕達がそっちの毛色に合わせたっていいんだし」

「……随分余裕なんだね。君の発言を受けて司狼が荒れる理由が分かった気がする」

「お褒めに預かり光栄だよ」



 これで、喧嘩腰の対応が二対一。こうなると『Nacht』側で二人を止められる人物は眞白しかいないのだが、彼はこの状況に怯えておろおろするばかりだった。

 そんな彼を助けるかのように「やめろよ」と声を上げたのは空翔だった。



「俺達は喧嘩をしに来たんじゃないんだ。貴方達と一緒の舞台に立ちたいというのは本当です。その点については、メンバー間での意見の食い違いはありませんし……俺も、貴方達と同じ舞台に立ちたいと、強く、願っています」



 空翔は、真正面にいる旭姫をまっすぐ見据えて発言した。正義を信条とする検事が裁判長の判決を待っているようにも見える。



 けれど旭姫はそっと空翔から視線を外した。



 だから、空翔の瞳に込められた感情にも気づけなかった。



「僕達に借りがあることは本当だ」



 『星影祭』での忌々しい出来事を思い出しながら、苦々しい表情で旭姫は付け加える。



「それに、比べられて劣っていると判断されて君達が潰れたとしても、こっちにとっては好都合なだけだから」



 こうして、合同ライブの話はまとまった。前座が『Bell Ciel』、そして本命は『Nacht』。これ以上ない話題性ある組み合わせに、大々的な宣伝をすべきだという司狼の案もあったが、最終的には旭姫が我を押し通し、前座が『Bell Ciel』であることは当日の、その時まで伏せておくこととなった。いわば、サプライズライブというやつだ。

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